とあるウェブサービスで、誰でもシェフになれるNY
「シェフ男子」急増中。
「料理×男子」の勢いがすごい。もともとシェフには男性が多いものだが、彼らの場合はそこに「×自宅」なのだ。「料理人ではないが、料理が得意」。そんな男性たちが、こぞって自らの腕を「自宅」で披露することに熱中している。彼らは、自宅に招いたお客さんにアペタイザーからデザートまで「フルコース」を振る舞う。が、ただのホームパーティーではない。まったくの他人を自宅に招き、お客さんはお金を払って食べにくる。彼らは、れっきとした「週末シェフ」なのだ。そんな彼らのシェフ生活を可能にし、応援しているのが「Feastly(フィーストリー)」、食事版Airbnbと呼ばれるウェブサービスだ。(feastlyについては記事「知らない家で「赤の他人と晩ご飯」へ)
Feastlyシェフ男子1、EVAN GARFIELDの場合
「とことん独創の料理ができるからいい」
僕は「Chef(シェフ)」ではなく「Cook(コック)」。自らをそう位置づけるエバン・ガーフィールド。その理由は、「料理学校で勉強したわけでも、レストランで働いたことがあるわけでもないから」と。「残りの人生をキッチンで過ごすと覚悟したプロのシェフの方たちのことは尊敬します。ですが、僕はそれとは違う道で料理を楽しみたいんです」。料理はものすごく好きだが、「本職」にしないからこそできることがある。Feastlyではとことん「独創的」な料理を振る舞うことができるという。
HEAPS(以下、H):料理に興味を持ったきっかけはなんですか?
EVAN(以下、E):ビーガンの時期があって、どうやったら肉っぽいものを作れるかと試行錯誤したことがきっかけで料理に興味を持ちました。いまでも“独創的”なものが多いのはそのころの影響かもしれません(笑)。昔、バンドメンバーのためによく腕を振るってたんですよ。メンバー10人くらいの大所帯だったんですけれどね。それがきっかけで、人のために料理をする快感を得ました。
H:プロフィールでは、普段はミュージックセラピストをされているとのことですが、料理の道に進もうと思われたことはないのでしょうか?
E:僕が、“料理好き”なのは、あくまで「自分が作りたいものを作れる」という無限の自由があるからなので、それができないのであれば「料理は楽しむための趣味でいい」と思ったんですよ。従来、「料理の道に進む=レストランで修業」というイメージでしたからね。レストランのシェフになるということは、そのレストランの方向性やビジョンにコミットするということ。つまり、フランス料理店に勤めたら、そこでタイ料理は作れないわけで。
H:これまでに開催されたFeastlyでも、ベーグルやラーメン、メキシカンなど、様々な料理にチャレンジされていますもんね。ところで初のFeastlyはいつでしょうか?
E:2014年の9月です。かれこれ今回で8回目になります。
H:今回のテーマは「ベトナム料理」でしたが、得意料理の一つですか?
E:いえ、初めてです。作り方やレシピは主にYouTubeから学びました。動画の良い所は、たとえ言語が理解できなくても、テクニックや要点は掴めることですね。今回もっとも参考になったのは、ベトナム人女性による自作のバインミー(ベトナム風サンドイッチ)用のパン。従来のフランスパン由来のものだと固過ぎるんです。そこで彼女は「外はカリッと中はフワッと」した理想のパン作りをはじめたとかで、今回はそのビデオが特に参考になりました。あとは、ひたすら食べ歩きです。ニューヨークのいいところは、ベトナムに行かなくても、ベトナム人が作る本格ベトナム料理が食べられること。評判のよい店を3店舗くらい食べ比べて、共通点や差異を自分なりに精査しました。
H:この時代(インターネット世代)、この街(ニューヨーク)に住んでいる利点をうまく利用されているんですね。実際、開催日までにどのくらい練習されるんですか?
E:10人用の練習は1回。ですが、ソースの味や食材のバランスを見るために、1~2人用の練習は3回くらいしています。何が一番難しいって、「コレだ!」と思った味を「大人数用でどう再現するか」なんですよ。量が増えた分、オーブンの温度をどのくらい高めに設定するか、焼く/茹でる時間の長さなど、調整しなければなりません。そのために、毎回開催前には、ホームパーティーも兼ねて10人くらいの友人を呼んで一回は「大人数用」の練習をしています。これで成功すると、本番への大きな自信になるんですよ!
H:なんだか、練習にかかる費用も時間も気合いも「趣味」の域を超えている印象ですが…。
E:僕にとってFeastlyは「挑戦の場」です。自分の引出しを増やすための、この上ない機会だと思っています。ですから、ホームパーティーやケータリング用によく作っているパスタやサンドイッチは、Feastlyではやりません。ある意味、もう何度も作っているので簡単ですし、美味しいのも実証済み(笑)。しかも、招くのが知り合いだと、どうしても甘えがでてしまう。一方、Feastlyでは、まったく知らない人が、僕のメニューやプロフィールをみて何らかの興味と期待を持って、数あるレストランを差し置いて僕のところに「外食」しに来てくれるわけで、そうなると気合いの入り方が違ってきます。参加費もいただいていますし、足を運んでいただいた時間なども、良い意味でプレッシャーとなり完成度へのこだわりもグッとあがります。その高揚感を上手く利用してFeastlyでは、まず「何月何日に、どんなコース料理をやるか」を決めて、先に告知して参加者を募ってしまうんです。すると、僕はその日に向かって、実現させる方法を見つけるしかないですからね。
H:真の達成感や充実感は、コストやリスクと危機感を伴った作業の中にあり、ということですかね。
E:そうですね!楽しいからやっている、という趣味の範囲をちょっと超えるからこそ、やりがいもひとしおです。ゲストを全員笑顔でお見送りした後、ドッと押し寄せる疲労感。「もう今日は何もしたくない」と、そのままソファーに倒れこむ瞬間は「至福」でもあります。そして、またそのプレッシャーと疲労感を忘れた頃にFeastlyを開催する、という「月イチ」サイクルが、いまの僕には丁度いいんです。
Feastlyシェフ男子2、RALPH MOTTA
「カリブ海の“おばあちゃんの味”を再現する人気シェフ」
確かに、ニューヨークには多国籍料理レストランが多くある。が、その多くが「マンハッタン」使用。“この街の民のための味付け”になっている。もはや“移民のための食事処”ではない。そんないま、Feastlyでは移民の「ホントの家庭の味」を楽しめるという声は多い。Feastlyの人気シェフ、ラルフ・モッタも故郷の味をニューヨークで再現。カリブ海に浮かぶアメリカ領ヴァージン諸島の中の小さな島、セント・クロイ島(Saint Croix)の出身だ。ニューヨークの美術大学でファインアートを学んだ後、進路に迷っていた。そんな時、「お皿の上に描くアート」である料理に活路を見い出したという。
HEAPS(以下、H):まずはじめに、料理に興味を持ったきっかけについて教えてください。
Ralph(以下、R):僕は、大学進学のためにセント・クロイ島からニューヨークへ出てきました。こっちにきて、故郷の味がすぐに恋しくなって。それで大学の寮のキッチンで自分で料理をするようになりました。僕にとって故郷の味=おばあちゃんの味。それを再現するのは本当に難しくて、キッチンで奮闘する毎日でした。すると、寮の仲間たちから「何を作ってるの?」と聞かれるようになって。それで「故郷セント・クロイ島」の話をすると、思っていた以上に、周りが興味を持ってくれていることに気づいたんですよ。それから、寮のみんなに料理を振る舞うようになりました。
H:ラルフさんの場合、過去のFeastly歴をみても、「セント・クロイ島」「バージン諸島」「カリビアン」をキーワードに一貫性のあるテーマで
開催されていますよね。
R:初めてFeastlyで「セント・クロイ島」をテーマにブランチ会をやった後、「来週もやって!」という反響が大きくて。その後、3週ほど続けて同じ料理をやってみたんですが、作る僕自身が同じメニューに飽きてしまって。他のメニューにも挑戦したかったですし。でも、かといってイタリアンやフレンチ、アメリカンなら、マンハッタンならいくらでもレストランはありますからね。
H:カジュアルな店からスターシェフの高級店まで、山ほどありますね、競争率も高そうです。
R:競い合いはどうも苦手で。僕のFeastlyに来てくれる方々は、自身や家族、親戚がセント・クロイ島出身だとか、旅行でバージン諸島へ行ったいい思い出があるという人が多いんですよ。だからここでの食事会は、それぞれのセント・クロイ島、もしくはバージン諸島にまつわる思い出を語る場としても機能しているんです。そんな会話に合う食事を考えたら、やっぱり求められているのは「セント・クロイ島の味」なんだろうな、と思って。以来ずっと、テーマは一貫しつつメニューの内容だけ変えています。
H:なるほど。集まった者たちの“共通の関心事”が、食事会をより特別なものにしているんですね。実際、ホスト兼シェフのラルフさんとゲストの距離、またゲスト同士の距離感も近いなと感じました。ラルフさんは、頻繁にFeastlyを開催されているイメージですが、どのくらいの頻度でやっているのでしょうか?
R:基本的には、毎週金、土、日の3日間です。時間さえ合えば、いつもルームメイトが手伝ってくれるので、助かっています!平日は、ケータリングや、あとはフリーランスでアート系の仕事をしたりして、生計を立てている感じですね。
H:ルームメイトのお二人もセント・クロイ島出身なんですよね。「ラルフの才能を応援したい!」とおっしゃっていました。心強いサポートですね。
R:そうなんですよ。本当に小さな島なんで「故郷が同じ」、それだけで家族同然です。あと、僕のインスピレーションの源泉である祖母の応援も大きいです。祖母特製の秘伝の味付け用のハーブ、これはニューヨークでは材料が手に入らないので、セント・クロイ島から送ってもらっています。あと、季節のベリーを瓶詰めにして送ってくれたり。有り難いのですが、たまに着払いの送料がとんでもないことになっていたりもします(笑)。
H:自宅でFeastlyを開催するにあたって、問題点などありますか?
R:一点あげるとすれば、キッチンの狭さ。あくまでも通常の家庭用のキッチンなので、効率良く10人分を一気に仕上げるのに十分なスペースだとはいえないんですよね。前菜からメインまでの間にどうしても時間がかかってしまうので、待ち時間は、シャンパンと特製のフルーツジュースを提供しています。割ってもそのまま飲んでも美味しいので、自由に楽しんでもらっています。以前、飲み過ぎたのかリラックスモードになったのか「30分だけ寝かせて欲しい」というゲストもいましたね。僕の部屋で30分寝た後、スッキリした顔でまた戻ってきてデザートを完食していました。
H:レストランではありえない珍事件ですね。最後に、今後に向けて描かれているキャリア像について教えてください。
R:「Motta Cuisine」という自分のウェブサイトも開設したので、Feastlyと連動させてケータリングビジネスも拡大していこうと思っています。一人でも多くの人に、故郷の味と僕らのカルチャーを知ってもらえたらと思っています!
mottacuisine.com
Photographer: Kohei Kawashima
Writer: Chiyo Yamauchi