野生生物学者ウェス・ラーソンの活動報告書が開示されている場所、それは学術誌や大学の論文ではなく、フォロワーが12万6,000人いるインスタグラムだ。
海洋プラスチックごみでケガをするウミガメに、気候変動によって生存が危ぶまれるホッキョクグマ。これら動物の写真を、置かれた状況を教えるキャプションをつけて投稿する。今日の生物学者が、現代のツールとインフルエンスを使って伝えているのは、人間が引き起こす“現代の問題”に左右される野生動物たちのこと。
学者のユーザー名は「grizkid(グリズリーベア・キッド)」
数年前、プラスチックストローが鼻に刺さったウミガメの動画がネット上で拡散された。また、昨年には、ソーシャルメディア上で広がるカワウソの違法売買が問題に。新型コロナウイルスに似たウイルスを保持している可能性を指摘された、アリクイのような不思議な見た目のセンザンコウも密猟が原因で個体数が激減している。いま人間の世界はパンデミックに暴動と荒れに荒れているが、野生動物の世界は、現代人の身勝手な行動が原因で、長らく脅かされてきた。
そんな野生動物の存在や状況、そして保護活動についてを、「専門家だけでなく一般の人々にも知ってもらう」ため、インスタグラムや人気動画チャンネルで紹介するのが、“新種の生物学者”、ウェス・ラーソン(36)。「ビックスカイカントリー」とも呼ばれる広大な自然がある米モンタナ州出身、クマの専門家でもある。
インスタグラムの投稿のみならず、若者世代をターゲットにした人気動画配信サイト「Great Big Story(グレイト・ビッグ・ストーリー)」のシリーズ番組で、番組ホストを担当。野生動物がいる世界を旅し、バハマでのウミガメや南アフリカでのセンザンコウの保護、絶滅の恐れがあるアフリカン・ワイルドドッグの繁殖活動を取材した。さらに動物のイラストが描かれた靴下を販売するスタートアップも立ち上げ、売上金を野生動物保護団体へ寄付している。
インスタグラム・動画サイト・スタートアップという3つの現代の方法で、現代の問題に苛まれる野生動物たちを守る彼に取材をリクエストすると「ぜひ。でも、プロジェクトで3週間ほどインドに行くから、帰ってきたらまた連絡するね」。約束どおり、新種の若き生物学者はフェイスタイムの画面に出没した。
生物学者のウェス・ラーソン。
HEAPS(以下、H):インドへのプロジェクトの旅、いかがでしたか。かわいいクマの写真とともに、大道芸に利用されるクマを保護する団体について紹介するインスタ投稿を見ました。
Wesley(以下、W):よかったよ。それにコロナの事態が深刻になる前に行くことができて、本当によかった。
H:世界を飛び回り、その土地に生きる動物が抱える問題を世に広めています。動画番組でも取り上げたウミガメやセンザンコウ、アフリカン・ワイルドドックの状況について、もう少し教えてください。
W:僕たちが追っていたウミガメは、正確にはアオウミガメといって絶滅危惧種に指定されている。個体数の減少には、住処であるサンゴ礁の破壊や食用としての捕獲も大きく関わっている。 だけど最近の大きな原因は、海洋プラスチックごみ問題。クラゲだと勘違いし飲み込んで死んでしまうんだ。
センザンコウは、不運なことに、世界でも最も多く違法取引される哺乳類。 中国やベトナムなど東アジア、東南アジアでは、珍味として肉が食用に、甲羅が伝統薬になるため、闇取引で高額売買されているんだ。いま、密猟の地が中国からアフリカへと移っている。
アフリカン・ワイルドドッグは、家畜を襲う習性があることから人間に射殺され続け、個体数が減っている。もちろん射殺は違法行為だけど、田舎の方では射殺しても誰にも知られないから。
アオウミガメ。
センザンコウ。
アフリカン・ワイルドドッグ。
H:他に、ウェスが目撃してきた、近年絶滅が危ぶまれる動物はいますか。
W: 密猟被害にあっているサイやトラ、気候変動の悪影響をうけるホッキョクグマ。ほとんどの動物の種は、人間からなんらかの悪影響を受けているといえる。コヨーテやアメリカグマなど人間のいる環境に適合できる動物もいるけど、それは一部だけ。
H:クマといったら、ウェスの専門分野です。小さい頃からクマが大好きだったそうで。クマの生物学者でありながら、ソーシャルメディアや動画メディアを通したいまの啓蒙活動をはじめました。現代のツールを使って野生動物の保護について発信しようとしたきっかけは?
W:生物学の道にはいろいろな方向性がある。多いのは、政府や州の動物保護局で働くというケース。 僕の専門はクマで、特に絶滅が心配され助けが必要なホッキョクグマに力を入れていたから、自然と野生動物保護の活動をしたいと思った。クマについてインスタに投稿していたら、フォロワー数が徐々に増えていって。
H:いまではウェスのアカウントは、生物学者ではない人たちに野生動物保護について興味を持ってもらうツール、そして保護活動家たちの活動を紹介する場になっている。ここまでフォロワーを増やし多くの人に投稿を見てもらえるようになったきっかけはあるのでしょうか。
W:最初は、みんなと同じように友だちと写真を共有するためにインスタをダウンロードして、さっき話したようにクマのプロジェクトについて投稿していた。ある時、ナショナルジオグラフィックの写真家が、ぼくとクマの写真をナショジオのインスタグラムにあげたんだ。 クマの巣穴に潜った僕と、その側にいたクマの写真をね。それを機に、かなりフォロワーが増えたよ。
H:フォロワーは、野生動物について新しい知識を得て、またそれをまわりに広げるかもしれない人たち。フォロワーたちが増え続けているのは、自然に?
W:特に秘訣があるわけではない。 いい写真を撮って、興味を引く話を載せるだけ。みんな、野生動物保護活動家がいることは知っていても、彼らが実際にどんなことをしているのかってわからないでしょう。 野生動物保護活動家のフィールドワークがどんなものなのかをすべて共有しようと思った。あまり退屈な作業は見せないようにして。
H:退屈な作業って?
W:野生生物学者の仕事の2割は、野外に出て実際に動物と触れ合うこと。残りの8割は、研究室にて、書類や論文を書いたり、データを処理したり、資金繰りをしたり、とオフィスワークなんだよね。
H:インスタには、野生動物が瀕している問題(「ホッキョクグマと気候変動」)やメッセージ(「野生のゾウに乗るのは拒否しよう」)を投稿しています。“伝わりやすさ”など、工夫していることはありますか?
W: キャプション部分に、いくつもの段落にわかれた長い文章は書かないようにしている。ほとんどのインスタユーザーたちは、長いキャプションは読まない。要点だけをさっと見て、もしもっと興味があれば関連リンクに飛ぶ。みんな、自分たちの生活でいっぱいいっぱいで、長文を読むのは大変だと思う。 それから、あまり感情を刺激しすぎるような内容や写真は載せないようにしているんだ。ショッキングではなくインスパイアリングに。でも時々は、少しシリアスなものも載せる。あとは、その投稿に関連する団体や学者たちの情報リンクを必ず入れる。
H:やつれた表情のホッキョクグマのショットは心がチクリと痛みます。でも、純粋にかわいい動物の写真も載せている。動物たち、すごくいい表情です。特にこの子グマたち(赤面)。誰が撮影しているんですか。
W:僕が全部撮っているよ。僕が写っているものは、その場にいる誰かに撮ってもらう。 コツは、とにかく多くの枚数を撮ること。1枚くらいはいい表情のあるからさ。
H:動物たちの写真やビデオを撮る際、気をつけなければいけないことは?
W: 彼らに不要なストレスをあたえないように心がけること。望遠レンズを使って、あまり近づかなくても撮影できるようにしたり。敬意の気持ちを常にもちながら接することだね。
H:インスタグラムのストーリーもたのしい。「このクマ、ブラックベア(アメリカグマ)とグリズリーベア(ハイイログマ)どっちだ?」クイズ、なかなか難しかったです。
W:DMで1つ1つ開封してそれぞれに返信するのは大変だけど、ストーリーのクイズや投票はあまり時間をかけずにフォロワーと交流することができる。
H:ウェスの活動のプラットフォームはインスタだけでなく、動画もです。人気動画サイト「グレイト・ビッグ・ストーリー」のシリーズ「Mission Wild(ミッション・ワイルド)」では、番組ホストととして、野生動物保護活動をおこなう人々の元を訪ね、彼らの仕事と動物たちの現状をレポート。
南アフリカへは、絶滅危惧種のアフリカン・ワイルドドッグの繁殖に努める生物学者や、センザンコウの保全や密猟者の捕獲をおこなう団体を、バハマへは、アオウミガメが直面する海洋ゴミ問題を解決しようと取り組む海洋学者に会いに行った。
W:グレイト・ビッグ・ストーリーは、僕のインスタを見つけてアプローチしてきたんだ。このプロジェクトに関わったことで、さまざまな生物学者と繋がることができた。自分自身にとってもいい経験をしただけではなく、みんなにその動物について、そして生物学者がどんな取り組みをしているのか知ってもらうことができる。
H:これまでも、ディスカバリーチャンネルやネイチャー系のテレビなど、野生動物や生物学者をフィーチャーする番組はありました。が、ミッション・ワイルドは、撮り方や見せ方がもっと親しみやすい、自然のことにあまり知識がない人でも入りやすい番組に仕上がっています。学術的じゃないというか、もっとカジュアルな雰囲気というか。実際にアフリカン・ワイルドドッグの繁殖活動を手伝う回は、見応えありました(寝ているオスとメスの体を擦り合わせ臭いを残し、交尾を促す)。
W:くだけた感じの会話や視聴者が消化しやすい雰囲気を心がけた。 この動画、1本7分から8分なので、科学的な核心を突きつめるような時間はない。視聴者をたのしませる要素を入れつつ、役に立つ情報も盛り込み、インスピレーションをあたえるなにかも忘れない。
※閲覧注意:カメの出血シーンが含まれます。
アオウミガメの保全をする生物学者を訪問。
アフリカン・ワイルドドッグの繁殖を手伝いに、アフリカへ。
H:これまで番組の取材をしてみて、一番印象深かったエピソードを教えてください。
W:一つに絞るのは難しいな…。センザンコウとアフリカン・ワイルドドッグはたのしかった。アフリカに行ったことがなかったし、よく耳にしたけど実際に見たことがなかったこれら動物を見ることができたから。毎晩遅くまで夜更かしして…。あとアオウミガメを捕まえるために海に潜ったのもいい思い出。
H:番組で次にフィーチャーする動物は決まっているんですか?
W:トラの保護についてやってみたいと話しているところ。サメについてもやりたい。ただコロナの影響で頓挫しているけど。
H:インスタ、動画チャンネルときて、あともう一つの活動が、靴下のスタートアップ。ホッキョクグマやイッカク、ナマケモノなど、野生動物のイラストのかわいい靴下をオンライン販売しています。売上金は、野生動物保護団体へと寄付されるシステム。
W:数人の友だちとやっているんだ。まだまだ初期段階の小さなビジネスだけど、クリスマスの時期にはけっこう売れるよ。 商品にはカードがついてきて、そこには(靴下にある絵柄の)動物についてと、寄付金がどのように動物保護に使われるのかが書いてある。
H:アナログな伝達方法ですね。従来、生物学者の活動といえば、論文の発表などが思い浮かびます。一方、ウェスはインスタや動画、スタートアップと現代のやり方を駆使する。“新種の生物学者”とよばれる所以かと思います。
W:典型的な生物学者がおこなっていることといったら、研究結果を科学論文で発表したり、出版したり。 そしてこれらの論文を読むのは、たいてい他の科学者たち。情報が、とても小さな輪のなかで共有されているだけなんだ。僕のキャリアはユニークで、もちろん研究もしているけど、ソーシャルメディアなどを通して一般の人々にアウトリーチもしている。 ソーシャルメディアは、科学者だけの小さな輪を壊して、みんなを巻き込むことができる。とても効果的なツールだと思う。
H:ウェスのインスタのように、ソーシャルメディアは野生動物たちの保全に繋がるプラットフォームになる一方で、密売などの温床になることもあります。たとえば、日本でペットブームとなったカワウソ。供給国のタイから密輸され、ソーシャルメディア上での密売が相次いでいたそうです。ソーシャルメディアというみんながアクセスできるツールだからこそ、その取り扱いには注意を払わなければならない。
W:確かにソーシャルメディアは、諸刃の剣であるかもしれない。悪いことが起きる原因になる得る。でも、僕はインスタを取り入れた生物学者のアーリーアダプターとして、きちんと人々に野生動物について教育できていると思う。
H:悪用するものが出回るからこそ、ソーシャルメディアで正しい情報や理解に繋がることを伝える活動は必要ですね。
W:僕以外にもこういう人はいて。たとえば自然保護写真家のポール・ニックレン(フォロワー65万人)とか。
H:自然や動物たちのとてもうつくしい写真ですね…。他に、ウェスがフォローしている活動家たちのインスタは?
W:野生生物専門の映像作家や、実際に一緒に仕事をした保護活動家などなど。
H:インスタを通した活動もそうですが、多くの団体や保護センター、学者などが野生動物の保全に取り組んでいます。いい方向に向かっていることもあるのでしょうか。
W:前進した取り組みもたくさんある。たとえば中国のジャイアントパンダは、集中的な繁殖プログラムによって個体数を増やすことに成功したし。米国のシンボルでもあるハクトウワシは、農薬中毒で絶滅寸前まで追いやられたけど、「米国の種の保存法*」によって個体数は回復した。 いま野生動物にとっての一番の脅威が、気候変動だと思う。ホッキョクグマなどは顕著で、彼らの住処が気候変動によって破壊されている。人類が一致団結して、この脅威から野生動物を保護することを目指さなければいけない。
*絶滅のおそれのある種およびその依存する生態系の保全を目的として、1973年にアメリカで制定された法律。
H:生物学者として、どのようなツールを通しても「多くの人に知ってもらうこと」は、これまで動物たちが抱えてきた問題の改善に、どのように繋がると思いますか。
W:現に、ウミガメの鼻にストローが刺さったビデオはバイラルになって何万人もの人が見て、それが実際にプラスチックストローの生産をストップさせることにも繋がった。海洋のプラスチックごみの削減やクリーンエネルギーなど、人々は自分たちが気にかけていることを訴えて伝えたら、大きな企業だって動いてくれるかもしれない。 ソーシャルメディアは、人々をこれらの問題に気づかせる力があるし、(保全に関する)規制や法の決定権を握る政治家へと投票することを促す力もある。大きな社会の変化は、ソーシャルメディアやインターネットから発生することが多いと思うよ。
Interview with Wesley Larson
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All images via Wesley Larson
Eyecatch Image Graphic by Midori Hongo
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine