ピンク・イズ・ザ・シット(ピンクは最高)だが「パンクファッションなんてものは無ぇ!」NYCパンク服屋・名物店主を怒らせる

「ファッキン・ドゥー・イット! それがロックンロールだ、それがパンクファッションだ。どんな服だとしても、魂を身にまとってればパンクなんだよ」
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70年代パンクシーンの雄リチャード・ヘルの破れたシャツ。路地裏にたむろするパンクスのボンデージパンツにスパイクのついたベルト。それから数十年後、ショッピングモールのH&Mに並ぶヒョウ柄のドレス、スタッズつきのレザージャケット。みんなの足元にドクターマーチン。
数十年前は“ストリートの異端”だった〈パンクファッション〉は、いまや目抜き通りの店頭に、ファストファッションチェーンのフロアに堂々と鎮座している。

過去のタブーカルチャー・パンクファッションが、みんなのワードローブ(あるいは靴箱)に侵入するまでを探りに、元祖パンクの震源地・ニューヨークで知らない者はいない、“パンクを纏う男”に会いに行った。

20年パンクファッションシーンの顔役、名物パンク服屋店主を訪ねる

 ちょっと前、「オーラがある」という表現が流行った時期がある。軽々しくは使いたくない言葉だが、ただならぬオーラを纏っている男がジミー・ウェッブだ。そして彼が纏っているのはオーラだけではない。パンクのスピリットもだ。

 ニューヨークでロックやファッションに関わる者なら、一度は名を聞いた、見かけた、あるいは会ったことのあるパンクシーンの顔役がジミーだ。パンクセレブリティからの寵愛も激しく、その証拠に「年末にデボラ・ハリー(NYパンクの女王)主催のプライベートパーティーに行って、2週間前にはイギー・ポップ(NYパンクのゴッドファーザー)と電話で『あけましておめでとう』した」。

 ジミーのルーツは、1975年から続くイーストビレッジの老舗パンク服屋「トラッシュ・アンド・ヴォードヴィル(以下、トラッシュ)」。ラモーンズにブロンディ、イギー・ポップなどのパンクアイコンたちの溜まり場で、パンクロッカーたちを着飾った有名店だ。ちなみに、パンクスたちに履き潰されている黄色のステッチがアイコンの英ブーツブランド「ドクターマーチン」を米国で初めて取り扱った店として語り継がれていたりもする。そこでおよそ15年、マネージャー兼バイヤーを務めたのち、2年前に独立。ピンクの蛍光灯が神々しい自分の店「アイ・ニード・モアをオープンさせた。

 30万円のカスタムパンツに3000円のコンバースをあわせてしまうジミーは、ロックシーン以外でも顔が広い。プリンスやレディ・ガガのスタイリストにもスタイリングのアドバイスをした経験をもっていたりする。そんなパンクの服と精神、両方を纏う男ジミーに、メインストリームの文化にも浸透したパンクファッションについて聞いてみたのだが、ある質問が彼の沸点を直撃。その後もところどころ怒りのツボをつつき、取材は黒ひげ危機一発状態と化す。質問はことごとくFUCKで斬られ、答えはことごとくFUCKで埋められ。まず、パンクファッションとくくること自体が野暮だった。そして筆者は、パンクファッションという言葉がトラウマになった。



ジミー・ウェッブ。

HEAPS(以下、H):笑顔がいいですね。

ジミー(以下、J):いつも笑顔なんだよね、俺。みんなさ、みじめな顔しているじゃん。ハッピーになりなよって。

H:そのスマイルで、ロックスターとも友だちになったり。イギー・ポップとも。

J:イギーもいつも笑顔だよ。彼の笑顔は感染率が高いんだ。(ガンズ・アンド・ローゼズの)スラッシュの笑顔も好き。デビーは笑顔というよりセクシー。ついこの前も年末のパーティーで彼女に会ったんだけど、すんごい美しいんだよね。目の前のマッシュポテトに集中するのが困難になるくらい美しい。

H:(笑)。もう70歳を越えているのに、恐ろしいくらいキレイな人ですよね。パンクロッカーたちと親交も深いジミーですが、今日はパンクファッションについて聞きます。

J:オーケー。

H:パンクファッションの起源といったら、よくリチャード・ヘル(NYパンクバンド「ザ・テレヴィジョン」のボーカル)の破けたシャツとそれを止めた安全ピンとかいわれていますが。

J:うんうん。そんな感じだね。

H:15、16歳でニューヨーク郊外からパンク真っ盛りのシティに逃げるようにしてやって来た家出少年ジミーは、どうやってパンクを着こなしていた?

J:ジョセフというダチがいてさ、ヤツのクローゼットにはズタズタに引き裂かれたパンツがあったんだけど、ヤツ、全然そのパンツ履いてなくて。俺が気に入って、毎日履いたんだ。 あと、ゴミから服を見つけてきたりした。ニューヨークのゴミは世界一。俺は、ゴミから見つけてきた服でスタジオ54(70、80年代の伝説のディスコ)に行くような男だったから。

というか、(セックス・ピストルズの)ジョニー・ロットンだって、服が破けたから安全ピンでとめたわけ。いま俺が履いているこのパンツ、2000ドル(約20万円)の高いパンツなんだけど、シューズは30ドルのコンバースなわけ。その高いパンツに穴が空いちゃったけど20万のパンツを捨てたくないから、破れたところを手縫いしているわけ。いまはこれ(穴あき)がファッションになっているけど。


H:G.B.H.のコリンも、みんなパンクスは貧乏でパンツも1本しかもってなかったから、ほころびを繕っていたと。

J:そうそうそう。

H:当時パンクファッションはタブー視され、やはり一般的には受け入れられていなかったでしょうか。

J:俺はうまくやっていたけどね。一定の人たち、俺の親も気に入っていなかったと思う。あざ笑っていたヤツも多かった。

H:それに、その頃はパンクファッションを売っている店がないに等しかったと聞きました。スタッズつきの革ジャンはハードゲイショップに行かなければ手に入らなかったって、ほんと?

J:それ、ほんと。最高のスタッズに革ジャンが欲しかったら、ゲイ専門のレザーストアに行くのが正解だった。バスキア以前の、70年代の話ね。あとは、ロウアーイーストサイド*の数軒しかなかった。「マニック・パニック」とか。

*マンハッタンの下町で、パンクなどのサブカルチャーが盛んに起こっていた地区。

H:それに、ジミーの古巣「トラッシュ・アンド・ヴォードヴィル」も。

J:うぅん、そうだね…。いい店だったよ。初期にできたロックンロールストアだった…。品揃えもよかったし。トラッシュは、俺の人生のいい思い出だけどね。たくさんの人たちと繋がるきっかけを作ってくれたし…。

H:(なんとなく歯切れが悪いな..)トラッシュでの思い出話も聞きたかったんだけど、もし話したくなければ大丈夫。

J:うん、あまり話したくない。

H:了解です。で、その頃のパンクファッションって、いわゆる…

J:もしかして、パンクファッションの定義を聞いているのか? 

H:定義というか、パンクファッションってどういうものを…

J:そんなのわかんねえよ! ただ着るんだよ! 着飾るんだよ! 自分のやり方でやるだけだ。たとえばさ、デビーは枕カバーをガムテープでとめてドレスとして着ただろう。グゥレイト・アイデア。すごいいい気分になってやるだけなんだよ。ファッキン・ドゥー・イット! それがロックンロールだ、それがパンクファッションだ。どんな服だとしても、魂を身にまとってればパンクなんだよ。


H:(怒らせちゃった…?)

J:「パンクファッションってなに?」ってさ、聞く相手を間違えた、間違った質問だよ。お、ちょっとこれ、すごいいい答えじゃない? もうさ、俺の店に来なよ、俺がいい服を選んであげる。自分のことがファッキン・ビューティフルに、ファッキン・パンクロックに思えるようにしてあげる。これで君の人生もう勝ちだから。

H:はい…

J:シンディ・ローパーの髪を見ろよ(ピンクの髪で有名なポップ歌手)。もうパンクロックの域を越えている。泣きそうになるぜ。いまは世界中のみんながいろんな色の髪に染めているだろう。ウォルマート(大型チェーンスーパー)でさえ、ヘアカラーを売っている。世界の中心にそのカルチャーをもってきたのは誰だ? シンディ・ファッキン・ローパーだ!

H:わかりました…。パンクファッションってなに? はナンセンスだけど、パンクらしいイメージってあると思うんだけど…

J:それはある。アニマル柄。ピンク。俺はピンクを愛している。ピンクは俺の色。「ピンク・イズ・ザ・シット(ピンクは最高)」。わかるか、ピンクは「ファック・ユー」と叫んでいる色なんだ。セックス・ピストルズにニューヨーク・ドールズもピンク愛用者だ。個人的には、ピンクのパンク性はジャッキー・ケネディ*からきていると思う。彼女はパンクロックだと思うね。

*ジョン・F・ケネディ元米大統領夫人でファッションアイコンでもあった。

H:どうして?

J:それまでの大統領夫人で、ジャッキーみたいにピンクを着こなした人はいなかったから。彼女は人の目なんて気にしなかった。ただ好きな服を着ただけ。ジャッキーのピンクのシャネルのスーツはパンク、シャネルはパンクだ。(ジョン・F・ケネディ暗殺の日も)ピンクの帽子を被って、飛行機から降りてきて、隣で夫の脳みそが吹っ飛ぶわけ。俺が知っている誰よりもパンクロックだね。

H:ですね…。

J:アニマル柄もアメージング。アンディ・ウォーホルとかルー・リード*の時代(1960年代)、いいよね。その時代のトランスジェンダーや娼婦は、すごくパンクロックだった。破けたストッキングとかさ。あと、日本人も最高のファッション感覚をもっている。君ら日本人はパンクロックを異次元レベルで表現しているぜ。
…そういえばこの前、店内のクリスマスデコレーションを、ジューン(店のスタッフ)とやったんだよね。釣り糸とさ、1500のピンクのクリスマスライトで。パンクロックだよね。

*NYパンクバンド「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」のボーカルでウォーホルのシルバーファクトリーのアイコンだった。彼の曲では、ドラッグや性産業など、当時の退廃的な危ない香りのするニューヨークがよくモチーフとなっていた。



「パンクファッションを売るアプローチなんてない」

J:(ラックにかかった服を手に取りながら)これは超パンクロック。ピンクの。誰が欲しいって言ったか知ってる? ビヨンセだよ。このパンツは、イギー・ポップが好きな若い女の子2人組がやっているブランドの。ゴージャス。

H:ジミーはロックスターだけでなくて、これまでもプリンスとかレディー・ガガなど、ナショナルアクトたちのスタイリストにもアドバイスしたことがあるとか。

J:俺はみんなと仕事をするよ。ジム・ジャームッシュ(映画監督)が撮ったイギー・ポップの映画でも服を送ったし。ブロードウェイのショーも手伝ったことある。スタイリストと仕事をするのは、とても献身的にならなければいけない。スタイリストもすごい頑張るからね。プリンスの場合は、店にスタッフが何度も来た。ツアーや演劇の服をアドバイスできるのは最高だよ。誰もその服を選んだヤツ(自分)のことは知らないけど、自分だけ知っているっていう快感。

H:じゃあお店のアイテムで、ジミー流の着こなし方をちょっと見せてくれませんか。

J:んいや、それはくだらない。インスタグラムでよくある「#ootd(今日のコーデ)」みたいじゃん。ジミーはそれはやらない。

H:わかりました。じゃあ、長年パンクの服を売ってきたジミーですが、自分らしい売り方はありました?

J:ねえ、また正直にならなきゃいけないんだけど、この質問、マジで支離滅裂だよ。意地悪で言ってるんじゃないからね。パンクファッションを売るアプローチなんてないんだから。

H:でも、お客からアドバイス求められることだってあるでしょう?

J:どうやって着こなすかなんて、誰にも教えられない。どんなアドバイスをあげますか、なんて質問は愚問だよ。たわごとだ。前の店でもよくあったんだけど、「あなた(ジミー)みたいな格好をしたい」「ジョニー・ロットンみたいになりたい」とかそうやって言われたらアドバイスはできるけど、パンクファッションをしたいって言われても助けられない。そりゃベルトやヒョウ柄、チェック、スタッズとかパンクロックのアイテムはあるけど、それらを自分のものにできなければ、アホにみえるから。




H:魂がこもっていませんからね…。ジミーは、現在の自分の店でもバイヤーとしてアイテムを買いつけていますが、どうやって選定をしているか聞いてもいいですか。

J:俺は、“俺がわかっていることをわかっている”。恋に落ちているかどうかがわかるのは、自分がわかってることをわかっているから。神様がいるってわかるのは、自分がわかってることをわかっているから。それが激イケてるパンツやミニスカートだってわかるのは、俺がわかっていることをわかっているから。…ワーオ。俺、いまビューティフルな答えを言ったね。

H:一息つかず言い切りましたね。動画取材だったらよかったのに。

J:でも、時にはバイヤーとしても失敗はするけど。

H:たとえばどんな?

J:売れるだろうと思って買いつけたアイテムが全然売れないとか。前のシーズンに買いつけたチェック柄のスウェットパンツは、売れ行きがよくなかったな。ちょっと時代の先端を行き過ぎちゃって、まだみんなが追いつけていないのかもね。

H:スタッズの革ジャンがゲイ専門店でしか手に入れられなかった時代から何十年も経ち、いまではH&Mやフォーエバー21でも買えるようになった。これについてはどう思いますか。

J:まあそういうもんだよ。個人的にはH&Mには行かないけど。着たいものがないから。でも、H&Mのを着てたって、誰が気にするかって。俺は気にしない。たとえば、ジューン(店のスタッフ)は新しい世代。ニューボーイ。「どこでそのパンツ買ったの?」って聞いたら、H&Mってこともあった。

H:着こなし勝ちだ。最後の最後に“パンクファッション”という単語を発しますが、ジミーのパンクファッションのロールモデルは?

J:イギーだね。裸だから。みんなにそう言うと「え、イギーかよ?」ってなるんだけど。彼の生のエネルギー、真実、正直さ。彼が最高のファッションアイコンだ。前、イギーにパンツをあげたことがあったんだけど、イギーはパンツを履かない。彼はいつも裸だから。彼はイギーだから。

Interview with Jimmy Webb




Photos by Keisuke Tsujimoto
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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