ご存知だろうか、「1ヶ月1万円生活」ならぬ「1年間スマホ無し生活」という、時代に逆らうなんとも無謀なチャレンジ企画が米国にあることを。フリーランス物書き(30)が、ニューヨークにて地味に挑戦中だ。賞金1,000万円をかけて。
考えてみてほしい。フリーランサーがスマホを使えないということは、クライアントとのミーティングに向かう途中で道に迷っても、グーグルマップが開けないということ。打ち合わせが長引いた深夜でも、ウーバーで帰れないということ。自分の作品を告知したくても、逐一SNSに投稿できないということだ。「今日は〇〇さんとミーティング」なんてリアルタイムのストーリー報告も無理。スマホを手放したスマホ世代フリーランスの働き方って、一体どんなもんなんだ?
フリーランス物書き女子(30)「1年間スマホ無し生活」に挑む。
米国にて「スマホを1年間使わずに過ごせたら賞金10万ドル(約1,000万円)」という、とんでもないチャレンジ企画「スクロールフリー」が発表されのは昨年末のこと。企画したのは「単調な日常を打開しよう」をブランドコンセプトに持つ、コカコーラ傘下のエナジーブランド社。
ルールは「1年間、スマホ使わないでね」。ただし、「代わりにガラケー貸してあげるから、緊急時はそれ使ってね。あと、パソコンからのSNS投稿ならオッケー」というもの。
現代の若者の生活からしたら類を見ない無謀っぷり…と、高額賞金が目を引き、発表以来、各メディアで話題に。おかげで米国内のみの募集だったにも関わらず、海外からの候補者も殺到し、応募総数は10万人を超えた。
今年1月、その狭すぎる門をくぐり抜け見事選ばれたのが、ニューヨークに住むフリーランスのファンタジー小説家、エラナ・マグダン(30)。メディアには「当選を聞いた瞬間、走らせてた車を止めて飛び回って大喜びしちゃった」なんて答えていた彼女だが。デジタルネイティブでスマホ世代。生活、ましてやスマホが命のフリーランスの仕事に影響しないはずがない。すでにスタートしてから1ヶ月半が経過しているエラナのスマホ無し生活を探るべく、マンハッタンのカフェで落ち合う約束を取りつけた。そして当日、待ち合わせ場所にて眉を寄せてガラケーと睨めっこするエラナが立っていた。
HEAPS(以下、H):(あれ、なんか不機嫌?)エラナさん、こっちです。テーブル確保しておきました。
Elana(以下、E):あっ、いまちょうど着いたってメッセージを送信中だったところ。でもなかなか送信されなくて困ってた…。
メッセージの送受信は遅めらしい。
H:(だから眉を寄せていたのか…)早速ですが、フリーランスのエラナさん。お仕事は物書き。ファンタジー小説家だそうで。
E:いかにも。もともとは女優と映画製作をしていたんだけどが軌道に乗らなくて、いまは昔から興味のあった作家活動に精を出してる。
H:おぉ、じゃあいまはフリーランス作家として飯を食う。
E:ううん。作家活動だけじゃ生計を立てられないから、不動産会社で受付のバイトもしてる。時給20ドル(約2,000円)でね。自費で本の発売記念ツアーもするから、費用かさんじゃうし。
H:本も出しているんですね!
初めて本を出版したのは英国、3年前かな。米国ではなかなか出版社が見つからなくて。200社にオファーしたけど全然ダメ。だから自費出版してる。
H:それは費用もかさみますね…。だから、サイド・ハッスルですか、この世代らしい。賞金1,000万円あれば夢も膨らみますね。
E:友だち数人から「あんたなら、これイケちゃうんじゃん?」って記事リンクを送られきたのがキッカケで応募したんだ。1,000万円って大金だもん(笑)。それに、スマホとは「良くない関係」が続いてたから、いい機会だなってのもあって。
H:良くない関係、というのは?
