スケボーカルチャーと資本、セックステック業界の決済の問題etc。つまらなくないお金の話、ファイナンス雑誌『Hacking Finance』

美術館の盗品と裏取引の話や、いま伸びに伸びているセックス産業が抱えている問題、などなど。つまらなくないというか、超おもしろい。
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自宅で過ごす日々が続きますが、みなさんいかがお過ごしですか。支度や通勤の時間がないからか、いつよもり時間ができてついついエンタメに課金しています。近くに本や漫画の無人レンタルショップでもできないかな、と思っていたら、“貸本”というかつてのカルチャーのことを思い出しました(無人ではない)。

戦後、紙不足の頃において広がった貸本。画用紙のような厚い紙に印刷した漫画本や返品された本などを集めて、一冊一泊いくら、と本を貸すことに特化したのが貸本屋。本が読みたくても買えない老若男女でごった返し、大衆の安価な娯楽として人気を集めたそう。出版社でなくとも紙を持っている会社は本を出していて、無名の若手漫画家も多く登場。なかには、背中に背負って一冊いっさつ歩いて貸した人もいたとか。本の作り方も売り方も、いろんな工夫をしてきたんだなあ。

さて、時は2020年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもと「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。

***

「財政」「ファイナンス」という言葉を耳にするだけで、「あ、ちょっと苦手」。パブロフの犬のように条件反射してしまう人も少なくないかと思う。誰にとっても身近で重要な存在、“お金”のことなのに。

なんとなーくスーツのビジネスの人たちが登場しそうな、むつかしい文字の詰まったものをイメージをしてしまうが、まずはその苦手意識をド派手なカラフルで吹き飛ばしてくれる雑誌が、『Hacking Finance(ハッキング・ファイナンス)』だ。ポップな見た目と企画のおもしろさで、お金やファイナンスに斬りこむ。ロンドン/ニューヨーク発。ビジネス・ファイナンス系雑誌の『フォーブス』や『ザ・エコノミスト』とは装いがだいぶ違う。

「よりよい未来をつくるため、さまざまな業界やカルチャーなどに目を向けます」。誌面に並ぶトピックは、アートにセックステック、宇宙産業。ジェンダーや移民なんて文言もある。「ファイナンスっぽくない(non-finance)ファイナンス雑誌」と形容される、2018年創刊の異色雑誌が伝える〈つまらなくないお金の話〉を聞いてみよう。ニューヨーク支部にいる編集者のレスリーと、スカイプを繋いだ。

HEAPS(以下、H):こんにちは!

Leslie(以下、L):こんにちは! ごめんね、インタビュー中にジョージ(愛犬)が邪魔しないといいけど(笑)

H:大丈夫ですよ、癒されます(なんかこのシリーズでの取材、動物との遭遇多いなあ笑)

L:ありがとう。

H:では、はじめましょう。ファイナンス雑誌らしからぬファイナンス誌『ハッキング・ファイナンス』、もともとは、フィンテック(テクノロジーを駆使した新たな金融サービス)の投資家や起業家たちが集まった小さな交流会が原点だそうですね。そこからなぜ、雑誌発行に?

L:「フィンテック業界でどのような未来を作りあげていきたいか」を話し合う場で、20人ほどの参加者が集まって、アートや宇宙、ロボット、起業にまつわる“ファイナンス”について、いろいろと会話を重ねました。ファイナンスって、世の中の“神経”ですよね? すべてのことに関連している。ファイナンス業界のキャリアがない人にも会話に入ってもらうために、雑誌として出版することにしました。

H:ファイナンス業界人だけでなく、さまざまな業界の人々を巻き込みたいという。

L:なので、まずは表紙の「ファイナンス」という言葉を見て萎縮しないようにと心がけています。

H:編集部の一人は、◯ァッキング・ファイナンスと聞き間違えていました。そして表紙、ファイナンスのカタい匂いは一切しません。

L:中身も、おもしろいトピックをコンテンツにすることに注力していますよ。なぜクィアであっていいのか、フェミニンであっていいのか、さまざまな人種がいていいのか。それがファイナンスとどう拘るのか。なぜ都市のスケートボードカルチャーがファイナンスと繋がるのか、アフリカでダンスを習っている子どもたちがどうファイナンスと関係があるのか。「これってファイナンスに関するか?」といつも問いかけています。

H:世の中の事象から逆にファイナンスとの関わりを考えているんですね。スケボーカルチャーが出てくるって? あ、これか…。

ロンドン大学の建築史家が分析する、スケボーと都市の関係性、スポーツカルチャーとしての立ち位置について。居住としての役割がある家や、財政を司る銀行、移動の手段である電車、学びの場である大学、経営の事務所であるオフィスがある「都市」。その都市を舞台に繰り広げられるスケボーは、生産性を求められる都市にて、非常にユニークな行為で…

スケーターとファイナンスを繋げる企画の発想って、どっからきたんでしょうか?

