2014年4月10日、自主出版されたある雑誌が、多くの注目を集めた。
『THE TENTH』、黒人同性愛者のカルチャー誌、「Black Gay Zine」(ブラック・ゲイ・ジン)だ。高いファション性、アート性を誇るその雑誌の表紙を一見する限り、ゲイ雑誌だとは思わない。「黒人のゲイによる、黒人のゲイだけの新しい雑誌」、「今までのゲイ雑誌の概念を覆した」との声が瞬く間に飛び交い、発売とともに即完売。その雑誌の制作にあたるのが、「Pink Rooster Studio」。チームは全員、黒人でゲイだ。創始者のカーリー、カイル、アンドレの3人は「新しいプロジェクトとして同誌をつくることは、自らのアイデンティティを改めて探ることでもある」と話す。ブラックとして、ゲイとして、そして男として生まれてきた彼らのリアルな声を聞く。
白人コミュニティで泳いでいるうちは、僕らは「tool(道具)」でしかない
クールでスタイリッシュ。モデル顔まけの美男子っぷり。『THE TENTH』に掲載されている写真の様子から、同誌の制作陣はファッションフリークの高飛車系ではないかと警戒していたが、彼らの柔和な笑顔とフレンドリーなハグで、そんな疑いはあっという間に吹き消された。
Khary Septh(カーリー・セス)、Kyle Banks(カイル・バンクス)と、André Jones(アンドレ・ジョーンズ)の3人が「Pink Rooster Studio」を設立したのは2009年。その名前からは、うっすらゲイらしさ(Rooster=cock=男性器)が漂うが、あくまでもファッション、映像、音楽業界を中心にクライアントを持ち、大手企業の商業デザインからイベントプロデュースに至るまでと幅広く手掛ける注目のクリエイティブ・チームだ。設立から5年、ブルックリンの倉庫街、ビネガーヒルに広々としたオフィスを構え、ネットワークを広げながら着実に成長を遂げてきた。“お洒落なブラック・ゲイのクリエイターたち”と知られることで、「トレンドに敏感で、ユニークなアイデアを打ち出してくれるだろう」と、クライアントを惹き寄せたことも大いにある。仕事の依頼が増えるのはビジネスとしては非常に嬉しいこと。しかし、「起用されるといえば聞こえはいいが、結局は使われているんだ。“変わり種”としてね」と、彼らはお互い目を合わせ、シニカルに笑ってみせる。
「正直、道具になりきれば、仕事のチャンスにも恵まれるし利点はある」と認める一方、「飼いならされているだけでは状況は改善しないし、ステレオタイプをなぞっているだけではつまらない」と主張する。
手にした順調さの一方で、「商業的なモノを創ることに飽きてしまって」とカーリー。その反動でトレンドに左右されない、恒久的なモノへの創作意欲が高まっていたという。そんなある日のこと、「僕以外、全員白人メンバーというプロジェクトのミーティングがあったんだ」。それ自体は珍しいことではなかったが、白人コミュニティの中で求められる役目をただ器用にこなすことに妙な違和感を感じたという。
「お前は道化師か?」と、あざ笑うもう一人の自分。「Wake Up Call だった」。鏡に映る“黒人である自分”、そして“ゲイである自分”の「アウトサイダー感」、そして同時に「自らのアイデンティティ」を強く意識した瞬間だった。
飛躍するために。今度は「結束力」を
ゲイというアンダーグラウンドカルチャーの中で、黒人のゲイコミュニティにも非凡な才能を持つ人はたくさんいるのに、「なぜ僕らは今でも使われるだけの“道具”でしかないのか?」という問いかけが生まれた。そして、白人のゲイコミュニティにあって、黒人のゲイコミュニティにないものについて考えてたどり着いたのは、「結束力」だった。「アートビジネスで例えると、アーティストには、自分のアート活動をサポートしてくれるキュレーターやコレクターとのコネクションが必要。これと同じで、自分たちがやりたいことをやるには、ジャンルを超えた繋がりやサポートし合える環境が必要なのに、僕らにはそれがない。才能ある個々の間に壁がある」
「壁」。黒人のゲイコミュニティのそれぞれが繋がりにくくなっている原因は一体何なのか。尋ねると彼らは顔を見合わせて、「お互いの間に、mistrus(t不信感)があるからじゃないかな」と切り出した。
彼らはゲイであることの前にまず、黒人であることのアメリカ社会におけるスティグマ(負の表象)を指摘する。アメリカのパワーストラクチャー(社会の権力構造)上、歴史的に見ても長い間、白人が上で黒人は下だった痕跡は今なお色濃く残っている。
Photo by Khary Septh
もちろん、「現代アメリカ社会では、確かにたとえマイノリティーでも、白人たちと同じレベルの豊かな生活を得ることは可能だと思う。ただ、それを得るためには、彼らの10倍以上努力する必要がある」。上に這い上がろうとする力を、下へ下へと社会のスティグマが抑えつける。抗ううちに、上手くいかないのは「自分が黒人だからだ」と、自らのアイデンティティを蔑み、強い者にへつらい、弱い者に辛く当たるようになる。そして、自己を否定するのと同じように、自分と同じ有色人種も否定し、負のスパイラル内で生きる傾向が強いという。
決して肯定できる生き方ではない。しかし、弱肉強食の世の中で己を守り生き抜くための処世術として身についてしまったあり方なのかもしれない。
「社会のタブー」に触れるとき
Photo by Khary Septh
テレビをつければ黒人でゲイのパーソナリティもいれば、アスリートやアーティストとして成功している者もたくさんいる。にもかわらず、未だ「ブラックでゲイ」はアメリカ社会において一種のタブーである。その理由として、黒人社会が「宗教心が強く、保守的」であることがあげられる。「同性愛者への社会的理解と受容はまだまだ」と3人は、声を揃える。
10年前、ブロードウェイミュージカルの『Lion King』のキャストに選ばれたことをきっかけにニューヨークに住みはじめたカイル。「僕はアメリカの中でも特に保守的な黒人色の強い南部出身で、とても厳粛なクリスチャン家庭に育ったんだ」と明かす。周りはクリスチャンの黒人ばかりで、同性愛は公然と否定され、自分が自分らしくいることができなかったという。周りの子どもたちに「オカマ」とからかわれる毎日。それでも、家に帰ると母だけは「あなたの歌うマライア・キャリーやホイットニー・ヒューストンの曲は最高よ!」と、カイルの歌唱力を褒めて伸ばしてくれた。
「たった一人でも『自己表現の場』を認めてくれた人がいたから僕は救われたけれど、もし誰もいなかったら…」とうつむいたカイル。しかし、俳優として大舞台を踏むことができたのも、今こうして、自分の好きなクリエイティブな仕事で生計を立てられているのも、「全ては母が僕の才能を伸ばしてくれたお陰」だと笑った。
彼らは「ニューヨークという街はアメリカの中でもかなり特殊だ」という。ニューヨークのように同性婚が認められ、ゲイであることを公言していても職に就け、自分らしい生活ができるなどという環境は、アメリカの中でもほんの一部だ。かといって、ニューヨークにくればすべてのゲイが救われるかといったらそんな甘いものでもない。「それを知っているからこそ、黒人のゲイとして、自分と同じ苦しみを抱えている人のための居場所、ユートピアをつくりたかった」
ダブルマイノリティの自己表現の場、それが『THE TENTH』
では、果たしてコミュニティ内の「壁」を取り払うことは可能なのか?もしお互いに信頼し合い、才能をサポートし合うことができたなら、一体どんな化学反応が起こるのか?そんな好奇心から「Pink Rooster Studio」は、自己投資ならぬ、コミュニティ投資をすべく立ち上がった。
若い世代をインスパイアするため、そして「ゲイだから」「黒人だから」と勝手につくられたブラック・ゲイに対する世間のステレオタイプを破るために。
「ブラック・ゲイが何かは、そのアイデンティティを持つ僕たちでないと分からない。自分たちのイメージは自分たちでコントロールしたい」と、想いを爆発させる彼らの自己表現の場として生まれた『THE TENTH』。創刊号のカバーストーリーは、「Gay Black Slave」(プランテーションで働くゲイの黒人奴隷)だ。炎天下の過酷な肉体労働のもと悲しみを分かち合う友情、そして密かに愛を育む姿まで、社会のタブーに真っ正面から挑んだ。80人のブラック・ゲイのコントリビューターと共に、米国黒人ゲイカルチャーの過去から今へ、その軌道を彼らの独自の視点でアート、ファッション、学術的側面から切り込んだ。もちろん、セックスアピールを織り込むことも忘れていない。
彼らはこのプロジェクトを「アイデンティティを探る旅」だと表現する。そして最大の目的であり、同時に最も難しいのが「才能あるブラック・ゲイ同士が、同族嫌悪を乗り越え、お互いの信頼を築き合うこと」だという。
Photo by Khary Septh
幼少期の辛い経験から無意識のうちに、自己嫌悪を蒸し返す。黒人でゲイという自分と同じ相手に嫌悪感を抱く。そんな自分を責め、傷つく者もいる。必死でつくった「自己愛」や「自信」という鎧が、自分と同じ者に向かい合うことで、剥がされていく。3人は「対面することは決して気持ちの良いことではない。けれど、このブロジェクトに不可欠なプロセスであり、使命だと感じている」と話す。
「社会が作り上げたステレオタイプに屈することなく、自分たちの心の声に耳を傾け、自分らしくいることの素晴らしさを知って欲しい。そしてその非凡な才能を世の中に見せつけて欲しい」。その表情、言葉は希望に満ちあふれ、ブラック・ゲイの新時代の幕開けのときが近いことを予期させる。
彼らの功績の中でも特記したいのは、創刊号に関わった80人のコントリビューターたちの「喜びの声」だ。
『THE TENTH』に関われてよかったと声を寄せる無名のブラック・ゲイ・アーティストたちは、これを機に突然ミリオネアになるわけではない。だが、彼らはそれ以上の価値、未知なる可能性を感じとったのだ。
自己表現の場を持つことは、ダブルマイノリティにとって、未来への命綱なのかもしれない。ブラック・ゲイの多彩な才能を全面に押し出 すことで、彼らのイメージをプラスに昇華し、その存在を社会にアピールする。さらに、反響のチカラを使って、ブラック・ゲイのコミュニテ ィの更なる活性化を図れる可能性は大いにあるだろう。
雑誌というメディアは時代を映す鏡だ。『THE TENTH』の名前の由来の一つに、”talented tenth”という米国の黒人解放運動指導者W. E. B. Du Boisが著書(The Souls of Black Folk)『黒人の魂』(1903年)の中で唱えた理論がある。どのような集団でもそのうちの10パーセントは知的かつ創造的であり、「残りの90パーセントの人々を代表すると共に彼らのポテンシャルを引き出し、その集団の未来を改善できる」という考え方だ。彼の理論を重んじ、『THE TENTH』は今、ブラック・ゲイを「結束」へと導き、自我意識を目覚めさせようとしている。ダブルマイノリティの新時代を切り開くために。
<HEAPS Issue 17より再掲載>
Photographer: Kuo-Heng Huang
Writer: Chiyo Yamauchi