時の“スナップチャット・フィルムメーカー(25)”がコカ・コーラやLyftと試みた「自社動画コンテンツ」の可能性

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たんにフィルムメイカーというよりもキャッチー。かつ、暗に「(従来の)フィルムメイカーとはひと味違うよ」と差別化できる。「スナップチャット・フィルムメーカー」という肩書きを作って名乗り、2年足らずで大注目を集めた25歳のクリエイター、ハリス・マーコウィッツ。ひょんなことからiphoneで撮った動画で稼ぐようになり、コカ・コーラなどの大企業と組みながら自社動画コンテンツの可能性を模索。が、ビジネスの風向きが変わったらサクッと手を引き軌道修正。これは、スナップチャットがインスタグラムにストーリー機能を丸っと模倣される2016年前後のお話。

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ハリス・マーコウィッツ(Harris Markowitz)

「スナップチャット・フィルムメイカー」はもういない

「ぼくは、スナップチャット・フィルムメイカー」。ハリス・マーコウィッツはこの肩書きで注目を集め始めたのは2016年の春。大まかにいうと、スナップチャット上のブランドや企業のアカウントを強化する(フォロワー、閲覧者数を増やし、オーディエンスとのエンゲージ率を高める)ために、広告主向けのクリエイティブ動画コンテンツを制作する仕事らしい。

 なぜ「インスタグラムでもフェイスブックでもなく、スナップチャット・フィルムメイカー」なのでしょうか? そう尋ねたのは、今年7月はじめのこと。返ってきた彼の答えは、「実はもうスナップチャットにフォーカスするのはやめたんだ」。え?

 メディアに「スナップチャット・フィルムメイカー」と紹介され、世の中が「へー、そんな新しい仕事があるんだ」と知った頃、その仕事の最前線にいた彼の興味は、すでに他の所にあった。

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 昨年、ショーティー・アワード(Shorty Award)の「スナップチャット・オブ・ザ・イヤー」でセレブらと肩を並べてファイナリストに選ばれたときも、取材のたった1週間前に発行されたニューヨークタイムズ紙でも、肩書きはスナップチャット・フィルムメイカーでしたが…。「あの取材を受けたのは発行日の2ヶ月くらい前だったからね」と、あっさり。

 ハリスが、スナップチャットの動画コンテンツの可能性に見切りをつけたのは、スナップチャットの十八番だった「ストーリー機能」がインスタグラムにも搭載されたことが大きい。「スナップチャットもすぐに巻き返すかと思いきや、インスタグラムのストーリー機能に完敗。回復の見込みがなかったから」
 
 たった一年半の間に「いろんなことがあった」。もともと映像制作の経験はなく、インフルエンサーマーケティングを得意としていた彼。ソーシャルメディア業界で起きた変革の渦中で、どういう経緯でフィルムメイカーになり、注目を集めたのか。また、彼が大企業と二人三脚で模索していた動画の可能性とはなんだったのか。

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インフルエンサーに拡散してもらうより、ブランドは自社コンテンツを強化すべし?

 大学を卒業したのは14年。ソーシャルメディアマーケティングの会社を2、3社渡り歩き、15年より「ブランド・プランナー」としてツイッターに就職。SNSで影響力のある人とブランドを繋ぐ、いわゆるインフルエンサーマーケティングに携わっていた。しかし、ソーシャル界のスターを活用する販売促進が注目を集めている一方で、その効果にはやや疑問があったという。「インフルエンサーに報酬を払って拡散してもらっても、投資に見合う利益(効果)が出るか、予測が難しい

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 彼には他に考えがあった。ブランド側は「自社の製品をインフルエンサーのチャンネル(アカウント)で一気に拡散してもらうやり方より、6〜12ヶ月間程の時間をかけて自社のチャンネルを強化し、そこからオーディエンスに直接発信していく方が効果があるのではないか」。自社のチャンネル(アカウント)を強化するためには、閲覧者数を増やすために、クリエイティブでおもしろい良質な動画コンテンツを長期的に投稿し続ける必要がある。
 彼のいう良質なコンテンツとは30〜60秒程のソーシャルメディア向けの短い動画、また、ビジュアルが良くクオリティが高ければいい、というものではない。

 15年の時点では、まだフィルムメイカーを名乗ってはいなかったハリスだが、時代はインターネット動画の黄金期。「インフルエンサーに限らず、周りの友人たちも日記をつける感覚で動画ブログをやっていました」。ハリスも仕事外の時間に友人と実験的に動画制作を行なっていたという。内容は「コカコーラの缶を潰すゲーム」など、新しい遊びを考えてはiPhoneで撮影するといったものだったそうだ。そんな遊びの延長の動画がきっかけで「自社のツイッターとスナップチャットのアカウントを強化したい」というコカコーラのコンテンツ制作を担当することになる。
 15年末にはツイッターを辞めて独立。ソーシャルメディア向けのクリエイティブな動画コンテンツを制作する「シリアル・プロダクション(A Cereal Production、以下、ACP)」を立ち上げた。
 

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「消えてしまう動画」はエンゲージに向いているのか?

 動画制作に必要な技術は「学校ではなく、ユーチューブで学んだ」。また、学んだのは技術だけでなく、メンタリティーも、だ。ハリスにとって、ケイシー・ナイスタット(最も成功している米国カリスマ・ユーチューバーの一人)の存在は大きい。彼は「いまの時代、学校なんて行かなくても、『スマートフォン + インターネットコネクション(Wi-Fi 等) + グッド・アイデア』さえあれば、誰でもクリエイターになれる」と言い、それを体現している人物だ。

 スナップチャットが注目を集めているときに「スナップチャット・フィルムメイカー」を名乗ったことは、自身のブランディングに繋がった。特に、16年春のアワード受賞後はコカコーラ以外の企業からも、自社アカウントを強化するための動画コンテンツ制作依頼が次々と入った。ただ、その時点では、スナップチャットが広告に向いているのかは、まだ未知数だったという。主な要因は、投稿した写真や映像は「消える」というスナップチャットの特性だ。消えてしまうのに「消費者とエンゲージできるのか」。そんな疑問がある中で「トライしてみよう」と予算を割けたのは、やはりコカコーラのような米国大企業。必然的に、ハリスのクライアントリストには大企業が名を連ねた。

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 動画の尺はテレビCMとほぼ同じだが、当然、求められるコンテンツは異なる。どの企業にとっても前例のない試みだった。ソーシャルメディア上では、発信する人とオーディエンスの距離感が極めて近い。スナップチャットは「(後先考えずに)いま、この瞬間」を発信するのに適した『友だち同士』のプラットフォームだけに、特にだ。実生活ではやや遠い学校イチの人気者やはるか遠いセレブのプライベートが知れ、まるで友だちのような近さに感じられるのが売り。だから、「テレビや映画のような見栄えの良いハイクオリティ映像より、求められるのは、本人が自分のスマホでたったいま撮りました的なドキュメンタリー感D.I.Y.感のあるもの。もちろん、ハイクオリティ映像はそれはそれでウケるんですが、そればかりだとオーディエンスには『広告的』だと煙たがられて、結果エンゲージ率が上がらない」。よって、手の込んだ鮮明な映像を作るより、「ストーリーのおもしろさ」とスマートフォンで撮影して投稿するまでの「スピード感」が重視された。

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 ハリスの場合、彼がクライアントにストーリー案を出し、採用されたものから撮影を開始。クライアントは撮影の様子を現場、もしくはリモートで確認できるが「撮影したらその場でスナップチャット上へ投稿する」という速さ。クライアントが映像を確認できるのはオンライン上、つまり、オーディエンスと同じタイミングだ。「クライアントの最終チェックなしで即投稿というのには、ぼくも驚いた。ここまでコントロールフリーでやらせてくれるなんて、ぼくのことを相当信用してくれていないとありえないことだから」。

 そんな前例のないエキサイティングな経験を積んだ一年だったが「もう過去の話」。いまはもう、アワードまで受賞した彼のスナップチャットアカウントはほぼ更新されておらず、ブランドアカウント強化の仕事もしていない。スナップチャットはあの手この手で巻き返しを試みているし、彼が貯めてきたノウハウはインスタグラムに応用できそうだが「いまは他のことに時間を使いたいかな」。現在、ハリスが最も関心を寄せるのは「ストップモーション動画制作」だそうだ。

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 動画制作の経験などろくになかったが、大手企業から「君に賭けてみよう」と制作費をもらい、前例のない仕事で稼ぎながら技術に磨きをかけてきた。いや、彼もすごいが、無名の若手フィルムメイカーに賭けた米国大企業もすごい。
「そういった機会に恵まれて幸運だ」という彼だが、1年前の成功に執着はない。なぜなら、すべては通過点にすぎないから。変化のスピードが速いところでは、トライ&エラーの回数もテンポも速い。溢れるアイデアで「頭の中も予定もいっぱい」。そんな彼に、一年前の想い出に浸っている暇などあるわけがない。

Interview with Harris Markowitz

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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