「俺の名前は“シャッツィ”だ。肉屋だ。シェフでもねえし、フランス語だって話せねえ。でも、極上のいい肉がなにかってのは、一番よく知っている」
肉包丁を握りしめて半世紀と10年、熟成した肉屋の自負。四代目肉屋の、脂がのった口上だ。
100年以上の老舗肉屋の四代目、“シャッツィ”・ザ・ブッチャー
「肉屋として生まれてきちまったからね。親父は肉屋。叔父も肉屋。じいさんも肉屋。みんな肉屋だった。なんで肉屋になったかって考えたこともないし、選ぶ道もほかになかったからな」。60年ものあいだ肉屋としての人生を歩んできたシャッツィに「なぜ肉屋になったのか」は愚問だ。
“シャッツィ”の愛称で親しまれるアラン・トニー・シャッツ(75)は、マンハッタンのアッパーウェストサイドにある創業107年の老舗精肉店「Schatzie Prime Meats(シャッツィ・プライム・ミート)」の店主だ。彼の曽祖父は故郷ドイツで肉屋を営み、その息子(祖父)は1890年代に移民としてニューヨークにやってきて肉屋をはじめ、またその息子(父)は店を引き継いだ。肉をさばく父の背中をみて育ったシャッツィは、学校から帰れば店番や配達、御用聞きを手伝い、15歳の頃にはすでに肉屋歴5年。はたちの頃、歌手を夢みてカリフォルニアを目指し車を飛ばしていたときに届いた親父の訃報に迷わず車をUターンさせた。「小さい弟に妹もいたから、肉屋を継ぐしかなかったんさ」。でもそれは“義務感”だけからの行動ではなかった。「肉屋で働くことがいつも好きだった。弟なんかは店に入っただけで嫌がったのに、俺は肉屋が好きだった。理由なんてわからない」
早朝にカットした新鮮な肉がショーケースに陳列し、実物大の牛の模型が台車に乗って店の軒先に配置される朝10時の精肉店には、受話器をとったシャッツィの声が轟く。「へいへい、ご注文は?」
本物の肉屋は、ヘルシー&クラフト流行りに毒吐く
肉屋のコロッケは桁違いに旨いとよく聞くが、旨い肉について尋ねるべきはやはり肉屋だ。
シャッツィの店で取り扱うのは、プライムミート。米国農務省が認定した肉のなかでも一等のハイグレードな肉のことで、それなりに値段もはる(1ポンド=約450グラムのステーキ大で約3,000円)。「美しい肉ってのはな、赤みに白い脂肪がいい具合に入っている肉だ。脂肪は、外側じゃなくて内側についてあるのだぞ。俺のように肥えていないといけないんだな」と、見事に突き出た太鼓腹をポンと叩く。ちなみにシャッツィの好きな肉料理は、なんのひねりもなく直球にステーキとハンバーガー。「あとな、肉屋はよそのレストランのハンバーガーは食わない」。どんな質の肉が入っているかがわからないからだそうだ。
だからシャッツィが認める唯一の店は、数年前から肉屋内ではじめた息子のバーガー屋。もちろん使用する肉は、自店が仕入れたものだ。看板メニューのハンバーガー用に、自分よりも先輩のミートグラインダー(80歳)でひき肉を用意する。次に刃の長い包丁を研いだかと思えば、豆腐を切るような素早い手さばきで肉の塊をビーフシチュー用のブロックへとささっと切り分けた。「おい、ぺぺ!あのローストビーフ用の肉の注文は来週末だよな?」。その週はイースター(キリスト教の祭日)とパスオーバー(ユダヤ教の祭日)で、肉の注文が立て込んでいる。25年来の右腕ぺぺがキッチン奥から叫ぶ。「はい、そうですよ!」