L:個人的な話になってしまうんだけど、私の友だちに元プロ・スケートボーダーがいて。彼からスケボーに関するいろんなことを学びました。スケートボードっていったいなに? なんで存在するの? スケートボーダーになるってどんな感じ? スポンサーしてくれる企業のためにスケートボードをするって? のような。そこで、スケートボードという行為と資本についての関連性を見つけたり。



H:編集者の個人的な体験や感性も色濃く誌面に出ているんですね。さて、もう少しコンテンツをペラリ。

・世界中の博物館や美術館が被害にあっている「芸術作品の盗難」と、巨大化する「盗品ビジネス」について。
毎年、何十億ドルもの盗品が売買されている。カナダのケベックでは「2,500作品が25キロのコカインと取引」ベルギーのアントワープでは「100万ポンド(約1.3億円)ぶんのヘロインの現金取引のためにフェルメールの作品が担保として使われていた」など。盗品ビジネスを防ぐためにシステムを開発するフィンテック企業のことも紹介。

・アフリカにて「恵まれない子どもたちにダンスプログラムを無料で提供する非営利団体」の話。
ダンスを通して子どもたちが伸ばしていくスキルをデータとしてトラッキングするツールを開発。成長をデータとして可視化することによって、価値を見えやすい形にし、団体への金銭面での支援者を募る。

・起業家やスタートアップ企業の「宇宙ビジネス」参入の話。
2040年までに、現在の3.5兆円から3倍になるとされている宇宙産業。小惑星の発掘事業が、世界初のトリオネア(1兆長者)を生み出すと考えられている。宇宙産業のなかでも急成長を続けるのが小型衛星ビジネスで、衛星がとらえたデータは、石油やガス会社や建設業、環境団体など、さまざまな業界で使用される。

などなど。一見すると、直接ファイナンスに関係なさそうなストーリー。読みものとして、つい読みすすめたくなるようなトピックと切り口です。特に美術館と盗品の話、おもしろいなあ。

L:ファイナンス雑誌のコンテンツって「お金の管理のコツ」や「小切手帳の出入金の管理の仕方」とかが多いですよね。私たちは、業界用語を知っていなくてもファイナンスについて理解してもらえるようなコンテンツを考えているんです。ファイナンスに直接関係のないことでも、ファイナンスへの導線があれば、コンテンツにしてしまう。



H:確かにファイナンス『バロンズ』や『フォーブス」『ザ・エコノミスト』といった、経済/ファイナンス雑誌の内容にはないようなコンテンツだ。ハッキング・ファイナンスは誌面だけでなくて、オンラインでもコンテンツを掲載していますね。

・近年急成長を遂げるセックステック産業と、それが抱える問題について。ニューヨーク発のセックストイメーカーや、アダルトビデオ共有サイトなどが直面した、広告掲載拒否や決済システム大手からの拒否などの現状。

・ベンチャーキャピタル業界で数少ない黒人ゲイ女性、アーラン・ハミルトンのインタビュー記事。

・若い女性やティーンが仮想通貨の運用をスタートしやすいようにしたアプリ創立者ディアナ・バーグの記事。

ジェンダーやセックス、人種などのダイバーシティも積極的に入れ込んでいますね。

L:いままでファイナンスについて語られてこなかったストーリーや、注目されてこなかった人たちに光を当てたかったんです。200年ものあいだ、ファイナンスについてのトピックといったら、富を持っている白人男性がメイン。変化が必要だと思ったんです。だから、ジェンダーや人種、年齢などの多様性を含めるのは避けられないことだった。ファイナンス業界やフィンテック業界で働くと思いもしなかった起業家たちのストーリーをピックアップして、どんな人が出現してきているのか紹介していきたい。ファイナンス業界に身を置くのに、ファイナンスのプロである必要はないし、バックグラウンドがなくても大丈夫。むしろ、ない方が第三の観点が入るから、いいかもしれない。





(出典:Hacking Finance Official Website

H:なるほど。確かに、ファイナンシャルアナリストや、金融アドバイザーなど、ゴリゴリのファイナンス業界人は、誌面に出てこないかも。

L:いい例としてあげたいのが、洪水災害の状況をリアルタイムマッピングしてくれるアプリを開発したベッシー・シュワルツのインタビュー記事。もともとは、コミュニティ・オーガナイザーとして活動していた人で、大学在学中に知った人工衛星の活用法をもとに、このアプリを考案したんです。彼女みたいに、全然違う業種から、たまたまテック業界やファイナンス業界で働くようになった人を多くフィーチャーするのが、ハッキング・ファイナンスの特徴ですかね。

H:人種、業界、性別もバラバラ、だけどファイナンスになにかしら関わりのある人たち。どうやって見つけてくるんですか?たとえば、黒人でゲイの女性、アーランとか。

L:私たちの会社がアーランに出資したことがあって知り合いでした。でもその前から、黒人のゲイをテーマにした雑誌『The 10th(ザ・テンス)』に彼女が載っていたときから、知っていて。

H:わ、『The 10th(ザ・テンス)は、ヒープスも以前取材しましたよ! うわー、繋がりますね。さて、話をちょっと変えて。企画もユニークですが、最初に触れたとおり、表紙も含めてポップなビジュアルが印象的です。マークとイラーナという二人のアートディレクターがビジュアルを手がけているとか。

L:そう。もともと、ファイナンス業界以外の業界のデザインを手がけたことのあるデザイナーやアートディレクターを探していました。実はマークと最初会ったときに、彼はポートフォリオとして大手保険会社のために手がけたデザインプロジェクトを見せてきて。私は「ノーノーノー」って(笑)。

H:ハッキング・ファイナンスとは真逆の方向性。

L:でもそのあと、マークは私たちがなにをやりたいのかをばっちり理解してくれた。イラーナは、自分のジンを作っていたり、出版デザインに精通していた。デザイン会議では、雑誌名に入っている「FINANCE」という文字を入れてどう雑誌全体をかっこよくできるか、何度も話し合いました。



H:このHACKING FINANCEっていうロゴが、派手でいいです。

L:ロゴは、昔のMTVのロゴの色使いにインスピレーションを受けているんです。あとフォントはゴシックにこだわった。このゴシック体を使用する出版物もあまりなかったし、ちょっとやんちゃな感じがしていいなと思って。ファイナンスってもともとたのしいものではないし、シリアスなトピックでもあるから、遊び心が一番大事なポイントだと思う。

H:この見た目だと、ファイナンスに興味ない!という人でも、手に取りたくなりますね。

L:「スケボーのジンに見える」と言われたこともあります。実際、MTVのトンマナがインスピレーションとなっている部分もあるから、X世代(ベビーブーム世代)にとっては、懐かしい要素が入っているんじゃないかな。主な読者層は35代から50代。でも、インスタのフォロワーを見ると、ミレニアル世代やジェネレーションZもいるから、この懐かしのスタイルは、彼らにも響いているのかも。デザインコミュニティからも、私たちのデザインはすごく注目されているし。

H:ハッキング・ファイナンスは、「ファイナンスっぽくないファイナンス雑誌」と呼ばれていますが、これについてはどう思いますか?

L:とてもいい喩えだと思うよ。さっき言ったように、いままでのファイナンス雑誌はファイナンス業界人をターゲットとしていて、お金の管理方法やアドバイス、カウンセリングについてしか話していない。もちろん、ファイナンス雑誌がやっていることはすばらしいと思います。でも、その反面、私たちは彼らがすでにじゅうぶんに取り上げていることは繰り返したくなかった。お家の棚や机にさらっと置いてあるようなファイナンスの雑誌を作りたかったんです。『Apartamento(アパータメント)』(日常生活にフォーカスしたインテリアマガジン)や『ザ・ジェントルウーマン・マガジン』(現代女性のスタイルマガジン)の隣に置かれているような、カルチャーに興味津々の読者が好きな雑誌というか。

H:お、これまた以前ヒープスでも取材した『Apartament(アパータメント)』! これはさっそく、その隣にHacking Finance(ハッキング・ファイナンス)を置きたいと思います。

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All images via Hacking Finance
Text by HEAPS, interviewer&editorial assistant: Hannah Tamaoki
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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