Black × Gay
THE TENTH Vol.3
「ブラック・ゲイとは何か」
その答えは、そのアイデンティティを持つ、黒人でゲイの僕たちでないと分からない。
André Jones(アンドレ・ジョーンズ)、Khary Septh(カーリー・セス)、Kyle Banks(カイル・バンクス)、の3人のアーティストが、黒人のゲイによる、黒人のゲイのためのZINE『THE TENTH』を創刊したのは、約2年前、2014年の4月のこと。
創刊の目的は主に3つ、「“ブラック・ゲイ”のステレオタイプを破るため」「こじれた(黒人同士の)同族嫌悪の壁を壊し、コミュニティの結束を高めるため」「マスメデイアの“道具”として利用されることに甘んじず、自分たちの声と自己表現の場を持つため」。
それまでない斬新な切り口、アートとして、読み物として、そのクオリティの高さから大きな注目を集めた。(詳しくは記事「ダブルマイノリティが切り開く新時代」へ)
発刊は不定期で、いまのところ年に一回と少なく、発刊されれば“即日完売”。増刷数も極めて少なく、いわば「レア本」という位置付けにある。そんな彼らが今年に入ってvol.3を発刊。全米中を旅しながら、各地のブラック・ゲイ事情を探ってきた彼らに、2年間の軌跡と最新号への想いを聞いた。
NYを離れて“苦い思い出”の地へ
このプロジェクトは、「自分たちのアイデンティティ探しの旅でもある」と話していた彼ら。もともと米国の第一線の広告や音楽、ファッション業界のクリエイティブ分野で活躍してきた3人だが、人が羨むドリームジョブを手にし、名だたるセレブリティを相手に煌びやかな生活を送るも「何か違う」と違和感がつきまとった。
「テレビや広告で“黒人のゲイ”をよく見かけるようになったのは、受け入れられているからではなく、ただ利用されているだけ。マスメディアは僕らの本当の声なんて伝える気はない」。そんなフラストレーションから『The Tenth』の企画は始まった。
創刊から2年が経ち、どうしているのだろう、とコンタクトを取ってみると、彼らはニューヨークではなく、拠点を米国南部のニューオリンズに移していた。前回のインタビューで、「僕は南部、ニューオリンズの出身で、とても厳粛なクリスチャン家庭に育ったんだ。周りは保守的なクリスチャンの黒人ばかりで、同性愛は公然と否定され、自分が自分らしくいることができなかった」と語っていたカイルとアンドレ。なぜ、苦い想い出を残してきた故郷を拠点に選んだのだろうか。
拠点を移した理由について、3人はこう話す。
アンドレ:
「僕は、故郷のニューオリンズにはよく帰省していたんだけれど、カトリーナ(2005年8月末にアメリカ合衆国南東部を襲った大型のハリケーン)の後、多くの黒人は故郷を去って、未だに戻れずにいることにやや憤りを感じている。ローカルの人たちへのサポートは十分ではなく、結局、彼らが戻れるようになる前に、土着のカルチャーとは違う、裕福な、黒人じゃない人たちが移り住んでしまった。この街は、LGBTだけでなく人種問題のレベルから考えるべきことが山積みなんだ」
カーリー:
「(パートナーである)カイルとは、ニューヨークで一緒に生活して13年。お互い仕事に邁進してきて、振り返ると10年なんてアッという間だった。これからやるべきことを考えたとき、カイルを愛してきたように、カイルの親のことも、もっと知ってもっと愛していきたい」
カイル:
「自分のアイデンティティの中で、母の存在は極めて大きい。厳粛なクリスチャンである母は、僕がカミングアウトするまで同性愛反対の立場の人だった。いまでもその考えを僕のために譲歩してくれているところは大きいと思う。一緒に時間を過ごすことで縮められる距離もあるはず。時間は永遠ではない。残りの人生で、歩み寄れるところ歩み寄りたいと思ったんだ」
左から、カーリー、カイル、アンドレ。
各々の言葉に、私はその昔、「人間活動に専念したい」と言って休業した宇多田ヒカルを思い出した。同じように彼らもいま、(お金を作るための)仕事としてではなく、人間活動に専念し、その延長として『THE TENTH』を創り上げている。それは、前回のインタビューでも話していた、自己投資ならぬ、黒人ゲイ・コミュニティへの「コミュニティ投資」でもあるのだ。
マジョリティに媚びない。「恥の文化」への反逆者たち
最新号のテーマは「ハリウッド」。 ハリウッドビジネスに関わる、不動の「イット・ボーイ」の地位を確立するアーティストから、スターを支える裏方として活躍する者まで、時間をかけて取材、撮影を行ってきた。
各地のブラックゲイたちの、生の言葉や表現を拾い集める。その活動の必要性や価値は、出来上がったZINEに目を通すだけでは、黒人でもゲイでもない人々には、ひょっとすると解りにくいかもしれない。だが、「それはそれでイイ」という。
なぜなら、「僕らは黒人のゲイであること、心の叫びを、悪びれることなく、恐ることなく、発信しているのだから。『THE TENTH』は、僕らが、他人の目を気にせずに、僕ららしく自己表現できる場所、プラットフォームとしてこの世に存在していることに意味があるんだ」
これは、2年かけて彼らがたどり着いた確信でもある。自分たちのミッションに、一体何の意味があるのか、という問いには幾度となくぶつかり、悩み、その答えを探ってきた。創刊時に説いた「ダブルマイノリティが飛躍するには、結束力が不可欠だ」という仮説。それは本当に正しいのだろうか。
実際に、才能ある仲間に出会い、一緒に働いてきたことで「間違ってないと実感している」。
自分が変われば周りも変わる。一人でも多くの人が変われば、さらに多くの人を巻き込める。いまだからこそ、『THE TENTH』の名前に込められた、”talented tenth”の思想と彼らの想いを再確認できる。
“talented tenth”とは、どんな集団でも、そのうちの10パーセントは知的かつ創造的であり「残りの90パーセントの人々を代表するとともに、彼らのポテンシャルを引き出し、その集団の未来を改善ことができる」という考え方。その先唱者の理論を重んじ、『THE TENTH』はゲイでブラックというダブルマイノリティを「結束」へと導き、自我意識を目覚めさせるべく立ち上がった。とはいえ、彼らが欲しいのは、他人も羨むような劇的な何かではない。ただ、自分たちらしい、等身大の幸せだ。
「HEAPSには、プレス用じゃない僕らの完全なオフショットを」と提供してくれた一枚。
THE TENTH
thetenthzine.com
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All images via THE TENTH
Text by Ciyo Yamauchi
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