E:みんなもそうだと思うけど、スマホ依存がひどかった。どこに行くにも絶対一緒で、ポケットの中にないと不安。家族や友だちと一緒にいても、片手には必ずスマホがあって会話はいつもないがしろ。特にパーティーなんかで知らない人たちに囲まれると、得意の人見知りを発揮してスマホに逃げてしまう。良くないなと思いつつも、ずっとスマホとの距離を置けずにいた。
H:激しく同意。自分もインスタ依存症の気がありまして、これはまずいと思ってアプリを削除したこともあるけど、数時間後には再ダウンロードしてた…。わざと家にスマホを置いて外出するも、ないとないでずっとソワソワしてしまう。1年スマホ無し生活だなんて、改めて無謀な挑戦だなと。
E:SNSももちろんそうだし、カレンダーにリマインダー、アラーム。私たちの生活ってスマホに頼りっぱなしだもんね。
H:1年スマホ無し生活だなんて、改めて無謀な挑戦だなと。
E:個人的に一番辛かったのは、3年半毎日6時間熱中してたゲーム「ウォードラゴンズ」のコミュニティを抜けなければならなかったこと。世界中から15人のメンバーでチームを編成するんだけど、ずっとリーダーを担ってたのね…。辞めるとき、メンバーがオンライン上で送別会を開いてくれて…もう、本当に悲しかった。
H:結構なハードコアなゲーマーだったとお察しします。でも、パソコンの使用はオッケーなんだよね?
E:ウォードラゴンズはスマホでしかできない(ギロッ)。
H:残念(汗)! 現在はスマホの代わりに提供された1992年式のガラケーを使用中。どんな機能が?
E:テキスト(ショートメッセージ)と電話ができるし、電卓もある。カメラ機能もあるっぽいんだけど、しっかりブロックされてて写真は撮れない(笑)。あ、でもフラッシュライトは使える。
カメラが使えないようにしっかりブロックされてる。
H:機能はたったそれだけ…使用頻度、だいぶ減りそう。フリーランスの作家だと、出版社や本屋とのやりとりなどが必須となると思いますが。
E:このガラケーになってから、両親、親戚、親友3人と仕事関係の連絡先しか入れてない。これまではコンタクト先がいっぱいあったから些細なことですぐに連絡したり、くだらない写真を送ったりしてたんだけど、いまでは本当に用事があるときにしか連絡しなくなった。というか、そもそも持ち歩くことが激減した。
H:ガラケーだと、連絡先交換するのも一苦労ですよね。パソコンでのメール送受信とSNSの投稿は許可されている。
E:うん、でもSNSってスマホ用にうまく設計されてると思うんだよね。
H:そもそも機能が違ったりしますよね、PCだと、たとえばストーリーにスタンプだけの反応とか、メッセージが送れないし。気軽なコミュニケーションはしづらいですね。
E:だから、パソコンでもSNSは見れるけどログイン頻度はぐんと減った。最初は自分の知らないところで何が起こってるのか気になってたけど、慣れてしまえば、せわしないSNSライフからデトックスできてる気がする。元々ひとりが好きなタイプだし、SNS使ってないからって取り残されてる感はなかったかな。
H:でも、クリエイティブ業に携わるフリーランスにとって、SNSの存在は仕事の面でも大きいかと。
E:その通り。クリエイティブ業に携わる人は、SNSのフォロワー数や投稿頻度、投稿内容で判断される。私も、ファンからのリアクションが気にならないといったら嘘かな。事実、これまでは1日に6時間から10時間をSNSに費やしてたし。プロモーションに効果的だと思ってたしね。
でも、いまはこのスマホが使えない機会に、“本のコンテンツ内容”にかける時間に比重を置くようになった。ファンを増やすには、フォロワーの数よりも、まずコンテンツ内容だと信じてるから。
H:ふむふむ。
E:それにSNSの使用頻度が減ってゲームを辞めてから、どれだけ日々のタスクを達成できているか。当時は、執筆時間を削ってまで熱中してたもん(苦笑)。
H:来月には2冊目の本が発売されますね。自分の車で出版記念ツアーに出るらしいけど、もちろんスマホがないからナビゲーションアプリもなし。
E:そう。1月に1,000キロ(700マイル)に及ぶツアーをしたんだけど、道中はもちろんずっとオフライン。地図と持ち前の土地勘を頼りに走り切った。初めてだったし不安だったけど、なんとか成功。高速道路の運転は簡単だから、そこまでいってしまえば問題なし。
H:ナビゲーション以外に、ないと困ったアプリってあります?
E:ナビゲーション以外には特にないかな。なんなら逆に、いまのミレニアルズは持ちあわせていないであろう“ライフスキル”を学んていると思う。
H:ライフスキル。
E:テクノロジーに頼りすぎないで、自分で解決する。そうすると、それが自信に繋がるの。次回のツアーのために、知り合いがカーナビをくれるって言ってくれたんだけど、断ったくらいよ。それにスマホだと、電波がなくなったり充電が切れたらそこで終わりじゃない?
H:スマホのみならずカーナビも拒否するとは徹底してますね。では、いままで当たり前に活用してたけど、実はなくても大丈夫じゃん、って機能ある?
E:SNSの通知機能! これまで普通に使ってたけど、毒よ、毒!
H:毒。
E:昔は机に向かって執筆しようと思ったときに通知が届くと、毎回作業を止めてまで確認してた。やっぱり、SNSでプロモーション活動に従事することは、クリエイティブな人間、特にフリーランスにとっては重要だと思っていたからね。でもいま思うのは、「通知が来てすぐにチェックしないからって世界が終わるわけじゃない。家に帰れば確認できる」。ただそれだけ。便利だと思って使っていたけど…えーっと、なんだっけ、言葉が出てこない、なんだったけ…。
H:ググります? スマホ、貸しますよ?
E:NO(笑)!!!! あっ、“プロダクティビティ”! 結果、プロダクティビティ(生産性)が断トツに向上した。
H:なるほど。不便さばかりに目が行きがちだったけど、なんだかスクロールしない生活をたのしんでるようで。さほどフリーランスの仕事にも支障をきたしていないようだし。
E:ガラケー生活にも徐々に慣れてきたし、何より自分のためになってる。
H:そのモチベーションはやはり…。
E:1,000万円! だって将来、執筆だけで生計を立てられる100パーセントの保証なんてないものね。
H:ごもっとも。
E:あとね、いまでは個人的な挑戦の部分も大きいかな。ナビなしで目的地に辿り着く、SNSばかり見るんじゃなくもっと人とじっくり話す、眠れない夜はゲームじゃなく読書する。こうやってこれまでの居心地の良さから一歩抜け出すことで、自分自身の成長にも繋がると思うし。
H:ここだけの話、実はこっそりスマホ使ってたり?
E:それはない。提供されたスマホ用の檻に監禁中だから、使いたくても使えない。でも、スマホ無し生活がどんなものなのかを発信するために、カメラで日常の生活風景を撮って、毎週SNSに投稿してるからチェックしてみて。
スマホは家に監禁中。何があっても取り出せないらしい。
Image via Elana Mugdan
H:スマホで撮ってスマホで投稿に慣れてたら面倒くさそう…。フィルムメーカーのキャリアが、ここにきて活かされている。暇があればスクロールしがちな我々に、一言物申したいことは?
E:このチャレンジ企画を話すと、彼らの反応は2つに別れる。「まじ? 1年も? 無理無理、信じられない」と「私も挑戦したい」。
H:ちなみに私は前者です。
E:スマホって、生活を便利にしてくれる反面、自分を痛めつける武器にもなり得るのよね。だからもしそれを痛感しているのであれば、制限を設けるといい。1年使うなとは言わないけど、夜9時以降はスマホをいじらない、とか。仕事の生産性やメンタルヘルスを改善したいのであれば、必ず役立つはず。SNSに支配されない働き方も悪くない。それが私がこの1ヶ月半で学んだこと。
H:では最後に。1,000万円、もらっちゃいますか?
E:Absolutely(もちろん)!
今日のために念入りにシャンプーしてきたの。
Interview with Elana Mugdan
Photos by Kohei Kawashima
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine