ゴーン… 物々しい鐘の音に続き、哀しいパイプオルガンの音が鳴り響く。そこは教会でも学校でもない。湯気が出そうに火照った観衆がひしめき合うプロレス会場だ。そこに身長2メートルの人気レスラー“地獄の墓堀人”ジ・アンダーテイカーが、地獄から這いずりだしてきたかのごとく登場する。鐘とオルガンが織りなすレクイエムは、“墓掘り人”の入場曲だ。
スターレスラーには、彼らのキャラクターを仕立てる「入場曲」がある。その曲の裏には、入場曲でキャラを仕立てる作曲家がいる。
最強レスラーのテーマソングをかき続けた最強作曲家
生身の人間が体当たりでストーリーを繰り広げるスポーツ/エンターテインメント、プロレス。レスラーたちは、各々のキャラクターをまっとうし、シナリオに沿って自らの技を駆使して闘う。まるで三次元の“アクション映画”のごとく。
最高のプロレスを構成するには、観客を沸かせる最高の「レスラー入場曲」が不可欠だ。これは既存の曲でもいいし、一から作ったオリジナルソングでもよい。特に後者は、人気レスラーたちのアイデンティティになり、観衆は曲が流れるだけで目を瞑っていても誰が入場したかがわかる。そう、それはアントニオ猪木にとっての「チャ~ララ~チャラ~ララ~♪」だ。
往年のスター選手のスター性を光らせる「最強の入場曲」、その多くを生み出してきたのが、インタビュー予定時間ぴったりにパソコン越しに現れた米作曲家のジム・ジョンストン。
丸メガネ姿の、大学教授か研究者然。1980年代から全米最大のプロレス団体「WWE」で32年にわたって音楽監督を務め、解雇される数年前までWWE所属の最強スター選手たちの最強の入場曲を作ってきた最強の作曲家だといえる。
レスラーを選手からキャラクターへと仕立てる入場曲づくりのストーリーを、ジョンストン先生はビデオチャット越しに2時間生中継にて実況した。
半世紀以上もの歴史を誇るモンスター級・老舗プロレス団体。ビンス・マクマホンというレスラー体型のムキムキ代表取締役会長が独裁者のように支配する(気まぐれな性格で、スタッフが準備していたストーリーラインを直前で「変更!」というヒヤヒヤ鶴の一声を発されることで知られている)。また株式を公開しており、巨大エンタメ企業でもある(所属レスラーを「スーパースター」と呼び、興行形態もプロレスではなく「スポーツエンターテインメント」と呼ぶ)。
毎週月曜に放送される番組「RAW(ロウ、3時間生放送)」と金曜の番組「Smackdown(スマックダウン、2時間生放送)」は、毎週全米1100万人が視聴。30の言語で世界170ヶ国でも放送されているため、視聴者数は億を超えるとされる。毎週展開していくストーリーは、大衆ドラマそのもので、正義(ベビーフェイス)と悪(ヒール)の対決や、兄弟対決、恋敵同士の闘い、上司と部下のバトルなど。ときどき、プロレスとはまったく関係ないゲストも登場する。
作曲家のジム・ジョンストン。
HEAPS(以下、H):ジョンストン先生は、現在はWWEとは袂を分かったようですが、本日はWWEの入場曲作曲家時代の質問が中心になってしまいます。
Jim Johnston(以下、J):なんでも聞いていいですよ。
H:レスラーの入場曲(エントランス・ソング)というのは、比較的新しいものらしいですね。80年以前は、たいがい観客の拍手だけ。かけてもせいぜいロックソング。
J:2人の男が無味乾燥なレスリングをシャシャってやって、終了して、リングを去っていく。その流れが、ビンス(・マクマホン、WWE会長)が入場曲を採用したことにより変わりました。音楽の力です。
H:レスラーのキャラにあった入場曲を一から作るという考えは、会長の思いつきだった。
J:なにもビンスが会議にて「レスラーには入場曲が必要だ」と言ったわけではないですよ。
H:そういえば、会長のテーマソングも書いたことがあるそうですね。でも、ジョンストン先生自体、レスリングファンではないと聞きました。85年にWWEの作曲家になったとのことですが、その頃もレスリングを観ていなかった。
J:はい、一度もレスリングを好きになったことはありません。これは、生計を立てるための仕事です。スティーブン・スピルバーグがジョン・ウィリアムズ(スピルバーグ映画常連のサウンドトラック作曲家)を雇ったからって、ウィリアムズが宇宙人やSFに興味があるわけではない。
H:ははは。
J:まわりから「レスリングを観ないと」と言われたんですが、どうしても観たくない。好きなものじゃないですからねぇ。レスリングと距離をおいていたからよかったのかもしれない。
WWE会長、ビンス・マクマホンのレスラー時代のテーマ。
H:あるレスラーの曲作りの依頼があると、まずなにをするんですか。WWE側からどんな情報や指示が?
J:情報はほとんどないに等しいです。そのレスラーがヒールかベビーフェイスかだけ。でも、ヒール役が2週間後にはベビーフェイスになるなんてこともあるので、この情報はあまり役に立たない。むしろ多くの情報があったら、それはいかんのです。たとえばビンスから「ローリング・ストーンズの『Start Me Up』のような曲を書いてくれ」という依頼があったら、これは私にとって悪夢のシナリオ。レスラーやビンスの頭にすでに曲が完成してしまっていることになるから。
H:情報ほとんどゼロの状態からはじめるんですか! せめて、そのレスラーの試合を観たり、写真を見たりはしないんですか。
J:たまに。ビデオを入手できたら、それがたとえお粗末なビデオでも、レスラーを観察します。どうやって歩くのか、どういう身のこなしをするのか。いいヤツキャラなのか、間抜けキャラなのか、意地悪で皮肉っぽいキャラなのか。所作から読み取れる雰囲気をすべて吸収する。
ここで考えたいのが、レスラーのサイズ感。大きな図体の場合、一つひとつのテンポを重たくするため、スローテンポにする必要がある。150キロの巨漢男が「お前をぶん投げるぞ」とやってくる感じ。トゥントゥン トゥ トゥントゥントゥ。小柄なやせ型の場合は、巨漢が捉えられないくらいちょこまか素早い動きをする。タンタンタンタン タンタンタンタン タンタンタンタン。
そうしたら、ピアノやギター、キーボード、どんな楽器でもいいから手に取り、いいサウンドを見つけるまで演奏しつづけて作曲する。もうここからはエモーショナルな領域です。実際に演奏してみないとわからない。
H:でも、大きかったり、小さかったり、見た目が同じようなレスラーもいますね。その場合、そのレスラーにあった曲作りはどうやってするんでしょう。
J:これは僕の最大の任務ですね。ここが創作力の見せ所です。たとえば、ランディ・オートンは、頑固で無口なクールガイ。このキャラをスターにさせるのは難しい。実際、私はランディの曲作りの際に降参してしまいました。おもしろいキャラじゃないので。「ごめんなさい、ランディ、おもしろい曲が書けません」という気持ちになっていたとき、突然アイデアが降ってきた。「この気持ちをストーリーにするんだ」。
あまりおもしろくない見た目だけど、彼の頭の中ではいろいろな葛藤がある。頭のなかでいろいろな声が交差している。そうしてできたのがランディの入場曲『Voices』。
ランディ・オートンのテーマ。
H:同じ白人のマッスルタイプでも、カート・アングルの入場曲は猪木的というかアンセムのよう。「白人」「大柄な」「強面の」という情報から、まったく別の曲ができる。
J:これは、もともとは違うレスラーのために書いた曲だったんです。でも、この愛国主義的なアンセムは、星条旗を擬人化したようなアメリカンボーイであるカート・アングルにぴったりハマった。
カート・アングルのテーマ。
H:WWEの作曲家になるまでテレビや映画の音楽を作っていたジョンストン先生ですが、レスラーの入場曲って、ほかの曲作りとどう違うのですか。
J:通常の曲の場合、まずイントロがあって、その次にヴァース(導入部分)、そしてコーラス(サビ)まで到達する。ここまでで45秒から60秒くらい。
それに対して入場曲の場合は、最初の音で観客を起こさなければいけない。曲がかかった瞬間に、観客がそれが誰の曲か誰が登場するのかがわかる曲でなければいけないし、観客席から感情がワッとのぼりたたなければいけない。バックステージで試合を控えたレスラーが奮い立たないといけない。ワッと沸いたあとも、レスラーがゆっくりと観客のところへ近くまで、観客の関心を引きつけるだけのいい音楽である必要がある。
H:最初の音で観客の目を覚ます。まさに、“最凶のタフ野郎”で知られるストーン・コールド・スティーブ・オースチンの入場曲のこと。ガラスの割れる音で曲がはじまる。
