貧困のジレンマを生む作物でオリジナル・ビール。ブラジルの農村地帯で続々誕生、“地ビール作戦”は黄金の風味

スタートアップの活動や新しいプロジェクトから読みとく、バラエティにとんだいま。HEAPSの(だいたい)週1レポート
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新しいプロジェクトからは、バラエティにとんだいまが見えてくる。ふつふつと醸成されはじめたニーズへの迅速な一手、世界各地の独自のやり方が光る課題へのアプローチ、表立って見えていない社会の隙間にある暮らしへの応え、時代の感性をありのままに表現しようとする振る舞いから生まれるものたち。
投資額や売り上げの数字ではなく、時代と社会とその文化への接続を尺度に。新しいプロジェクトとその背景と考察を通していまをのぞこう、HEAPSの(だいたい)週1のスタートアップ記事をどうぞ。

今回は「農業」と「ビール」。農村地帯の“困り物”を地ビールの原料にして、貧困を改善していく。飲む人はもちろんのこと、作る人にも活力をもたらす、黄金のドリームリキッド・ビールの新たな話。

農村の貧困解消は「地元の作物」で

 地元の農作物を地ビールに。アイデア自体は新しくないが、今回紹介するのは、ある農村地帯が抱える貧困地帯のジレンマを地ビールで解消を図るビジネスモデルだ。
 実際に取り組んでいるのがブラジル北東部の州の農村地帯。ブラジル北東部は同国で最も貧困の一帯で、60パーセントを超える住民が職に就くことができておらず、極度の貧困状態にある人は1480万人にものぼる

 住民のおよそ3分の2が生計を立てるために農業に依存しており、おもに栽培しているのが「キャッサバ」という作物。根菜の一種で、フライにしてスナックとして食べたり、キャッサバ粉に加工したものを炒めておかずとして食べたりと、ブラジル全土の食卓に頻出する国民食。しかしながら、このキャッサバ栽培が働き者の農民たちを苦しめてもいる。
 まず、豊富に収穫されるためキャッサバは単価が低く利益率も低い。生活を支える労働力との不釣り合いが生じている。ブラジルの先住民コミュニティでもキャッサバ栽培は盛んにおこなわれているが、先住民90万人のうち83パーセントは、一ヶ月あたり788レアル(約1万6,000円)という最低賃金以下の収入を強いられている状況。

 そもそも職がなく、キャッサバ作りは生活のライフラインではあるが、このままのキャッサバ作りに依存している限り生活の改善は見えない。そんなジレンマの元でもあるキャッサバを「従来とはまったく別の方法で活用できないか」と考えたのが、サンパウロに拠点を置くコンサルティング会社Questtonó(クエストーノ)で、「地ビール」案。地元農家が栽培したキャッサバを地ビールの原料とし、そこにお金がきちんと支払われる生産ラインを作ることで農家の収入に貢献するというビジネスモデルを考えた。農家たちはこれまで通りキャッサバを作るが、そのキャッサバの活用方法を新たに別の収益構造をつくるという取り組みだ。

 コロナエキストラやヒューガルデン、バドワイザーなどを扱う世界トップの酒類メーカー、アンハイザー・ブッシュ・インベブのブラジル子会社であるアンベブと協力し、2018年には同ビジネスモデルで生産された最初の地ビールがブラジル北東部のペルナンブーコ州に誕生。
 同州の農家が収穫したキャッサバを同州の工場で加工した正真正銘のこの地ビール、ほのかな麦芽の香りと甘み、そしてドライな後味を持ち、色は透き通った黄金色という素晴らしい仕上がりに。「私たちの」という意味の「Nossa」と名づけられた。



同ビジネスモデルはキャッサバ農家の多いブラジル北東部の他の地域でも実践され、マランハオ州では「Magnífica」、セアラー州では「Legítima」という名の地ビールが誕生した。ラベルも各地域からインスパイアされたデザインで、その場を明るく照らすようなエネルギッシュな色使いが目にたのしい。

 

農家がつくるものはそのまま。「あるもの」で方向転換戦略

 これらの地ビールは生産・製造されている各地域でしか販売されておらず、価格も手頃。利益を出すためにも生産が求められ、新たな生産需要はキャッサバ農家を救うサイクルとなる。

 結果も上々。アンベブ社が発表した数字によると、最初の地ビールNossaは発売からわずか4ヶ月で地域の低価格ビール市場における22.7パーセントのシェアを獲得、その次に発売された「Magnífica」は、同カテゴリーの平均売上総利益より68パーセントも高かった。商品の大ヒットにともなう好調な売り上げと農家の安定した収入。キャッサバ農業を中心にポジティブな旋風が巻きおこった。


マランハオ州で小さな農場を営む男性は、ビールの話になると顔をほころばせながらこう言ったという。「以前は、私と妻と息子と娘だけでキャッサバを作っていました。しかしいまでは需要が増えて、義理の息子や甥、従兄弟も一緒になって作っています。同じような家族は他にもたくさんいますよ」。

「このビジネスモデルはほかの作物であっても、そしてまったく別の市場においても、再現できないわけはない」と、2020年にプロジェクト「The Roots Project(ザ・ルーツ・プロジェクト)」を立ちあげた。ブラジル中部のゴイアス州では新しいキャッサバ地ビール「Esmera」が、ピアウイ州ではカシューナッツを原料とした地ビール「Berrió」が発売されている。

 農作物の活かし方を変えて、新たな収益構造をつくるプロジェクト。開始から一年以上が経ったいま、農家とその家族、原料の輸送に携わる人々など1万人ほどの地元住民がこのプログラムに関わっており、約6,000人以上もの人々に、経済的な変化を起こしているという。これまで栽培してきた作物をそのままに、活かし方の再考で解決の糸口を見出す点には、長い年月をかけて一つの作物に手をかけてきた農家へのリスペクトもうかがえる。
 農村地帯の貧困に深く根を張っていたキャッサバは、飲む人と作る人の“笑顔の原料”に。コンサル会社と大手ビール会社、地元農家がタッグを組んで切りひらいた戦略は、そのビールの喉ごしと同じくらいに(いや、それ以上に)キレている。

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All Images via Questtonó
Text by HEAPS & Iori Inohara
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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