ホワイトな出版業界に新たなシーン〈ワーキングクラスの出版〉労働者階級出身22人の作家、地方都市の本作り

「アート業界にワーキングクラスの居場所はあるのか?」。先月の英ガーディアン紙に踊った記事の見出しだ。映画や放送、出版、芸能などのクリエイティブ業界における労働者階級出の人口が圧倒的に少ないという報道である。出版では全体の12.6パーセント、映画・テレビ・ラジオでは12.4パーセント、音楽・演劇・ヴィジュアルアートでは18.2パーセントらしい。

“業界のトップを占めるのは大都市のミドルクラス出身”、“クリエイティブ業界で労働者階級が迷子になっている”という事態に早くから気づき、“ワーキングクラスパブリッシャー(労働者階級の出版社)”として既存の出版業界の構造に反旗を翻そうとする、あるインディペンデント出版社の話をしよう。場所は世界随一の出版国、イギリスだ。

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ロンドンの大手が牛耳る出版業界にNO「ワーキングクラス出版社」

 トップに立った一部だけが権力を握りがちなクリエイティブ業界の構造はイギリスの出版業界も同じ。これに立ち向かうのが「地方都市のインディー出版社」だ。

 イギリスに限ったことではないが、やはり大都市にはどんな産業であっても大手が集まってしまう。ロンドンの出版業界も例にもれず、出版社の四天王(ペンギン・ランダムハウス、アシェット、ハーパーコリンズ、パンマクミラン)はロンドンに鎮座。ロンドン、ロンドン、と取り憑かれたような出版業界では、どんな作家をフィーチャーしてどんな作品を出版するのかという決定権は、中産階級のホワイトカラーのコーポレート勢に託されている(そして、彼らは名門大学出身で、大学つながりのコネで入社することもあったりする)。
「ホワイトカラーが牛耳るロンドン中心の出版業界にはもう疲れたぜ。小さな出版社が立ち上がらなかったら、誰が立ち上がるよ?」と啖呵を切るのが、英北部の地方都市リヴァプールにある小さな出版社「デッド・インク(Dead Ink)」。「ロンドンの大手出版社に就職しようと何年もトライしたが、無給インターンからならどうぞと門前払い。だったら自分たちで出版社をつくろう」とマンチェスター(リヴァプールの隣)出身の青年が2014年に創設したインディペンデントパブリッシャーだ。

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(出典:Dead Ink Official Website
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(出典:Dead Ink Official Website

 イギリス北部(ノーザンイングランド)は、“産業革命の街”や“ワーキングクラスの都市”が集まっているエリアだ。ソングライティングの天才ビートルズを産んだリバプールに、ワーキングクラス吟遊詩人モリッシー率いるザ・スミスの出身地マンチェスター、工業地帯シェフィールドにリーズ。デッドインクは「ロンドン外の土地に“オルタナティブな出版シーン”をつくること」「北部にある出版社を国際的にプロモーションすること」を目的に、マンチェスターのコンマ・プレス、シェフィールドのアンド・アザー・ストーリーズ、リーズのピーパル・ツリーと2016年に出版共同体「ノーザン・フィクション・アライアンス」を結成。北部が誇るワーキングクラスの筆力を見せてやろうじゃないかと、サルフォードやニューカッスル、ハルなど他北部都市のインディー出版社とも手をとり、ロンドン以外の出版シーンを鼓舞している。

不法居住やホームレス、ブルーカラーワーカーのストーリー

 2年前、デッドインクは一冊の本を出版した。彼らがワーキングクラス出版社だといわれる所以の一つがここにある。『Know Your Place(ノウ・ユア・プレイス)』と題された本は「ワーキングクラスによって書かれたワーキングクラスについてのエッセイ集」。労働者階級出身の作家22人が、現代のイギリスでワーキングクラスとして生きることについての体験や思いをしたためた22の随筆が綴じられている。参加作家のなかには、アート業界へのワーキングクラス進出を支援する英女性作家のキット・デ・ヴァールなど、イギリス出版界における革命児の姿がある。