J:このガラスが割れる音、4、5の異なる音を使っているんです。最初、最大音のガラスの割れる音のサンプルを見つけたんですが、上品な音で。こう、骨がなかったんですね。なので、爆発音や自動車事故の効果音を拾ってきて、重ねていきました。「オーマイガー、ビルの一部が崩壊している!!」みたいなサウンドにしたかったんです。「救いがほしいなら、とっとと重いケツをあげて教会にでも行くんだな!!」というような。
H:(最後の喩えがちょっと謎…)この入場曲がハマったスティーブ・オースチンは、この曲とともに一躍スターレスラーになりました。最凶に暴れん坊な彼のレスラーキャラを作り上げたといっても過言ではない曲。
J:汚い言葉をこれから使うので先に謝っておきます。スティーブ・オースチンの究極の真髄は「ファック・ユー」です。「サインしてください」「ファック・ユー」。「来週ミーティングがあると会長が言っています」「ファック・ユー」。これがスティーブ・オースチン。人に指図はされねえぜ、俺は誰にもコントロールされねえぜ、俺がやりたいことをするんだ、ファック・ユー。なので彼の入場曲もファック・ユーになりました。
ストーン・コールド・スティーブ・オースチンのテーマ。
H:レスラーのキャラと曲が相互に高め合っていますね。「地獄の墓堀人」「デッドマン(死人)」「暗黒の魔王」の愛称でおなじみのジ・アンダーテイカーの場合(出身地は死の谷、なんども生き埋めにされているというストーリー)も、彼のダークなキャラに呼応したホラー映画のような入場曲になりました。
J:最初、彼のキャラクターが「デッドマン」だと聞かされたとき、よくわからなかったんです。彼は本当に死んでいるのか、精霊なのか。とにかく黒装束でトレンチコートにまとった姿を想像しました。そして曲作りでは、まずロック調にしてみたのですが、薄っぺらく聴こえてしまいうまくいかず。オーケストラ調にしても、甘すぎて、洗練されすぎている。ああでもないこうでもないとピアノの前に座っていて、思い浮かんだんです。「ああ、これは葬式なのだ」と。子どもの葬式ですね。悲しみがありました。彼には過去にいろいろなことがあって、いまの状態(デッドマン)になるまでに、紆余曲折を乗り越えてきた。彼のストーリーは、決してうつくしいクリーンなものではないと思いました。(ここで生演奏)。悲しみに包まれたかった。そして、地獄から発せられる鐘の音で、次の世界に行けるように。
H:ゴーンという鐘の音を聞いたら、誰が入場するのか誰でもわかるくらい。この入場曲なしでは、ジ・アンダーテイカーのキャラは成り立ちません。
J:1秒のインパクトで終わってしまうイントロではありません。長いあいだ鐘の音が鳴っている。1つ目の鐘で会場の明かりがついて、ジ・アンダーテイカーは有名なキャラクターになりました。彼は、巨大な男がレスリングする以上の、神秘的な理解しがたいスピリチュアルな存在であり、私はそんな深いところまでを曲で表現したかったんです。
ジ・アンダーテイカーのテーマ。
H:そうして表現された曲は、地獄の墓掘り人、ジ・アンダーテイカーのキャラクターを完成させました。ちなみに、この曲はラッパーたちがリミックスで使ったり、テレビCMやゲームなど、プロレス以外のカルチャーにも浸透しているそうで。
J:なぜかラッパーに響いたようですね。
H:これらスターレスラーたちのキャラクターを仕上げる入場曲を中心に、30年間のWWE作曲家時代に、ジョンストン先生は、およそ1万曲を書いてきました。誰か助手や共作相手がいたんでしょうか。
J:いえ、助手もいない。まったくの一人でした。
H:曲ができると、誰がチェックをしてゴーサインを出すのでしょうか。
J:ビンスとエグゼクティブ・プロデューサーです。ビンスははっきりものを言う人なので、15秒も聴いてもらえば、判断してくれました。いいフィードバックもあったし、よくないフィードバックもあった。幸い、ひどい出来だと突き返された経験は一回もありませんでしたね。
H:入場曲をレスラーのキャラの一部として定着させるには、とにかく繰り返し曲を流すことが必要なのでしょうか。
J:いや、案外すぐに定着しますよ。観客が入場曲とレスラーを結びつけることができれば、それは“レスラーの曲”になる。入場曲は、レスラーにとって息の合う“ダンスパートナー”である必要があると思っています。登場したとき、曲が彼らのキャラクター性を後押しするものであるべきです。
H:レスラーのキャラクターを構成するビジュアル、セリフ、スキル、テクニック、ギミック、そして、テーマソングである入場曲。作曲家でありながら、レスラーのキャラクターの作り手の重要な役割を担っています。
J:私は、レスラー入場曲を映画のサウンドトラックのように捉えています。ある意味、両者は同じようなもの。キャラクター、登場人物がいて、曲を通じて、観客になにかを感じてもらいたい。
音楽というのはなにかを感じ取ることです。ここからあそこへマイクロ秒のスピードで聴く者の心を動かす。2つの音色でその場のムードを変える。だからいつも私は、「このレスラーが入場したら、観衆にこんな気持ちになってもらいたい」ということを念頭において作曲しています。ジ・アンダーテイカーなら、観客に神秘的でスピリチュアルな気持ちになってほしい。スティーブ・オースチンなら「どうしたこった、こりゃピンチだ!」と焦ってほしい。
H:入場曲は、観衆を掻き立てるもの。
J:そしてレスラー自身を掻き立てるもの。自分のキャラクターに引き戻してくれるもの。自分の入場曲を聴いたら、お尻に火がついたように、ショーの時間だぜ、リングに登ってやるぞぉぉぉぉおりゃゃゃゃ…んごほごほ。
(ジョンストン先生、むせる)
失敬…。レスラーが素早く自分のキャラクターへと変身して、リングへ上がる気持ちを鼓舞するのが入場曲です。これがないと、観客も興奮しない。レスラーも興奮しない。たとえレスラーがリングで怒り叫んだり、激しい平手打ちをかましたとしても、いいレスリングにはならない。いいレスリングを作る要素は、ストーリーライン、キャラクターの勝ち負け。ルーク・スカイウォーカーに勝ってほしい、ヨーダに神秘性を感じてほしい。
H:そして入場曲。
J:入場曲がキャラクターに呼応すると、すべてのボルテージが上がります。キャラがもっと際立ち、観客がうるさくなり、パフォーマンスがよくなる。雪だるま効果ですね。逆に曲にパワーがなかったりしっくりいかないと、ボルテージは下がります。
H:レスラーの成功に、いい入場曲は必須ですね。
J:必要不可欠ですね。ジ・アンダーテイカーが登場して曲を聴いたとき、観客にはたった一つのことだけを考えてほしいんです。それは、ジ・アンダーテイカーについて。AC/DC(レスリングでよく曲が使用されるロックバンド)について考えてほしくはない。
H:ジョンストン先生がWWEの作曲家の座を降りてからも、このような曲はあるのでしょうか。
J:いまのWWEが使用している入場曲は、多くの場合キャラクターにまったく関係のないもの。レスラーが入場したときにたまたま流れてきた音楽といった感じです。うるさくて、薄っぺらくて、人工的に興奮を生み出しているような。「このレスラーは誰」というような感情を引き起こす要素がありませんね。曲を聴いても(そのレスラーを)怖がったらいいのか、ハッピーな気持ちになればいいのか悲しい気持ちになればいいのかわからない。いまのレスラーたちのことを思うと、やるせないです。
H:やはり往年のスターレスラーたちの曲作りを手がけた先生は、彼らのキャラクターを仕立てた。
J:音楽の力を通して、観客とレスラーのあいだのエモーショナルな繋がりをいっそう際立たせたと思います。レスリングとは、レスラーたちを観るだけのことではありません。観客が反応します。観客もショーの一部なのです。だから、観客たちはレスラーのキャラクターやストーリーをそれはそれは大事にする。そのキャラクターがケガをしたら心が痛む。まるで家族のような感情を抱く。この感情は、入場曲なしでは実現しないんじゃないんでしょうか。
Interview with Jim Johnston
All images via Jim Johnston
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine