新しいプロジェクトからは、バラエティにとんだいまが見えてくる。ふつふつと醸成されはじめたニーズへの迅速な一手、世界各地の独自のやり方が光る課題へのアプローチ、表立って見えていない社会の隙間にある暮らしへの応え、時代の感性をありのままに表現しようとする振る舞いから生まれるものたち。
投資額や売り上げの数字ではなく、時代と社会とその文化への接続を尺度に。新しいプロジェクトとその背景と考察を通していまをのぞこう、HEAPSの(だいたい)週1のスタートアップ記事をどうぞ。
近年、少し意外な方法で髪の毛がリサイクルされている。フランスでは3,000軒以上のヘアサロンでカットされた髪の毛が回収され、それらに第二の人生があたえられている。「ウィッグ」ではない。「海を守る」という新しい役割を担っているというのだ。
髪の毛が海の美化に貢献する?
ヘアサロンのゴミ箱の50パーセントを占める「髪の毛」。フランスのヘアサロンでは年間、約3,000から4000トン(タンクローリー100台分)もの髪の毛が破棄されている。米国ではコロナ禍でヘアサロンに行けず伸びきった髪をバッサリ切る人が増えたことで、髪の毛をヘアウィッグにリサイクルする慈善団体などに寄付する率も比例して上昇。これはいいこと。
一方で、近年、一風変わった髪の毛のリサイクル方法が、とあるフランス人美容師により進められ、話題を集めている。海に漂う「重油」を回収するために再利用するらしい。
海の汚染問題の一つに「海への重油の流出」がある。昨年、うつくしいサンゴ礁で有名な島国、モーリシャス沖で日本の大型貨物船「わかしお」が座礁。貨物船に亀裂が入り、船から約1,000トンもの重油が海に流出した。このような大規模な事故だけなく、実は海での重油流出の8割が小さな流出(国際タンカー船主汚染防止連盟)によるもの。海に流れ出た重油は、汚染だけではなく毒を撒き散らし、海洋生物の生態系へ被害を及ぼす可能性があるといわれている。
そこに、「人毛」が役立つ。モーリシャスの事故では流出した重油を一刻も早く回収するべく、“髪の毛”が海に放たれた。「髪には油に溶ける性質があります。脂肪と炭化水素を吸収してくれるんです」。そう話すのはフランスの美容師、ティエリー・グラス。ひと昔前からフランスに存在していた「髪を海の重油回収に使用する」というアイデアに再び最注目した人物だ。
グラスは美容師として働いていたある日、髪の毛をリサイクルする施設が存在しないという事実にショックを受けた。それを機に、2015年にフランスの環境団体/リサイクル協会「クァーファー・ジャスタス(直訳すると“正義の美容師”)」を創立。フランス全土の3,000軒以上のヘアサロンから髪を回収し、海の美化のため再利用をスタートした。髪の毛は、フランスのみならず、ベルギー、ドイツ、ルクセンブルクなどのフランス近辺諸国からも寄付されている。
フランス南東部のブリニュールにある倉庫には3,000件以上の美容院から回収した髪の毛が保管されており、その量はなんと約40トン。回収された髪の毛は、チューブ状になったストッキングネット(ストッキング素材の水切り袋)へと詰め込まれて、海へ放流される。一つのチューブはおよそ人の前腕くらいのサイズ感。
髪の毛の重油を吸収する力は絶大で、1キロで最大で8リットルもの油を吸収することが可能。さらに、重油を吸収したあとでも洗浄すれば、10回は繰り返し使用可能だ。
“髪の毛チューブ”は、フランスの港キャヴァレール・シュル・メールに浮かぶ。昨年末には、チューブの大規模な生産も開始した。フランスの海域全般に髪の毛チューブを設置することを目標に掲げている。
農業にも。髪のポテンシャル
油を吸い取ること以外にも、髪の毛はさまざまなポテンシャルを秘めている。多くのタンパク質を含む人毛は、農業の現場では肥料としての素質を見出されているのだ。髪の毛には、窒素をはじめ植物に重要な要素が20も含まれているため、非常に優秀な有機肥料になる。中国では、農業用の堆肥を人毛と牛の糞を混ぜ合わせ、冬の畑で使用していたようだ。
ひと知れず地中で植物の成長を促していた髪は、いま、海の汚れも吸い取っている。スーパーマテリアル、ウィッグになる以外のすばらしき進路だ。
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All Image via Coiffeurs Justes
Text by Ayano Mori
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine