「無意識に、頭のなかにあったんですよね。中華料理なんだから、オーガニックの野菜を使っているわけがないって」。年々高まる、アジア料理文化やフードシーンへの評価。なのに、料理に材料として使われている「野菜」の価値については、見落とされてきた。
そこに、米国ではほとんど皆無の“オーガニックのアジア原産の野菜”を育てはじめた若いアジア系のファーマーたちが出てきている。小さな農場で、アジアの食文化の根幹・アジア野菜の質と味を育ててはじめている。
「アジア系の大型スーパーに、オーガニックのアジア野菜がない」
アジア料理=寿司、あるいは、=安い中華のテイクアウト、から、米国は近年脱却しつつある。フーディーたちは最新のアジアレストランチェックに余念がなく、日常的に食する。韓国風メキシカンフードなど“アジア×〇〇”のフュージョン料理やアジア系セレブリティシェフも続々登場し、アジア料理はすっかり“グルメ”になり、その質と価値は上昇中だ。
そんななか、その質や価値が見過ごされていたものがある。アジア料理に欠かせない、むしろこれがないと料理が成立しない。「アジアの野菜」だ。たとえば中国の野菜、菜心(さいしん)やパクチョイなど。
ここ数年の、生産の透明性を含めた健康食の重要視により、スーパーの野菜や果物コーナーには必ずオーガニックの選択肢があり、“ファーム・トゥ・テーブル(畑から食卓へ)”を合言葉に、栽培者自らが安全で質の高い作物を売るファーマーズマーケットも週末にぎわう。
しかし、そこにケールやトマト、ズッキーニは並ぼうとも、菜心やパクチョイの姿は見えない。米国にてアジアの野菜が手に入るところといえば、アジア系の大型スーパーで、オーガニックのチョイスはほとんど皆無だ。安価だが、質が良いとはいえないものが多い。
「99ランチ(中国系スーパー)やHマート(韓国系スーパー)に行っても、オーガニックの野菜がないんです」。電話口からはかすかに鳥のさえずりが聞こえる。月曜の朝8時、北カリフォルニアの農場から話しているのは、スコット・チャン・フリーマン(25)。中国系アメリカ人のファーマーだ。夏の時期は畑は忙しく、月曜以外は畑に出ずっぱりだという。カイランや菜心、パクチョイ、冬瓜、ステムレタスなどアジア原産の野菜をオーガニック栽培し、ファーマーズマーケットや地元密着の食材店で販売、個人やアジア料理店のシェフに届けている。
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オーガニックファーマーを目指し、大学で農学を専攻。大学院では農業・園芸を学んでいたが、「大学の教育や地域の農業シーンが、西洋農学中心だということに気づいたんです。アジア系ファーマーにスポットライトがあまり当たっていないとも感じました」。中国系と白人の両親のもと「あまり中華料理を作らない家庭」で育った彼は、自身の中国系のルーツを農業を通して探求しようと、質の高いアジア系野菜を育てはじめた。
当然のように、中国の野菜は“安いもの”・“質がよくないもの”
さて、いままでアジア系の大型スーパーに並んでいた野菜は誰がどのように栽培していたのだろう。「カリフォルニアのアジア系農家*が多いですね。メキシコや中南米からの輸入物もあります。ただし、オーガニックではありませんが」。
*米国のなかでも特に天候や大地に恵まれたカリフォルニア州は農業が盛んな州。また他州と比べて、アジア系農家が多いという。カリフォルニアとアジア系農家の歴史は、いまにはじまったことではない。19世紀の大陸横断鉄道建設のために米国に渡ってきた中国系移民が持ち前の農業の腕を鳴らしてからというものの、20世紀初頭には日系移民が農業に着手。その後も、東南アジアや東アジア、南アジアからの移民たちによって農業は栄えた。
もちろん「アジア野菜をオーガニック栽培して個人販売する小さな家族経営のアジア系農家もいます。ただ、オーガニック認証(有機認証)のプロセスを踏む農家は少ない」。オーガニックで栽培した農作物を「オーガニック」表示ありで販売するために必要な認証。この申請は骨の折れる作業らしい。
「まず、高い費用がかかります。それに膨大な書類事務をしなければならない。農場でほとんどの時間を過ごす農家にとって、オフィスで仕事をする時間を作るのは難しい。それに、最近米国に移住してきた移民の農家も多く、彼らには言語の壁があります」。このような要因があいまって、オーガニック認証をきちんと受けたアジア野菜は市場に出回らない。さらに、これまでオーガニックにこだわるアジア系農家が少なかった理由として、移民特有のメンタリティも関係している。「祖父母世代が移民としてやって来た頃は、サバイバルです。どれだけお金を節約し、どれだけ物を安く手に入れられるかを重要視していました」。
(左上から時計回りに)春玉ねぎ、アカミズナ、グリーン・ロバ(マレーシア)、トスカーナケール、チンゲン菜(中国)、レタス、コリアンダー、カイラン(中国)、ワワチョイ(中国)、はくれいカブ
(左上から時計回りに)はくれいカブ、チャイニーズカリフラワー、ふだん草、チンゲン菜、ピンク・チャイニーズ・セロリ、ミルク・チョイ、ボク・チョイ、 タン・ホー(中国)、コリアンダー、春玉ねぎ、ズッキーニ。
そんなこんなで、アジアの野菜や食につきまとうのは「質がそんなに良くないのは仕方がない。安くあるべき。だってアジアのものだから」という一種の諦め、妥協だ。
「『飲茶は、数ドル以下であるべき』だったり、ちょっと高めの中華料理屋では『この価格帯は“中華料理店らしくない”ね』だったり。イタリアの野菜には惜しみなくお金を出すのに、中国の野菜は安くあるべきだと。(アジア系の)農作物や食全体の格が下がっています。大学で農業を勉強してオーガニックファーマーを目指していた僕でさえ、中国系スーパーで買う中国野菜を、“こんなもんでしょ”と思っていました」
カイラン(中国野菜)=土臭い、は間違っていた
スコットの農場には名前がついている。「少山(シャオシャン)」。意味は、若き山。スコット自身の祖母が命名した彼の中国名だ。約2.2万平方メートルの小さな農場に、フルタイムの従業員はスコットとあともう一人。パートタイムの従業員あと一人の三人体制だ。「昨年は、栽培に配達、販売、すべて一人でやりました」。
栽培しているのは、カイランに菜心、パクチョイ、チャイニーズカリフラワー、台湾キャベツ、ミズナ、中国・韓国・日本のきゅうり、シソなど。今年は40種ほどの異なる野菜を育てている。「あとは、中国四川省の唐辛子を育てる予定です。四川省にいる友人の友人から種をもらいました」。野菜の種のほとんどは、日系の老舗の種ショップから仕入れたり、地元のアジア系農家の知り合いと「種の交換っこ」で手に入れたり。
育てる野菜の種類の決め手は2つ。1つめは「ここ(北カリフォルニア)の大地でよく育つものです。海に近いから涼しくて霧深い気候でよく育つ、カイランや菜心、パクチョイは最適です」。2つめは「コミュニティが求めるもの。苦瓜など、そのアジアの国の食文化にとって重要な野菜です」。
コミュニティのなかでも人気な野菜は、カイラン。「チャイニーズブロッコリー」とも呼ばれる緑黄色野菜で、野菜炒めにするとおいしい。スコットはその昔、カイランがあまり好きじゃなかったという。「土臭いし、スジもたくさんあって、かたい。木の棒を食べている感じがして」。
いま自身で育てるカイランは「まったく別の味です。生でそのまま食べられるほどやわらかい。僕も僕のお客さんたちも、いままでカイランは“土臭いもの”だと思っていましたから。それに僕のカイランは、とても鮮やかな緑色をしています」。菜心や豆苗(ドウミャオ、中華料理の常連であるエンドウの若菜)も、市場に出回っている大量生産のものより土臭くないし、やわらかい。
これらの野菜を新鮮に収穫するにはテクニックがある。たとえばカイランの収穫は1回。1回刈り、再び生えてきた部分は土臭いため収穫はしない。豆苗も、1つ1つ丁寧に手摘みをする。スローで丁寧な収穫に引き換え、出荷はスピーディーだ。収穫から24時間以内には、マーケットに並ぶ。これまでの大量生産の野菜だと1週間かかることもあった。
手塩にかけてゆっくり育て収穫した野菜たちは、ファーマーズマーケットでも毎回売り切れだ。お客からは「スーパーやチャイナタウンで売っているカイランを買う気がせず、10年も食べていなかった。食べるのがたのしみ」という声もある。
価格帯は、市場に出回るものより高い。たとえば、通常1束1.5ドル(約160円)のものが、シャオシャンのものだと4ドル(約430円)。「『高い!』という人もいます。でも、価格が低い=農家や流通に関わる人たちに還元していないことになる。高い=土地と労働力を搾取していない証拠なんです。オーガニックのいいアジア野菜をみんなに届けたいと思いつつ、小さな農家がきちんとサポートされるようなシステムも確保したい」
アジア系ファーマー×シェフで、食からアジア文化をオーガニック栽培
ニューヨークでラーメンブームを巻き起こしたレストランチェーン「モモフク」のオーナーシェフで韓国系のデヴィッド・チャンに、コリアン×メキシカンのフードトラック「コギ」で大成功した韓国系のロイ・チョイ、台湾の割包(中華バーガー)の店「バオハウス」のオーナーでありながら、テレビや映画にも出演するマルチタレントの台湾系のエディー・ファン。彼らはセレブリティシェフと呼ばれる有名シェフだが、近年、ローカルレベルでも若い世代のアジア系アメリカ人シェフが爆発的に増えている。
「アジア系移民の子どもたち(2、3世)は、ファーマーズマーケットや健康志向のスーパーに行き慣れた世代。食そのものに対して価値を見出し、食のクオリティを重視しています」。スコットの作る質の高いアジア野菜は、これらシェフコミュニティからの需要が最近増えたという。「彼らが、アジア系アメリカ人の食の価値観を変えてくれたともいえます」。シャオシャンの初期の顧客の一人も、地元サンフランシスコのセレブシェフだった。シェフと交流を深めるのは大事で、「自ら野菜の配達に赴き、シェフたちの仕事について見たり聞いたり、僕の野菜のフィードバックを直接もらっています」。インフルエンサーでもあるシェフたちは、自身のソーシャルメディアでシャオシャンの野菜について紹介したり、メニューにファームの情報を載せてくれたり。アジア系農家とアジア系シェフの協力体制がある。
質の良いアジア系野菜を育てる若きアジア系ファーマーは、スコットだけではない。韓国系野菜を中心に育てるクリスティン・リーチや、ベトナム系アメリカ人ファーマーのマイ・グエン。スコットの周りにもアジア系アメリカ人ファーマーのネットワークができてきているという。「できるかどうかだけでいえば、もちろん、白人だってアジア系野菜を栽培できます。でも、その野菜やアジアの食文化、コミュニティへの理解や繋がりはまた別の話」。
「食は、アートやビジネス同様、文化の代弁者です」。そして、食文化の価値を高めるには、食を構成する野菜そのものの価値を高める必要がある。アジアにルーツのある者たちが育てる野菜が、アジア文化をオーガニックに育てる根っこになるということだ。
Interview with Scott Chang-Fleeman
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Eyecatch images via Shao Shan Farm
Eyecatch graphic by Midori Hongo
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine