「デジタル世代はスマホがあれば、腕時計なんていらないでしょ?」。どうやら、そんなことはないらしい。「興味がないのではなく、興味をそそられる腕時計がなかっただけ」。ここ数年、欧米を中心に、20代のミレニアルズ起業家による腕時計ブランドが、まるで春のつくしのごとく急増している。若い彼らが勝負を仕掛けるのは、スマートウォッチではなく、アナログ指針のオールドスクールな腕時計だ。
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ドンピシャの腕時計がなかっただけ
デジタル世代はスマホがあれば、腕時計なんていらないでしょ? どうやら「そんなことはない」らしい。私も最初は半信半疑だった。なぜなら、昨年頃から手頃なスウォッチも、高級時計ロレックスも全世界で売上が大幅ダウンだというニュースを何度か目にしていたから。
ふたを開けてみてわかったのは、従来のブランドが伸び悩んでいるのは事実であるものの伸びているアナログ腕時計ブランドというのがあるらしい。それらはここ数年、欧米を各地で同時多発的に生まれた新興オンラインブランドだ。流れを牽引する多くのブランドは20代の起業家によるもので、価格帯もよく似ている。
この、“新しい”アナログ腕時計のムーブメントの火つけ役は、2011年にスウェーデンで誕生した「ダニエル・ウェリントン(Daniel Wellington)」。当時20代半ばだった創始者のフィリップ・タイサンダーは、所持金24,000ドル(約266万円)で起業。それがいまでは年間売上約2億円という成長を遂げている。「自分では買えなかったロレックスにインスパイアされた」というだけあって、デザインにはタイムレスな魅力がある。それでいて価格は2万円前後とお手頃だ。
何百万の老舗高級ブランドの腕時計でも、学生の頃につけていたようなプラスチック製のカジュアルなものでもない、「見た目は高級、価格はアフォーダブル」な腕時計。これを「プレッピーウォッチ」と呼んでニッチ市場を開拓、創業から右肩上がりの成長をみせ、続くオンラインのアナログ腕時計ブランドのお手本ビジネスモデルとなった。
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手頃でおしゃれな「プレッピーウォッチ」という隙間産業
ダニエル・ウェリントンの成功に触発され、2013年頃からアナログ式のプレッピーウォッチという隙間産業に参入する新興ブランドが続出。それは、奇しくもスマートウォッチが注目を集めた頃だった。各々のブランディングは異なるが、共通する主な流れのポイントは以下の4つ。
1、ミニマルで都会的、タイムレスなデザイン。価格は1万−3万円。
2、実店舗は持たず、オンラインショップとしてスタート。
3、創始者たちの多くは20代半ば。
4、SNS、特にインスタグラムで、リサーチからインフルエンサーマーケティング、ブランディングまで行う。
「若い世代が求めているのは、デザイン性の高いアクセサリーとしての腕時計。他の国がいま何時かとか、月の満ち欠けとか、そういう機能は求めていない。そんなのはスマホで見ればいいので」。そう話すのは、LA発のブランド『MVMT』の共同創始者ジェイク・カッサン(Jake Kassan 25歳)だ。ブランドの立ち上げは13年。クラウドファンディングで、日本円にして3,200万円以上をも集めたことは、若者の感覚にあったデザイン性の高いアクセサリーとしての腕時計に需要があることを証明した。商品の多くは1万円前後で買えるため「洋服に合わせて3−5本買う人も多い」のだとか。
Photo by Priscilla Du Preez
それから、14年に誕生したドイツ発の『キャプテン&サン(Kapten & Son)』、こちらも同じ流れを汲む。共同創始者アーティム・ウェイスベック(Artjem Weissbeck)も、20代半ばである。
なぜミレニアルズがアナログの腕時計を買うのかについて「心理的な理由が大きのでは」と話す。彼がブランドを立ちあげた14年は、アップルウォッチ(15年4月発売)が騒がれはじめた頃。「デジタル世代はこれに食いつかないはずがない。これでアナログ腕時計も終わりか…」、と悲観的な声が上がっていた。しかし「売れ行きは好調。それをみて僕は、デジタル世代は、デジタル製品疲れをしているのではないかと感じた」という。
また、ミレニアルズが中・高校生だった頃は、テストでの時間配分や、次のクラスに遅れないために腕時計は必需品だった。つまり、腕時計をすること自体に抵抗はない。そのことも影響しているのではと話す。
「あの頃は、みんなベイビーGやスウォッチをつけていた。大人になったいま、同じようなものはつけたくないが、アクセサリーとして腕に何か欲しい。かといって、何百万もする高級時計にお金を費やしたくはない。プレッピーウォッチは、そういった心情にハマったのだと思う」
「組み立てのみ中国で」。パーツは高級ブランドと同等品質
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上述のキャプテン&サンと同じく14年に創業したノルウェー発の「ブラスウェイト(BRATHWAIT)」や、もともと高品質の革製品ブランドとして注目を集めていた「リンジャー(Linjer)」が16年にスタートした腕時計のラインナップは、パーツは、一本数十万円台の高級ブランド品と同等品質のものを使いつつも、それらを2−5万円代で提供する。「適正価格でできるだけ品質の良い物を提供したい」という価格の「透明性」にこだわったブランドだ。
たとえば、『リンジャー』の商品は、風防には高級時計に採用されているサフィアクリスタルを、ベルト部分はイタリア製のベジタブルタンニンなめし革を採用している。これだけ品質の良いパーツを使いながら低価格で提供できるのは、「組み立てのみ中国」であり、また、実店舗もなく宣伝費も抑え、自社でデザイン企画を行い工場に直に注文をするなど、中間コストを大幅にカットしているからだ。
これらのブランドは、スマートウォッチと価格帯が似ていることからよく比較されるそうだが、「直接競合するとは思っていない」という。アナログ腕時計は「スマートウォッチとはコンセプトもデザイン性も、惹きつけている消費者のタイプも異なる」からだ。
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「スマートウォッチは、スマホと一緒で買い替え続ける商品。新しいバージョンが出れば、古いバージョンの価値は下がってしまう。しかし、品質の良いアナログ時計にはそれがない。ずっと長く愛用できるし、価値も落ちない」と、ブラスウェイトの共同創始者(26)。
消費者の状況を取り巻く時代背景は常に変化しており、それに伴い、消費者の価値観も変わっている。その価値観の変化を、どう捉えるか、がこのニッチ市場開拓の要となった。
実のところ、デジタル世代はあまり腕時計をしない=興味がない、ではないと気づけたことや、従来のラグジュアリーとは異なる、若い世代が求めるラグジュアリーとは何かを的確に捉えられたことは大きい。
いろんな「若者の○○離れ」が叫ばれて久しいが、本当のところどうなのか。これらの新興アナログ腕時計のように価格やコンセプトを見直してみれば、意外と花開くものがあるかもしれない。
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Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine