「1868年も2018年も同じ」NYC公園アートディレクターに聞く〈引き継がれる大都市のパークカルチャー〉

「ニューヨークの面積の40パーセントは、ストリートか公園で占められています」

26パーセントがストリートで、14パーセントが公園。だから、ニューヨークを歩いていると高層ビルと同じくらいの頻度で公園にぶち当たるというわけか。無数に散らばる公園にはカメラ片手の観光客にまじり、公園に吸い寄せられた市民が昼寝をする。日光浴をする。食べる。飲む。遊ぶ。笑う。そして、黄昏れる。

14パーセントが果たす役割はいつの時代も大きい。「公園は、誰にも平等にあたえられ共有されるべき“天然資源”のようなものなのです」。 14パーセントを守る仕事〈公園アートディレクター〉の今日までの31年間から、大都市のパークカルチャーを知る。

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Tender Vittles, Cats on Parade, Central Park, Manhattan, 1978, D. Gorton, NYC Parks Photo Archive, NYT1109

公園の街ニューヨーク、1,700通りのパークカルチャー

 ニューヨークの街と公園は昔からのつき合いだ。285年前に設立された最古の公共公園ボウリンググリーンに、『ホーム・アローン』のセントラルパーク、ボブ・ディランも愛したワシントンスクエア・パーク、労働運動や政治デモの場トンプキンス・スクエアパーク、太極拳に励むご尊老が名物のチャイナタウンの公園、2014年につくられた新顔・空中公園ハイライン。哀愁漂うレトロなビーチ&ボードウォーク、コニーアイランドも忘れてはいけない。市公園局によると、現在市内には1,700以上の公園やレクリエーション施設が存在するという。

 ニューヨークの短い夏には、公園は1分たりとも無駄にしまいと焦る大人たちの遊び場にもなる。セントラルパークでは野外コンサートシリーズ・サマーステージや夜の無料シェイクスピア公演がはじまり、ブライアントパークでは屋外映画祭、プロスペクトパークではピクニック。犬と遊べるドッグパークやスケートパーク、バスケットボールコート。公共プールで汗を流す。

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Handball, Seven Gables Playground, Queens, 1978, Paul Hosefros, NYC Parks Photo Archive, NYT2139

「公園は、誰にも平等にあたえられ共有されるべき“天然資源”のようなものです」とセントラルパーク内のアートギャラリーで話すのは、ニューヨーク市公園局アートディレクターを務めて31年のジョナサン・クーン。「自然が豊かな公園に人口密度の高い公園、景色が格別な公園、巨大な公園にコミュニティ住民と強いつながりのある小さな公園。市はどんな公園も守っていかなければいけません」

公園の美を司る、公園局のアートディレクター

 街のバイタリティ・公園の美を支える“公園のアートディレクター”という聞きなれない仕事について、「小さな記念碑から遺物、巨大モニュメントまで、市全域の公園内に設置するパブリックアートの管理です。名前は違えど、どの大都市にもこの役職はあると思いますが。ニューヨークでは、1930年より公園のモニュメントを、1967年よりパブリックアートを管理する役職が存在しました。歴史の浅いアメリカですが、セントラルパークのエジプトのオベリスクにフラッシング・メドウズのローマの記念柱などの遺物はあります」。公園局アート課の仕事・その1、「公園の歴史建造物・遺物の管理とメンテナンス」だ。

 その2は、「期間限定のパブリックアートの設置」。街にいる多くのアーティストたちに、何万もの人の目が交差する公園にて自分の作品を展示する機会をあたえるのだ。定期的に所蔵作品の整理ができる美術館と違い、公園に設置するアートというのは街に鎮座するわけなので、その審査基準は厳しい。コミュニティとの歴史的関連性、景観との相性、公園使用への影響、審美的メリット、メンテナンス費用などの観点から選考していく。公園には公園の美的基準があるようだ。

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Park Revelers, Possibly Orchard Beach, Pelham Bay Park, Bronx, 1978, Joyce Dopkeen, NYC Parks Photo Archive, NYT0482
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Pig Roast, Possibly Prospect Park, Brooklyn, 1978, Neal Boenzi, NYC Parks Photo Archive, NYT0044

 その3は「公園内の古い遺物と新しいアート、すべての管理・保護活動」だ。電車には乗らず、どこへ行くにも移動はもっぱら自転車だというジョナサンは、「通勤途中にいくつもの公園を眺めて確認することができますよ」

 この3つの業務に追われるアートディレクターだが、半年ほど前のある“発見”によってこの初夏には思わぬ任務に携わることに。「職員が事務所の掃除中に2つの段ボール箱を見つけまして。中には、1978年に撮影された市内の公園の写真がなんと2,924枚も敷き詰められていたのです

1978年夏、混沌の社会にあった88日間の公園

 現在開催中の写真展『1978:ニューヨークシティパークス/ニューヨークタイムズ・フォトプロジェクト』。40年の時を経て偶然発見された、1978年夏のニューヨークの公園を切り取った写真2,924枚。廃車を解体して遊ぶ子どもたちに、アイスキャンディーを舐め、ビールを飲み、葉っぱを吸うティーンネージャー。ダブルダッチ(2本のロープを使って跳ぶなわとび)に精を出す黒人女性たちに、豚を文字通り大胆に丸焼きにする男性。展覧会を開催するにあたりジョナサンは、この膨大な枚数の写真から65枚を選定した。

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Resting Girl, Red Hook Pool, Brooklyn, 1978, Paul Hosefros, NYC Parks Photo Archive, NYT2285
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Girls on Splintered Boardwalk, South Beach, Staten Island, 1978, Neal Boenzi, NYC Parks Photo Archive, NYT0064

 当時のニューヨークといえば、メジャーリーグの伝説男レジー・ジャクソン率いるニューヨーク・ヤンキースがワールドシリーズで優勝、またディスコ絶頂期でスタジオ54がセレブリティの踊り場として黄金期を迎えるなど、晴れやかな時。しかしその一方で、犯罪が多発し、グラフィティが街中に書き殴られ、政治も腐敗、市政の管理は困難となった。つまりは市営の公園も荒れ果てることとなり、セントラルパークのシープメドウは砂ぼこりをかぶり公共プールは閉鎖されるなど、公園にとっての1978年はあまりいい年ではなかったはずだ。さらに、ニューヨークの地元有力紙3社(ニューヨーク・タイムズ、デイリーニューズ、ニューヨーク・ポスト)のスタッフがストライキを実行。不穏な空気が流れるなか、その空気を知ってか知らずかいつも通りに公園をたのしむ市民の姿を、休職中のニューヨーク・タイムズ所属写真家8人のカメラがとらえた。

「65枚の写真には、人種、民族、社会的地位がてんでばらばらな市民たちの姿があります」。緑豊かな公園でゴルフに興じる裕福な男性がいたとすれば、ブルックリンの貧困地区にある閉鎖されたプールで物憂げに座る少年もいる。とてつもない大金持ちの隣に家も金もない貧乏人が立っていることもあるニューヨークの危うさそのものだ。「公園とは、地下鉄やストリートのようであるべきなのです。年齢、性別、人種、階級に関係なく誰をも受け入れるデモクラシーの場」

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Fiesta Folklorica, Bethesda Terrace, Central Park, Manhattan, 1978, Unknown Photographer, NYC Parks Photo Archive, NYT2881
セントラル・パークにて開催されたプエルトリカンフェスティバルの様子。「群衆を背に彫刻のように力強く立つ男性が印象的。
当時は公園の管理がなされていなく、噴水の水が断たれていた。ただこの日は特別に水を用意した、と後から聞きました」。

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Group of Boys, Coney Island, Brooklyn, 1978, Paul Hosefros, NYC Parks Photo Archive, NYT2165
コニーアイランドにて力こぶをアピールする4人の少年。「多くの写真がキャンディッドだったのに対し、これは数少ないカメラ目線の写真の一つですね」。

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Woman at Unisphere, Flushing Meadows Corona Park, Queens, 1978, Gary Settle, NYC Parks Photo Archive, NYT2429
フラッシング・メドウズ・コロナ・パークにて。「彼女の笑顔と写り込んだ虹、そしてキラキラ輝く水の反射が美しいです」。その美しさは、まるで当時の悪化を辿る市政に反逆しているかのよう。背景のオブジェは、フラッシング・メドウズで1964年から1965年にかけて開催されたニューヨーク万国博覧会のテーマシンボルのユニスフィアだ。

「公園の役割は1868年も1978年も2018年も同じ」

 数年前から建設進行中の新しい公園がニューヨークにある。空中公園ハイラインと真逆の「ローライン」。貨物列車用の高架路線を再利用したハイラインのように、ローラインも地下の廃線跡地を再利用しようと立ち上げられたプロジェクトだ。「時代とともに公園のコンセプトやデザインは変わってきました。人々のワークライフも変わりましたし、昔は男性だけが集まるブライアントパークやユニオンスクエアなど女性が行きづらい公園もありましたが、歩道からのアクセスを容易にしたり、日陰などをつくるなど改善を重ね、いまは男女がたのしめる公園になりました」。体の不自由な人にもやさしい公園にすること、また市のホームレス支援団体と連携して公園で寝泊まりするホームレスたちを救うことも重要課題だ。

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展覧会にて。

 公園のアート維持管理についても改良中だという。「維持にかけるお金や時間をなるべく少なくしたいですね。そのため、たとえば彫刻一つをとってみても、昔は30年ごとに大きな修復していたのですが、いまは毎年毎年丁寧に磨いて定期的にケアするようにしています」。しかし、公園の不変とはなにかと聞くと、公園の美を31年間治めてきた彼はこう答える。「ベンチに座って自然の心地よさに浸れること。遊び場で思いっきり走り回れること。公園の役割や存在意義、公園に対する市民の気持ちは、1868年も1978年も2018年も変わっていませんね

Interview with Jonathan Kuhn

Text by HEAPS, editorial contributor:Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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