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(出典:Dead Ink Official Website

 このエッセイ集以外にも、デッドインクが出版する書籍はワーキングクラスの民を題材にしたものや、ブルーカラーワーカーの視点から物語を展開するものが多々ある。たとえば、北部イングランドの廃墟ホテルでスクウォット(不法居住)する青年の小説や、サウスロンドンのカウンシルブロック(高層公営団地)で開かれているイスラム教勉強会を舞台にイギリスに存在する極右とイスラム原理主義という二つの過激主義についてを描くフィクション。現代ロンドンに住むホームレスのバーテンダーが通過する大人への成長過程を描いた物語もあれば、スペイン人作家が“外国人の視点から”、人種のるつぼ・リーズに生きるワーキングクラスの人々を描いた小説(スペイン人肉屋やコロンビア人のひよこの性別鑑定士、イタリア人劇場案内係にアフリカ・カーボベルデ出身の俳優、クルディスタンから来たゴーストライター、リーズの未亡人のストーリー)もあったりするなど、サラダに1000円払うようなホワイトカラーのアーバン・ヤングエグゼクティブには決してない社会への目線をもった人々の声と心情を噛みしめることができる。

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“打倒ロンドン!の地方出版社”ではなく「地方拠点の小さな出版社」

 日本でも地方には個性的な小さな出版社が多くある。本屋減少などの煽りを受け苦戦している地方出版社もあるが、山梨に焦点をあてた書籍を出版する設立35年の山梨ふるさと文庫や、アイヌ民族や地元の映画館、北海道文学、政治や農業などを題材に硬派なルポタージュや社会派ジャーナリズムで社会を切り取る札幌の寿郎社など、その土地でしかできない本づくりをしている地方出版社もある。

 デッドインクも“地方出版社のひとつ”と簡単にくくれるように感じてしまうが、彼らのマインドはあくまでも「地方出版社ではない」という。小さなインディー系出版社であるだけで「なにもリヴァプールの出版社、マンチェスターの出版社としてロンドンを打ち倒そうとしているわけではない。たまたまリヴァプールを拠点にしているだけ」なのだそうだ。つまり推測するに、「ロンドンの大手出版社を潰し出版業界に革命を起こそう!」という反乱軍ではなく、「ロンドンにはロンドンの大きな出版業界があるわけで、それはどうしようもない。ぼくたちはあえてそことは距離をおいて、自分たちにしかできない“ワーキングクラスの目線”や“労働者階級の声”を拾って、小規模ながらも地方で本づくりをしていきたいんだよね。それに、地方の方がオフィスの家賃も安いし」なのだ。さらに、eコマースの普及もあり、大都市の出版社が圧倒的に有利であったディストリビューション面も特に大きな打撃を受けているわけではないだろう。

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(出典:Dead Ink Official Website

 昭和初期には小林多喜二の『蟹工船』や葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』など、労働者の激情が練りこまれたプロレタリア文学というものが確立され、イギリスの文豪チャールズ・ディケンズが『オリバー・ツイスト』で社会の底辺の民を登場させた。アメリカでもジョン・スタインベックが『怒りの葡萄』で世界大恐慌時代を生きる農民一家の苦難を描くなど、ワーキングクラスと文学の掛け合わせは、なにもいまにはじまったことではない。
 しかし、ノーザンイングランドの骨太の文筆家や出版社が、巨大に膨れ上がるロンドンの出版業界に脇目もふらず、届かないワーキングクラスの声を届けようとしているという新しいムーブメントには気骨がある。ただし、“ワーキングクラス”というラベルがブランド化したり、“ワーキングクラス”という言葉が一人歩きし中身が伴わないシーンをつくりあげるということだけには、決してなって欲しくない。

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Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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