ところで、肉屋の親父にはどうしても解せないものがある。セレブリティシェフに、“ローカル”、“オーガニック”、“アーチザナル”がキーワード、店内もいまどきお洒落なクラフトブッチャー(インスタもバッチリ)、ベジバーガーやグラスフェッド(牧草肥育)ビーフを使用した流行りのこだわり系バーガーだ。「セレブリティシェフだって? テレビに出たからセレブだっていうのか? クラフトブッチャーって誰だ? ベジバーガーなんてブルシットだ。2年後には流行りでもなんともなくなる。スペシャルバーガーっつったって、中身は変哲もないひき肉だろ? なーにがスペシャルだってんだ」。トレンドまみれのバーガー、ブティックブッチャーには容赦なく唾を吐き捨てる。「そいつらは肉のことなんて、なにもわかっちゃいない。たわごと言ってんじゃねえ」。気分を害した人がいたらごめんなさい。
お客は近所8ブロック以内。肉屋はコミュニティの食料庫
その昔、シャッツィの肉屋の常連さんは近隣のイタリア系住民、それにアイルランド系、ユダヤ系住民がほとんどだった。「デカくてがっしりしたアイリッシュの男たちが土曜になるとやってきて、一週間分の肉を買い込む。ロースト用の肉にラムレッグ、シチューの肉。彼らは自分たちが欲しいものをよくわかっていた。だからなにか違うものを無理に売ろうとすると失敗したね。それとは引き換えに、イタリアンとジューイッシュの女たちはまるで違う惑星から来たかのように振る舞ったね。『6ミリくらいで切って頂戴。脂肪は切り落として。ねえちょっと、大きすぎるわ。いいえ、それだと小さすぎる』。卵が1ダース12セントの時代だった」
専業主婦の女たちやメイドは、朝には朝ごはん用のベーコンを、昼には昼食の、夕方には夕飯用の肉を買い求める。ひと家庭の1日の食事を賄うコミュニティの食料庫でもあり、近隣住民を結ぶライフラインだったのだ。「40、50年前の肉屋は、近所の生活の一部だった。地元の少年野球チームやアメフトチームのスポンサーにもなったりしてな」
ご近所が角っちょの肉屋に集う時代は終わった。もうそれは昔話だ、と言いながらもシャッツィは自負する。「いまでも俺の客は、店の8ブロック以内に住んでいるんだ。近隣アパートのドアマンにメイド、40年間一度も店に来たことがない“電話注文だけの”常連客、それに調理の仕方を教えてくれと電話で尋ねてくる客もいるんだ」
「昔ながらの肉屋は俺とともに死んじまう」。切れっ端でぶら下がる肉屋のプライド
「この通り沿いを50から120丁目まで歩いたとして、何軒の肉屋を通り過ぎると思う? 俺の店だけよ。もう肉屋というものは死んじまった」
個人経営の肉屋は次々と暖簾をおろし、肉屋といったらパック詰めになって棚に並ぶスーパーの肉コーナー。「スーパーじゃ、店の人と客の会話なんてないだろう。ちっともおもしろくないよな。俺の店には肉を買いに来た女の子が軽口をたたき、男の子が雑談をする。それがただ好きなだけなんだよ」。そしてシャッツィは正直だ。「家賃の高騰で店は潰れるし、みんな肉を買いに行くのはスーパーだ。個人でやっている昔ながらの肉屋ってのも、俺の代で終わりだろうよ」
明日にはもう死ぬかもしれない心構えで、それでも戦う武士のような潔さである。「肉屋のプライドったって、特上の肉を仕入れて、綺麗にカットして並べて、店を綺麗に保って、お客がなんども戻ってくるような店にすることさ。俺は肉屋であることを誇りに思う。肉が好きだ」。「好きな食べ物は?」と聞かれ「ステーキにハンバーグ!」と迷いなく即答する少年のようなブッチャーボーイ・シャッツィにとって、小難しい哲学やもっともらしい精神性などは、肉包丁で切り捨てたくなる余計な脂肪分にしかすぎないようだ。
Interview with Schatzie from Schatzie Prime Meats
Photos by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine