子どもを持つことではなく仕事に打ち込むことを選んだ。好きになった人が同性だった。
人とは違っても、自分らしく生きていくことを選ぶ。子どもを持たない、というのもその選択の一つだ。80・90年代に青年期を過ごし、自分の生き方を考え選んできた人たちがいま、高齢期を迎えている。
「子どもを持たない選択をした人たちには、人と違った、自分の人生を歩みたいと思っている人たちが多いです。たとえば、仕事に生きたい、とか」
「30年前は、同性結婚、ましてや子どもを持つということは非常に難しかったことでしょう」
「私のまわりにいる子どものいない高齢者の多くは、友だちに囲まれていたり、自分の趣味に没頭したりと充実している生活を送っています。必ずしも『子どもがいない=孤独』というわけではない。でも問題はね、その友だちも自分を置いて亡くなってしまったとき。家族のいない高齢者は、本当に孤独になってしまう」
自分の選択から地続きにある高齢期に、向かい合わなくてはならないこと、直面する課題。それをいま、同じ境遇にいる高齢者同士で支え合うコミュニティがある。生活そのもののサポートであり、それはまた、自分らしく生きてきたことを否定せずに生活を続けていくための活動でもある。
自分らしく生きる選択と、子どもをもたない人生
「子どもを持たない高齢者には、タブレットの使い方を教えてくれる人も、病院に連れて行ってくれる人もいません。私たちは(子どもを持つ高齢者と持たない高齢者の)ギャップを埋めるサポートをします」
イングランド北部ノース・ヨークシャー州の都市ヨーク。そこに、“AWOC(エイウォーク)”の愛称で親しまれているグループの支部がある。そのグループとは、子どものいない高齢者が集う「エイジング・ウィズアウト・チルドレン」。直訳するならば「子どもなしで歳を重ねる」。
AWOCは、子どものいない老後を過ごす人々が直面する問題に焦点を当てたグループとして、2015年に創立。同団体の考えに触発されたスー・リスターとそのパートナー、アン・マーレイによってヨーク支部がつくられた。
ここへの参加条件は、二つ。「子どもがいないこと」「50歳以上であること」。この地域に住み、これらの条件に該当する者であれば気軽に団体の仲間になることができる。
16年以降は月に一度、地元のパブで集会をおこなっている。集会では、ご飯を一緒に食べたり、子どものいない高齢者に役立つ情報交換をしたり。
集会の他にも、AWOCのアクティビティはさまざま。スーとアンが運営する“普通の”女性たちが日常や社会のことについてを題材に繰り広げる劇団「ノー・キディング」(No Kidding、No Kid=子どもがいない、とかけているユーモア)や、詩の披露など、創作活動にも力をいれている。
コロナ禍はズームまたは電話で続行中だ。この時期、子どもを持たない老人たちの社会からのお孤立が浮き彫りになった。たとえば、上述のように代わりに買い物に行ってくれる、あるいは病院に連れて行ってくれる、またはタブレットの使い方を教えてくれる人がいない、など。AWOCはここでも正しい情報やサポートが行き届くように努めている。
「子どもを持たない高齢者の多くは自分の存在意義がわからなくなるときがあります。一人っきりで歳を重ねている人に、ぜひ参加してほしい。孤立や孤独に苛まれるよりも、その感情をポエムや歌で表現するのはどうかしら。もし踊りの得意な人がいるのならば、孤独のダンスで表現するなんてのも素敵」と、とにかく明るい。
子どものいない高齢者が、互いに寄りあい同士で励ましあいながら、立ちはだかる壁をみんなで乗り越える。「自分らしく生きたい」と選んできた過去から地続きのいま、自己肯定を保ちながら生きていくということ。AWOCのその活動と考えを聞きたく、運営者のひとり、ジェニー・コリソンさんに話を聞いた。
月に一度の集会の様子。この日はヨークのAWOC(エイウォーク)メンバーの一部が参加し、みんなでピクニック。
赤いジャケットの女性が今回取材を受けてくれたジェニー・コリソンさん。
HEAPS(以下、H):英国では、子どもがいない65歳以上の高齢者が現在500万人いるとのこと(NCF、2020年)。これら高齢者への支援は、AWOCの活動以前からありました?
Jenny Collieson(以下、J):英国にも老人のための医療制度などは存在します。でも、現実的には在宅医療を受けるのにも成人した娘や息子など若い世代の手がないと難しいんです。
大病を患っている場合などは、きっと国が全面的にサポートしてくれるでしょう。でも、ただ独り身で高齢であるだけでは、なにか日常生活で不便なことがあっても、(体の調子が少し悪いから)病院に行きたくても、世話をしてくれる人がいない。手助けが必要でも「成人した子どもに助けてもらってください」と片付けられてしまいがちなんです。
H:病気でなくても、やはり歳を取ると体がうまく使えない、素早く動けない、耳が遠くなる、目が悪くなるなど、さまざまな理由で日常生活で困ることが多々あるはずです。
AWOCに参加する高齢者の方たちは、さまざまな理由から子どもを持たないという選択をしてきた人たちがいますよね。
J:理由はみなそれぞれです。子どもを持たずに自分の人生を歩みたかった、仕事を選んだ、など。それから、パートナーが子どもを望まなかった、不妊を抱えている、虐待などを親から受けていた過去を持っているという理由の方もいます。現代、子どもを持たないという選択をする人々は増えてきていますね。
それから、子どもが自分よりも先に亡くなってしまった、子どもが持病や障害を持っているなど、子どもがいる(いた)けれど、さまざまな事情がある人もいます。
H:選択をした、その選択をせざるを得なかった、さまざまな理由がある。
J:自分で選択をしたとき、みなその当時は子どもを持たないという選択が問題ないと思っていた。でも、年老いると、問題になってくる。
H:またLGBTQの人たちにとっては、いまのように“子どもを持つ”という選択肢はあまりなかったのかと思います。
J:いまでは、若い世代のLGBTQたちが子どもを持つというのは珍しくありません。昔に比べ自由になったと思います。しかし、30年前は同性結婚、ましてや子どもを持つということは非常に難しかったことでしょう。当時は「ゲイであることは不名誉である」と認識されていましたし。だから、60歳以上のLGBTQには、子どもを持たないという選択をしている人が多い。
60代以上のゲイカップルのなかには、同性結婚をしているのに子どもがいるケースもありますよ。異性と結婚した後に自分がゲイだと気付き、その異性とは離婚したがその異性とあいだに子どもがいる、という場合ですね。イングランドのいくつかの州では、現在同性結婚が認められています。時代は大きく変わりました。これからは子どもを持つLGBTQの人々が増えるでしょうね。
H:ジェニーさん自身は、子どもがいないことで、いま困っていることはありますか。
J:ないですね。私の場合は、子どもなしで生きるというチョイスをしました。これについて不満に思うことも、後悔もしていません。
子どもを持たないと選択した人の多くは「人と違った、自分の人生を歩みたい」と思っている人たちが多い。たとえば、仕事に生きたい、ただたんに子どものいない人生を送りたい、など。私の周りにいる子どものいない高齢者の多くは、とても充実した生活を送っているように見えます。多くの友だちに囲まれていたり、自分の趣味に没頭したり。友だちと仲良くしているだけで十分、という人もいる。だから、必ずしも「子どもがいない=孤独」というわけではない。でも問題はね、その友だちも自分を置いて亡くなってしまったとき。家族のいない高齢者は本当に孤独になってしまう。
H:そんなときにAWOCのようなグループがあれば、誰かとの交流は常にある。これまでの生き方も、いまの生活も、ともに肯定するようなスタンスです。
J:自分と同じ立場にいる人と一緒にいるということは、AWOCのメンバーにとってとても大事です。時には子どもを持たないという選択をしたことを誰かに批判されたり、不利な立場にいると思うこともあるでしょう。その経験についても、思い切って愚痴っちゃってもいい場なんです。
AWOC(エイウォーク)ヨーク州支部の共同運営者のスー・リスター(左)とアン・マーレイ(右)。
H:AWOCには、現在、何歳から何歳までのメンバーが所属しているんですか。
J:50歳以上は加入できます。まあ50歳なんて、“老人”っていうには若すぎるけれども(笑)。最年長は、80代かしら。
H:運営側も高齢者というところがユニークです。
J:同じ境遇にいるもの同士が支えあう、“ピア・サポート”ですね。子どもがいない高齢者が抱える課題がなんなのか、そして、それらの問題を解決するにはどのようなアクションや情報提供が必要なのかについて話し合います。
H:実際の集会ではなにを?
J:毎回ゲストスピーカーを招き、ためになる生活の情報や、役に立つサービスなどについて話してもらいます。その後、レストランなどで、みんなでご飯を仲良く食べるんです。昼時のランチのときもあるし、午後遅めのランチのときも、夕方に近所のパブで会うこともあります。
H:パブというのが、英国らしくていい。みんな仲良しなんでしょうね。毎回みんな集まりますか。
J:いつも来る人もいれば、ふらっと来て帰る人、ときどき来る人もいると、まちまちです。私自身、他にやることもたくさんあるので毎回は行きません。いつも行かなきゃいけない、と思うわけでもないし。このグループの目的は、「子どものいない高齢者たちが参加できる場所を彼らの地元に用意すること」です。
AWOC(エイウォーク)創立者のスーが運営する演劇グループ「ノーキディング」。子どもがいない老人についてのパフォーマンスをおこなう。
H:地域の集会を積極的に催していて参加できる場所を見つけられるところもありそうですが、「子どものいない高齢者が集まれる」ことが、やっぱり大切だったりするんでしょうか?
J:そうですね。子どものいる高齢者の多くは、子ども、特に、孫の話をする確率が非常に高い(笑)。孫ができるというのはおじいちゃん、おばあちゃんにとって一大イベントなのはわかるけれど、たまにどうしても会話についていけなくなっちゃて疎外された気分になっちゃたりするものです。
先程も話したように、子どもがいない高齢者にはいろんな理由があります。子どもを持たない人のなかには、欲しかったけれども持てなかったという人も多いですから。人によってはいまも、苦い思い出になっているかもしれない。
「チャイルドレス(childless)」と「チャイルドフリー(childfree)*」、この二つの言葉は似ているようで違うのがわかりますか?
H:チャイルドレスは、少ない、乏しいという意味のless(レス)から何かが欠けているというイメージがある。チャイルドフリーの方が肯定的に聞こえます。
J:私たちの空間は「ノー・ジャッジメント」なんです。子どもを持たないという選択をしたことを責める人は誰もいない。大事なのは、子どもを持たない高齢者のために、安全なスペースをつくること。もちろん、自分と違うような境遇の人(子どものいる人)と話すのもいいけど、彼らには話せないようなトピックも自分と同じような境遇の人になら話せる場合もあるでしょう?
*子どもを持たない人生の方が豊かであり、子どもをつくるつもりがないという考え。
H:同じような境遇だからこそ互いを理解しやすいというのはありますね。コロナ禍では、子どもがいない老人ができるだけ必要な情報、サポートを受けられるように、週に一度、ズームか電話での集会をおこっているそうですね(毎月恒例の集会は延期)。
J:スマホを持っていないというメンバーも多いんです。だから、スーとパートナーのアンが毎週メンバーに電話して、体調を崩していないか、食料調達はちゃんとできているのか、精神的に病んでしまっていないかなどを確認しています。
「パンデミック期間、近所の高齢者たちは息子や娘に食べ物を家まで配達してもらったりしているみたいなんだ。私もどうにかしなければ」という意見も聞きました。
H:そういう話を聞いたら、不安になってしまいますよね。
J:いまのような状況では、さすがに孤独を感じているはずです。家族がいない彼らには元気にしているかどうかを気にかけてくれる人さえいないこともある。とても辛いと思います。政府からの支援も受け取り方がわからず、受け取ることができなかったりもするでしょう。英国では「70才以上の人々は極力外出を控え、自粛生活するように」とのアナウンスがありました。外出をしたり、友人とおしゃべりするのが好きという高齢者には、本当に悲惨なこと。
H:またコロナ禍で、メディアは家族を持つ高齢者のストーリーを大きく取り上げているのをよく見ます。「孫が老人ホームの窓越しに会いにきてくれた」「娘や息子、孫とビデオ電話越しに会話した」など。
J:メディアはこぞって「離れ離れになってしまった家族」について報道しますよね。もちろんそれも深刻な問題です。でも、「家族がいない高齢者がたくさんいる」ということを見落としているとも感じました。
H:子どもを持たない高齢者へ向けられる目がとても少ないのがわかります。
J:きっと向こう10年で、子どもを持たない高齢者の数はさらに増えるでしょう。家族のいない80代、90代とともにどう生きていくべきなのか。これは社会が抱えるとても深刻な問題です。日本も高齢者の数が圧倒的に多く、長寿の国だと聞きました。高齢者人口は英国よりもずっと多いそうで。
H:はい、私の実家の周りも大半が高齢者でした。高齢化が進む社会で、若い世代にはどのような対応をしてほしいなど、意見はありますか?
J:英国では世代間を超えた交流が盛んにおこなわれています。若い世代と高齢者の繋がりを促進する慈善活動団体やボランティア団体が存在する。学生が高齢者へインターネットの使い方を教えたりしているようです。子どもを持たない高齢者の多くは仕事を辞めたと同時に、若い世代との関わりがほとんどなくなってしまうから、とてもいい機会ですよね。若い人も経験豊富な高齢者たちから、なにか吸収できるかもしれない。子どもを持つかどうか迷っている20代、30代は彼らに聞いてみるのもいいかもしれません。
H:長いライフタイムを経たからこそのアドバイスがもらえそうですね。
Interview with Jenny Collieson(AWOC York)
Eyecatch Illustration: Kana Motojima
All images via AWOC York
Text by Ayano Mori
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine