2020年早春から、世界の社会、経済、文化、そして一人ひとりの日常生活や行動を一変する出来事が起こっている。現在160ヶ国以上に蔓延する、新型コロナウイルスの世界的大流行だ。いまも刻々と、今日そのものを、そしてこれからの日々を揺るがしている。
先の見えない不安や混乱、コロナに関連するさまざまな数字、そして悲しい出来事。耳にし、目にするニュースに敏感になる毎日。
この状況下において、いまHEAPSが伝えられること。それは、これまで取材してきた世界中のさまざまな分野で活動する人々が、いま何を考え、どのように行動し、また日々を生活し、これから先になにを見据えていくのか、だ。
今年始動した「ある状況の、一人ひとりのリアルな最近の日々を記録」する連載【XVoices—今日それぞれのリアル】の一環として、〈コロナとリアリティ〉を緊急スタート。過去の取材を通してHEAPSがいまも繋がっている、世界のあちこちに生きて活動する個人たちに、現状下でのリアリティを取材していく。
ファッションを外側から視覚的に見るのではなく「着る人の心情や内面から、ファッションを考察する」のが、ファッション・サイコロジストという仕事。ファッションと心理の関係性を説くという、その新たな職業を牽引するのが、ニューヨークを拠点にするドーン・カレンだ。
2012年、当時23歳にしてニューヨークのファッションの名門大学「ファッション工科大学(FIT)」の教授に就任。教鞭をとりつつ、「自分のクローゼットからどんな服を選び、どんな気持ちを引き出せばいいのか」という個人向けのカウンセリングから、アパレルブランドへのコンサルティングもおこなう。
現在、ドーン自身も住んでいるファッションの発信地・ニューヨークは、コロナウイルス感染拡大により、それまでの華やかさはない。色とりどりの個性的なファッションがあふれていた通りは閑散としている。
自宅で仕事をし、食事も自宅。何日間も一人で過ごしている人たちも少なくないだろう。重ねて、先の見えないことも多く、心が揺れ動くこの状況下で、一人ひとりが自分で心の安定を守るためにできるファッションって?
2年前にドーンを取材したヒープスは、再び、ファッション・サイコロジストとしての彼女の見解をスカイプを通して聞いてみた…ところ、ビデオはオフ。「ひどい身なりだから、今日はビデオはなしで!(笑)」
ドーン・カレン。
HEAPS(以下、H):ニューヨークにコロナウイルスが蔓延してから1ヶ月以上が経ちますね。ドーンは、どんな心持ちの状態でしたか。
Dawnn(以下、D):そうね、BBCニュースをいつも見ていて、コロナが(ニューヨークに)やってくるというのは知っていて。ただ、私の仕事(ファッションと心理のカウンセリングや授業)はデジタルでもできることだから、私生活に悪影響がある、とは思わなかった。
H:では、仕事もいつも通り?
D:最近は、メディアのインタビューに応じていることが多い。いま、みんな外出できないなか、どうやって気分を高めることができるかを考えているでしょう。ファッション心理学の重要さに気づきはじめている。以前だったら、私が“ファッション・サイコロジスト”としてなにをやっているのか理解できない人がたくさんいたんだけど、いまは、だんだんみんなわかってきた。
H:確かに、心が不安定になることが多いいま、改めて注目される分野かも。一人ひとりに関係のあることですもんね。ドーンの一日はどんな感じですか?
D:起きたらまずベッドを整える。私、散らかったベッドはダメだから。あとは本を読んだり、フランス語の勉強をしている。初級レベルでは勉強したんだけど、流暢なわけではないし、ファッション心理学をフランスにも紹介できたら、と思ってね。あとは、北京語も少しだけ学べたらいいなと。ほかには、日記を書いたり、ビデオで毎日を記録するようにもしている。社会的に距離を保たなければいけないなか、自分自身に話しかけることで自分が一番の親友になる方法ね。ファッション・サイコロジストとして、自分の不安をコントロールするのはとても大切なことだから。
H:あと、これは好奇心から…。ご飯はどうしてます?
D: 少し料理もしているけど、ほとんどはデリバリーでオーダーしている。私と同世代の女性オーナーがやっている常連のタイ料理店のをよく頼んでいるかな。コロナの影響もあって、普段は食べないスイーツもふくめて、食べたいものはなんでも食べるようにしているの。
H:さて、ここからはファッションと心理について。さっきも話していたけど、自宅隔離のなか、みんなどうやって気分を高めたり、心持ちをよくしたらいいか迷っていると。
D:いま、みんなが「家にいるあいだ、なにを着たらいいんだろう」って思っている。自宅勤務をしている人たちは、勤務中なにを着たらいいか、上から下まで着飾るのか、トップスだけちゃんとして下はパジャマでいいのか、とか。
H:ドーンはどんなアドバイスを?
D:自宅勤務時は上から下まで着飾らなくていいけれど、少なくともトップスはプロフェッショナルに見えるようにすることね。あと、「3日以上パジャマを着続けたら、鬱(うつ)を招く可能性があるから絶対しないように」って言っている。
H:どうせ家だしパジャマ楽だからいいか、はダメなのか。ちょっとでもドレスアップしたり?
D:人によると思うけど、そうね、みんな着飾るべきだと思う。少なくともパジャマじゃない服を着た方がいい。もしよくジムに行く人なら、ワークアウト用の服を着て家で少し運動してみると、気分が高まるし、希望に満ちた感覚が戻ってきて「またジムに行くんだ!」ってなる。だから、みんなにはちょっと着飾ってみて。「ムード・エンハンスメント」といって、自分のムードを最適化するために着飾るというセオリーね。
H:勉強になります。ほかにはどんな助言をしていますか?
D:自分自身の気分に耳を傾けて、と言っている。もし不安な気持ちを抱えているなら、オーバーサイズのセーターを着る。ハグされているような気分になるじゃない? あとは、なにか違うことをするたびに着替えること。家のなかでも、たとえば料理をするってなったら着替えて、寝るってなったらまた着替えて。一日の単調さをなくすことが大切。
H:ちなみに、ファッション・サイコロジスト、ドーンの部屋着は?
D:キモノ(ローブのような)。インタビューや会議で(ビデオ通話で)顔が映らない限りは、家ではそんな着飾らないけど、キモノを着ると、穏やかな気持ちになる。誰にも言ったことがないから、これはあなたたちの独占ネタね(笑)。このキモノは、コロナ前から部屋着だったけど。
H:これまでと同じ部屋着で過ごしているんですね。
D:そう、これが自分の不安をコントロールする方法。キモノを着ると、力がみなぎる女王や女神のような気分になれる。ファッション・サイコロジストとして、私には多くの不安を抱えたクライアントがいるから、自分自身は穏やかさを保つように努力している。
H:ちなみに自宅から出るときは? たとえば近所のスーパーに買い物に行くときとか。
D:ああ、そりゃ全然違う服! 黒のパーカーにスウェットパンツ。そしてフードを被って、スターがかけてるようなサングラスに黒いマスク。全身黒。たぶん、ニンジャかギャングスターかなにかに見えるかも(笑)。部屋では女神みたいにすごくキチンとしていたくて、外では…戦に行くような感じ。まったく逆。
H:ギャップがすごい。
D:外に出るのはたった15分から30分ぐらいだし、行って帰ってくるだけだから、ここ1ヶ月はいつも、同じ黒い服一式ね。
H:いま着れないもので、早く着たいと心待ちにしているものはありますか?
D:ヒールを履くのが恋しいかな。歩くたびに地面から響く音がね。私、カリビアン系で家では靴は履かない慣習なので。
H:普段から、個人を相手にファッションにまつわる心理カウンセリングをしていますよね。いまの時期だとどんな依頼があるんでしょうか。
D:あるクライアントからは、クローゼットを見てほしい、という依頼があった。いまは実際に行って見ることはできないんだけれど。
H:あとは、カウンセリングでなにか気づいたこととかは。
D:クライアントが服のボタンを掛け違えていたり、前回のカウンセリングと同じ服を着ていたりしたら、クライアントの心理とファッションを分析する。
H:同じ服を着ているということは、どういう心理なんでしょう…?
D:「レペティショウス・ワードローブ・コンプレックス」というセオリーで、同じ服を繰り返し着ると、さまざまな影響をもたらす。家で毎日同じ服を着続けるというのは、鬱や落ち込んだ気分であるという印。
H:だから、パジャマを3日以上着ちゃだめ、ということか。さて、話をちょっと変えて、コロナ後のファッションシーンについても、ドーンの考えを聞きたい。
D:マスクは、日常の服装の一部になると思う。あと、もっとエコ意識が高い人、サステナビリティに興味のある人、ミニマリストな人が増えると思う。物質主義じゃなくなるというか。
H:コロナによって、欲しいものが手に入らないという状況があったり、物資不足を少しでも経験したことで、必要なモノしかいらないという心理なんでしょうかね。ファストファッション中心のファッションシーンは、もっとスローになると思いますか?
D:そう! みんな自分の着ているものがどこから来ているのか、なんの素材なのかを自発的に考えはじめているし、もっと気を使うようになると思う。もっとデザイナーズブランドを好むようになるのかも。地元のデザイナーとか。
H:それはいいことですね。
D:そうね。スローファッション、それにデジタルに対応できるブランドが強くなると思う。おそらくランウェイにも、もっとデジタル要素がくわわったり。
H:現在、なにかファッション業界と一緒に取り組んでいるプロジェクトはありますか?
D:いま“自宅勤務コレクション”を考案しているデザイナーたちもいて、そのうちのある日本デザイナーが私にコンサルしてほしいと。あとは、この前、私のインスタグラムで“コロナ以降のファッション”をテーマに話をしたりね。
H:コロナ以降のファッションは、トレンドも含めてどう変わっていくと思いますか。
D:私は、より保守的になって、控え目なものが台頭してくると思う。
H:保守的や控えめというのは、露出という観点で?
D:そう、みんなウイルスに触れたくないから、身体中を覆わなきゃいけないと感じるようになると思うの。あと、ワクチンが開発されたり空気がきれいになったとしても、肌を晒せなかったトラウマはそう簡単になくならないだろうし。マスクやヘッドウェア、スカーフといったアイテムも続くと思う。
H:ファッションは時代を反映しますよね。たとえば第二次世界大戦後は、長い丈のスカートにコンサバなシンプルスタイルのドレスなど、どことなくおしとやかというか。
D:そうそう、その通り! コロナ収束のあと、50、60年代のようなすごくミニマルで謙虚さがあるファッションが流行ると私は思う。
H:このコロナの状況は、今後、人々の心理にどう影響していくと思う?
D:このパンデミックによって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える人たちも出てくると思う。コロナが引き起こしている現状は、予期せぬことだったから。国のトップがみんなに「もう家から出ても大丈夫ですよ」と言ったとしても、どうこうなることではない。外出することが人々の治療薬にはならない。中国では、もう外出できるみたいだけど、みんな心から安全には感じてないと思う。通常に戻るには時間がかかると思うわ。
H:心が不安定となってしまう時代が続きそうですね。そんなとき、ファッションで落ち着いた気持ちになるには…。
D:ムード・イラストレーション・ドレッシングというセオリーを。自分の気分をなだめるために着飾る。ゆったりと落ち着いた気持ちになりたいなら、スウェットパンツやパジャマ、着心地が最高のだぼっとしたセーターを着るとかね。
Interview with Dawnn Karen
ファッションと心理に特化した「ファッション・サイコロジスト」という分野の先駆者。ニューヨークの名門・コロンビア大学を卒業後、2012年からファッション工科大学にて、教鞭をとる。2015年には、ファッション心理学の分野では初のオンライン学校「Fashion Psychology Institute®」を設立。その他、世界の25ヶ国以上で、テレビや講演会などでの出演を通して、ファッションと心理の関係性について人々に伝える。2020年には、著書『Dress Your Best Life』が出版された。
All Image via Dawnn Karen
Text by Aya Sakai
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine