15年ベストセラー・ジンの生みの親に訊く「個人趣味に走りながらも“売れるジン”の作り方」

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諸説あるものの、1920年代に一部のSF愛好家たちの間で交わされた個人出版物がはじまりだとされる「ジン(zine、ファンジンともされる)」。その後、70年代のパンク/ハードコアシーンや90年代のライオットガールムーブメントに引き継がれ。インターネットなき時代に、ニッチでコアな情報を欲するサブカルキッズたちにどれほど重宝され、カルチャー形成に欠かせないものだったかはいうまでもない。

利益を目的とした商業的マガジンとは違い、DIYの醍醐味「自分の“好き”を詰めこむ」ことができるがゆえ、読み手のことを考えることなく個人趣味に走りがちにもなるのも事実。その疾走具合もスタイルだが、どうせなら多くの人に読んでもらえるにこしたことはない。
個人出版だからお金もかさむジン。「醍醐味の“好き勝手さ”を保ちつつ、みんなに広く読まれるジン(しかも赤字にならずに)」って、どうやってつくる? 毎週ジンを取り上げているHEAPS、今回はジンカルチャーのマザーに聞いてみました

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ジンカルチャーのマザーによる「How to ZINE」

 ジンをつくったことがある人なら誰でも陥る“ジンお悩みあるある”。たとえば、いくら自分の趣味でと割りきっていても、コピー代も賄えない売り上げだったらキツイ…とか。あと、ベストな販売方法がわからない。
 そんな悩みにら助言してくれるのは、ジンをつくって20年“ジンカルチャーのマザー”と呼ぶにふさわしいアレックス・レック(Alex Wrekk)。ジンづくりの基本からディストリビューション、コスパの悪さ解消などについてガイドするベストセラージン『Stolen Sharpie Revolution(ストーレン・シャーピー・レボルーション、以下SSR)』の作者だ。

 年一回オレゴン・ポートランドで開催されるジンフェア「ポートランド・ジン・シンポジウム」をスタートした一人でもあり、97年からパーソナルジン『Brainscan(ブレインスキャン)』を絶えずつくりつづける、など人生をジンに捧げてきた彼女。自身の経験と20年で耳にしてきたジンづくりの悩みに「こんな方法もあるよ」と手助けするSSRは2002年の初版から15年間で売り上げ2万6,000部(!)好きを追求しながらベストパフォーマンスをだすジンのつくり方、を知るべくポートランド在住の“ジンのマザー”へ電話を繋いだ。  

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アレックス・レック

H:今日はありがとうございます。まずはジン界のマザー、アレックスにジンの魅力について聞きたいです。あと、20年続ける理由も。

A:魅力はやっぱり、DIYであるところ。たとえば学校で教えられることはすべてに「規範」があるじゃない。でもジンには規範やルールはなくて「やりたいようにやれる」。私は元々パンクシーンにいたんだけど、そのシーンがもつ「余計な心配をせずに、やりたいことを追求する」DIY精神が、ジンにも宿っているわ。こうして数十年続けられるのも、ジンを通して広がるコミュニティや人の輪、世界中の人々と出会えることが大好きだから。

H:15年で累計2万2,000冊以上を売り上げたロングセラージンの生みの親でもあります。

A:この前もう一度調べてみたら、2万6,000冊を超えていたの。

H:現在進行形なんですね、すごい。世の中にはジンが溢れるほど存在しますが、なぜアレックスのジンはロングセラーになったと思う?

A:SSRは、本という認識でビジネスだと思っている。実は今日あなたに言われるまで、SSRがベストセラーだなんて考えたこともなかったの(笑)。ベストセラーの理由としてあげるとすれば、「have to(こうやりなさい)」ではなく「こういうやり方もあるよ」なハウツージンだから、かな。あくまでもジンはDIYが真髄だから、作り方にルールなんてのはない。だから「もしかしたらこのアドバイスも役立つかもよ」っていうスタンスが魅力だと思う。

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H:よく耳にするジン初心者の悩み、教えてほしいです。

A:「コピーにこんなにお金ってかかるの?」なんていうコスパの悪さや、ディストリビューションに関するもの。お店やジンディストロ*へのアプローチ方法とかね。それから、まずは「どうやったら魅力的なジンが作れるのか」っていう素朴な疑問もあるわね。

*ジンのディストリビューターを指す語。

H:いまやジンマスターのアレックスも、20年前はビギナーでしたよね。当時のジンお悩みは?

A:SSRを手にするような子たちと同じような悩みを持っていたわ。コピーのやり方もそうだし、レイアウト、綴じ方といった制作面。あとはコストだったり、“ジン好き”っていう同じ価値観の人を見つけることも。

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H:なるほど。ジンって、ニッチで個人趣味を追求しますよね。そこが魅力である反面、その“マニアック”な側面が強すぎるあまり、読んでもらえないことも多かったり。どうしたら個人趣味に走りながらも読まれる、広まる、つまりベストパフォーマンスを引き出すことができるのでしょう?

A:あなたの言うように、個人的趣向が詰まったものこそがジン本来のあり方だと思うし、魅力でもある。個人趣味が強ければ強いほど、熱狂的なファンはつきやすいから。ただ、より多くの人に届けるため、ベストパフォーマンスを引き出すためには、読み手のことは考えなきゃいけないどんな人が自分の趣味趣向をフォローしているのか、どんなものが読みたいのかを理解する。自分が本当に好きだと思えるもの、同時に読者が読みたいものをつくる。誰も読みたいと思わないジンを作ったって、読者はつかない、これはジンでも同じこと

H:ジンは自由でこそ!というところにかまかけすぎたらダメなんですね。

A:だから、まずはいろいろなジンを読むべきね。最初は自分の興味あるものでよし。そして「なんでそのジンが魅力的なのか」「どんな見た目なのか」などをしっかり研究すること。それをもとに、いかに自分らしさを表現できるのか、試行錯誤を重ねていく。当たり前のことだけど、これを続けるってとても難しいことだから。続けていくなかで、“自分らしさ”を発見できるようになったら、次のステップは「同じような趣味趣向の人たちにどうやって届けるのか」。

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H:賢い段階の踏み方ですね。ではディストリビューションについてジンのマザー、助言お願いします。

A:まずは、ジンフェア。ジンの作り手たちと出会うことができるし。私がジンビギナーだった頃は自分のパンクライブの会場でみんなに宣伝していたわ。あとはジンレビューを掲載するマガジン**に自作ジンを送る。もう自分のが載るか載らないか、次号発売までみんなドキドキだったわよ。それに、いまもよくあるジンライブラリー***の存在は大きい。

**1977年から続く『Maximum Rockroll(マキシマム・ロックンロール)』のような老舗など。
***ジンを保管・貸出する図書館や図書館のセクション。

H:なるほど。それでいくと、小さなお店なんかもいいですね。たまに、レコードショップで音楽関連のジンが置かれているのをみたりします。ジン目的でない不特定多数の人の目に閲覧してもらうことができて、ディストリビューションに繋がる。アナログな方法ですね。

A:そうね! 同時に、現代にはインスタやフェイスブックみたいにSNSっていう便利なツールがある。そこにはたくさんのジン関連グループもあるし、「#zine」みたいにハッシュタグをつけておけば、ジン好きがあなたのジンを見つけ出してくるはず。インターネットの出現でジンとの出会い率も高くなったと思うわ。

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H:次は、魅力的なレイアウトの作り方や値段のつけ方、初版の冊数などを教えてください。

A:レイアウトに関しては作り手次第なところがあるから何とも言えないけど、私だったら、白と黒のコントラストで魅せるレイアウトが好きなの。どんなビジュアルであっても、“自分の流儀”みたいなものを見つけることがとても重要なんじゃないかな。実際、私も中身でなくビジュアルに惹かれてつい買っちゃったジンもたくさんあるから。

値段はねぇ、ビギナーのころにつくったジンは1ドル。いまはだいたい、2ドルから5ドルの間で値段をつけているわ。なんでかって? もちろんコピー代との兼ね合いで値段を決めるべきなんだけど、私自身、5ドル以上のジンって買うのを躊躇するから。冊数は、ケースバイケース。ちなみに私の初ジンの初版は20部のみ。いつだって再印刷できるから様子見ね。

H:次の質問は単刀直入です。どうやったら自分のファンを増やすことができるのでしょうか。

A:私なんかは長すぎるくらいの時間をジンづくりに捧げているから(笑)、その長い間に各地のジンフェアを巡って、時間をかけてながら数え切れないほどのジンメーカーに顔を合わせてきた。もちろん、ジンのレビュー雑誌やジンを販売するウェブサイトに送ることもできるけど、やっぱり各地にいるジンメーカーやジン好きに直接会って対話することが大事。あ、あと重要なのは、ジンメーカー同士のジン交換!

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H:カードコレクターみたい(笑)。

A:(笑)。ジン交換はジンメーカー同士が繋がるうえでとても大事なコミュニケーションの一つ。頻繁に行われているわ。ジンビギナーにとって、ジンフェアに足を運んで「ジンを交換しませんか?」はかなり効果的

H:へえー、やっぱりアナログなやり方っていいんだなあ。アレックスの拠点・ポートランドっていまでこそヒップな街って認識されているけど、20年前にはジンコミュニティってあったの?

A:当時からジン販売やジンライブラリー、スクリーンプリントやコピー機、作業場も併設されているジンセンターみたいなものはあったわ。ジンメイカーとの出会いの場であり、アイデアを共有できる場。他都市からポートランドに訪れた人々がここの存在を知り、そのアイデアを持ち帰って、各地で同じようなコミュニティをつくったの。

H:へえー、ポートランドが元祖なんですね。その後アレックス自らも、コミュニティ作りに貢献してますよね。

A:ポートランド・ジン・シンポジウムを7年前にはじめた。並べられた机で各都市から集まったジンメーカーがただただジンを販売する、ってだけの空間にはしたくなくて。ジンづくりワークショップなども企画してつくり手とオーディエンスという垣根を越えて、参加者みんながコミュニケーションをする場にしたかったの。

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H:20年間もの歳月をジンカルチャーに捧げてきましたが、そのカルチャーの変容はどう見ていますか?

A:そうねえ、よく「ネットの登場はジンにどのような影響を及ぼしましたか?」って聞かれるけど、私はジンカルチャーの根底にあるDIY精神は、ネットなき昔と比べてなにも変わっていないと思う。テクノロジーの有無にかかわらすジン制作って時間も手間もかかるものだから、創作意欲や好きっていう気持ちがなければやってられないしね。「紙の上で自分を表現したい」という思いはまったく変わってない。だから、毎日新たな一冊が生まれている。それにどんなご時世においても、ジンコミュニティの重要性は変わっていないわ。

H:なるほど。それでは、アレックス自身の変化はどうでしょう。この20年でジンコミュニティにも新たな世代が流入してきていると思います。“これまでの世代と価値観が違う”といわれる新たな層を見て、なにを感じますか?

A:ものすごくいい質問ね。いつも同じように同じメンバーで物事を済ませていると、そこに“成長”はないわよね。この世の中には、さまざまな価値観や認識があるのに。
ジンのなにがおもしろいって、世代・コミュニティ・人種の違いに関係なく、彼らの声に耳を傾ける機会があるということ。それがどこから叫ばれた声だろうとどんな声だろうと、ジンには制約や制限がないから若いジンメーカーの作品を見たり彼らと対話することは、私にとって新たな価値観をもたらしてくれるわ

Interview with Alex Wrekk

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Alex Wrekk/ Stolen Sharpie Revolution
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▶︎15年読み継がれるSSRにはたくさんのレビューも寄せられている。一部を紹介しよう。

SSRは、「こうすることが必要」と説き伏せる訳でなく、自然と「あなたが必要とすること」を教えてくれるんだ。ーOz (The Wheelhouse)

SSRはサステナブルな方法でゼロからあなたを鼓舞してくれる、無駄の一切ないミニマルなガイドブックだ。まさにオンリーワンだよ。ーAvi Ehrlich (アヴィ・エーリック)

ジンカルチャーを深く理解するきっかけになった二冊がある。一に、“外から内”を見つめる視点を与えてくれた『Notes from Underground(ノーツ・フロム・アンダーグラウンド)』。二に、“内から外”を見つめる視点を与えてくれた、アレックスのSSRだ。この二つの作品は間違いなく私を変え、私自身の創作の出発点となった。ありがとう、SSR!ーFrank Farmer (フランク・ファーマー)

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All images via Alex Wrekk
Text by Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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