2020年早春から、世界の社会、経済、文化、そして一人ひとりの日常生活や行動を一変する出来事が起こっている。現在160ヶ国以上に蔓延する、新型コロナウイルスの世界的大流行だ。いまも刻々と、今日そのものを、そしてこれからの日々を揺るがしている。
先の見えない不安や混乱、コロナに関連するさまざまな数字、そして悲しい出来事。耳にし、目にするニュースに敏感になる毎日。
この状況下において、いまHEAPSが伝えられること。それは、これまで取材してきた世界中のさまざまな分野で活動する人々が、いま何を考え、どのように行動し、また日々を生活し、これから先になにを見据えていくのか、だ。
今年始動した「ある状況の、一人ひとりのリアルな最近の日々を記録」する連載【XVoices—今日それぞれのリアル】の一環として、〈コロナとリアリティ〉を緊急スタート。過去の取材を通してHEAPSがいまも繋がっている、世界のあちこちに生きて活動する個人たちに、現状下でのリアリティを取材していく。
「その花、捨てるのでしたら、いただけませんか」。売れ残りの花を回収し、それらを染料に手染め(ナチュラル・ダイ)をおこなう、ニューヨーク・ブルックリン在住のアーティスト、カラ・マリエ・ピアッザ。
HEAPSがカラにはじめて会ったのは、2016年の夏。当時、彼女が染料に使っていたのは、おもに街の花屋から回収した廃花だった。以来、花屋だけでなく地元のレストランや食料品店とも提携し、パートナーシップを拡大。アボカドや玉ねぎの皮、ナッツの殻、葉野菜など廃棄食材も創作に取りいれてきた。
「サステナビリティ」をキーワードに、街の小売店とアーティストが繋がる。一回キリではなく、継続的に——。地道なパートナーシップの拡大が、廃棄問題への関心を喚起することに繋がったのは言うまでもない。しかし…。
米国は先月13日に「国家非常事態」を宣言。まもなくして、カラの拠点ニューヨーク市では感染拡大を防ぐため、ブロードウェイ公演の長期中止や美術館などの休館が決まり、まずは街から「文化」が消えた。メジャースポーツもシーズンを中断。16日からは市内全ての公立校が休校し、17日からはレストランやバーなどでの店内飲食ができなくなった。その後、22日の夜からロックダウン(都市封鎖)がはじまり、外出制限がかかり、かれこれ1ヶ月が経過しようとしている。カラが「提携していた花屋もレストランも閉鎖中」だ。染料となる材料が手に入らなくなったいま、彼女はどうしているのだろう。また、都会に住むひとりのアーティストとして、どんな想いを抱いているのだろうか。
約束の時間にZoomを開くと、画面の向こうには、自宅で愛犬と戯れあうカラが。ひとまずは元気に過ごしている様子。
HEAPS(以下、H):お久しぶりです。街の様子がガラっと変わって、かれこれ1ヶ月。多くの店が閉まって、イベントが中止になって、あらゆることがスローダウンしています。特に、ニューヨークのような都市でのビジネスの停滞は、アーティストにも大きな影響をあたえているかと思いますが、カラの状況はどうですか。
Cara(以下、C):影響は多大です。フローリストも飲食に関わっている友人も、それまでの仕事が急に「消えた」という感じです。私も廃花や廃棄食材の回収はゼロ。予定していたイベントやワークショップもキャンセルになりました。ただ、以前からやっているオンライン上での商品の販売と、染物講座の動画配信は続けています。それでも、仕事の量もペースもかなりスローダウンしました。
H:廃花や廃棄食材の「回収はゼロ」。ナチュラル・ダイの染料はどうしているのでしょう?
C:ロックダウン前に回収したストックを使っています。あとは、自主隔離で自炊の回数が増えたので、自宅ででた廃棄食材を使ったりもしています。いまは大きな発注もないので、材料についてはしばらくは問題ないかな。
来月もしくはそれ以降に街のレストランやショップが再開したとしても、すぐに元通り、とはいかないと思います。友人やビジネスパートナーとも、「もう、元通りになるのを期待するのではなく、以前とはまったく異なる、別の状況を想像していかなければならないね」と話していて。
H:街の活気はいずれ戻るとしても、これだけすべてのビジネスが急停止したあと。しかも、その損失に見合う保証もない状態で1ヶ月以上も経つとなれば、ビジネスのあり方も、好む好まざるに関わらず、変化を余儀なくされそうですね。たとえば、リーマンショック後のような。
C:実際、私はこの状況をきっかけに、「プロダクティブであること」の意味について考えるようになりました。
H:「生産性を高くして、利益を生む」。そういう意味でのプロダクティブですか?
C:そう。”プロダクティブ” であるために、こうしなければ、ああしなければ、と思っていたあらゆることが、なんだか有毒な思考のように思えてきて。というのも、世界中のこれだけの数の人たちが「止まれ」と言われているのには、理由があると思う。
H:“プロダクティブ”ばかりを追い求めていたことを見直す機会でもあると。
C:と同時に、「止まること」を強いられたこの時間で改めて感じるのは、自分が持つ「プリバレッジ(特権)」。そして、エッセンシャル・ワーカーへの敬意です。
私は家にいることができる。この状況で、家にいられるのは特権です。なぜなら、そうしたくても、できない人たちがいるから。自分がもし、感染のリスクに身を晒しながらも市民のために危機の前線に立つエッセンシャル・ワーカーだったら…と思うと、彼らには感謝してもしきれません。いまは、自分の仕事が減ったことを考えるよりも、その空いた時間をどう使うか、本当はなにに使いたいのかを考えてるようにしています。
*エッセンシャル・ワーカー:外出禁止令の例外として勤務を許されている、病院などの医療機関や公共交通機関、生活必需品の工場や物流、販売に従事する人たち。
HEAPS(以下、H):「家にいなければならない」ではなく「家にいることができる」。家にいることは、感染拡大を防ぐといういま急務の社会貢献。それができる。ちなみに、カラがこれまでコラボレートしてきた人やまわりのアーティスト同士では、何か助け合いや協力をしていますか?
C:私のまわりでは、自分の知識やスキルをシェアするために、オンライン上での講座やイベントをはじめた人が多いので、お互いが各々のプラットフォームを使って、お互いの講座やイベントをプロモートし合っています。たとえば、モデルの子はポーズのとり方を教えたり、読書好きはブック・クラブを開催したり。絵の描き方、マスクの作り方、家賃不払いストライキのはじめかた、料理のレシピのシェアなど、有料無料、いろいろです。私も一日にひとつは講座に参加したり、動画を閲覧したり。
あとは、クラウドファンディングを立ち上げた人も多いので、オンライン上で広めあったり、できる範囲で寄付をしています。
HEAPS(以下、H):Zoomを使ったオンライン講座を週に1回くらいのペースで開催していますよね。バンドル・ダイ(花をくるくると布で巻いて糸で縛り染色する方法)の講座の告知をインスタで見ました。
C:毎回テーマを決めてやっています。たとえば、ドライフラワーや凍らせた廃棄食材を使ってのシルクの染め方をテーマにしたり。90分くらいの講座です。先日は、オールナチュラルの材料や染色剤を提供しているブランドとのコラボレーションした企画もやりました。講座で使用するのと同じキットをブランドから事前購入して、講座を見ながら遠隔で一緒に染物ができる、という企画。
H:たのしそう。
C:「参加券(1講座:35ドル)」をウェブサイト上で販売して、購入者には前日にZoom講座のリンクを送るという簡単なフローでできちゃいます。指定の時間にライブ動画で配信して、参加者はその場で質問することも可能。ライブ動画は録画してあるので、指定の時間に参加できなくても、あとで動画をダウンロードして観ることもできます。
H:参加者はどのくらいいますか?
C:ひとクラスの参加者数は30人ほどで、多いときは40人。アメリカだけでなく、ヨーロッパや北欧、インド、中南米など、いろんなところからアクセスがあって!私も驚いています。
H:以前から動画配信をされていたそうですが、現在と何か違いはありますか?
C:パンデミックの前は、シリーズ動画を撮影してもらっていたけれど、いまは人とのソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)が求められているの、一人でできる動画配信を実践中。だから、以前の撮影動画に比べたら、画質は低いかも。
H:ライブ配信、どうですか?
C:“ひとり語り”はなかなか慣れないですね。ライブ中はスクリーンの向こうに観てくれている人がいるのはわかっているけれど、しばらくリアクションが聞こえてこないと「あれ?」と不安になることがあったりして。
H:それは心配になっちゃいますね。いつまで続くのかが不透明な自主隔離生活を送るうえで、気をつけてこといることはありますか。
C:正気を保つために(笑)、なるべくロックダウン前の生活リズムをキープするようにしています。朝は7時ごろに起きて、いつものコーヒーを飲んで、犬の散歩に行ったら、以前から続けている毎朝ノートに思いついたことを書く、というのをやって、頭の整理をする。たまにメディテーションもします。
そのあとメールをチェックして、だいたい1時ごろに食事をとって、午後は染物の作業に没頭。夕方ごろにまたメールをチェックして、犬の散歩に行って、ビジネスパートナーや友人とZoomで会話をする——という感じです。
来月以降に開催予定のイベントやコラボレーション企画もあるので、そのためのZoomでの打ち合わせもしています。なので、仕事がスローダウンしているとはいえ、一日が過ぎるのは結構あっという間です。
H:いちばん恋しいもの、また、外出できるようになったら、真っ先にやりたいことについて教えてください。
C:「生まれも育ちもニューヨーク」の私にとっては、気軽に地下鉄で移動して、ふらっと入ったお店でバッタリ友人に出くわしたりというのが「日常」で。そういった日常は恋しい。けれど、いちばん恋しいのは、やっぱりワークショップ。直接人に会って教えること、さまざまな人たちと一緒に学びの場を作ること。オンライン講座も、それはそれでたのしいんだけれど。
外出できるようになったら真っ先にやりたいのは…、なんだろう。確かに日常は恋しい。けれど、以前みたいに人とハグしたり、なんの疑問もなくレストランでの外食をたのんだり、そんなふうに戻れるのかなという一抹の不安もあります。ただ、父と母とはすぐにでもハグをしたいですね。いま両親は安全のためにシティから少し離れた別荘で生活をしていますが、状況が落ち着いたらまたマンハッタンの実家に戻ってくると思うので、そしたらまた前みたいにちょくちょく会って、一緒にテーブルを囲みたいな。
Photo by Yudi Ella
ナチュラル・ダイ・アーティスト。ニューヨーク・マンハッタン出身。2012年、英国ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アーツ卒業。同校でテキスタイル・デザインを専攻し「ナチュラル・ダイ」に出会う。15年末にオーガニックの廃棄物を使った手染めブランドを立ち上げ、洋服やテキスタイルをデザイン。以後、ブライダル、サステナブル・デザイン関連のコンサルタント、講師として途上国での女性の自立を助ける職業訓練プログラムへ参加するなど、活動の幅を広げている。生産するアイテムはすべてニューヨークでハンドメイド。使用する生地は、オーガニックコットンや竹繊維、シルクなど、環境や生産者の労働環境に配慮した、エシカルかつサステナブルなもののみ。ファッションデザイナーのアイリーン・フィッシャーやサミュエル・スナイダー、また、エコーズ・ラッタ、クラブ・モナコなど、多数のブランドやアーティストとコラボレーションもおこなってきた。
2018年冬には、LEXUSとHEAPS共催のトークイベントにゲストスピーカーとして来日。“自分らしい社会貢献”など、「自分らしい」をテーマに、カラの自分らしさを話してもらった。さらに2019年冬に開催されたHEAPSのイベントでは、HEAPSが過去に取り上げてきた世界中の「社会問題を解決する」「生活をちょっとたのしくする」プロダクトを厳選した「HEAPSコンビニ」を展示。カラが染めたナチュラル・ダイのスカーフやシャツも、仲間にくわわった。
Eyecatch portrait image by Yudi Ella
All images by Cara Marie Piazza
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine