木曜の夜。ウィリアムズバーグの、とあるバー。キリッとネクタイを締めたサラリーマンに、タトゥーだらけのいまどきヒップスターがともに卓を囲む。彼らが心待ちにしているのは、マルガリータでもフィッシュアンドチップスでもない。ペンとメモ片手に一体何がはじまるっていうの?
アメリカTV史上最長寿!型破りな国民的アニメ
サラリーマンからヒップスター、みんなが今か今かと待ちわびていたもの。それは大人気痛快アニメ「ザ・シンプソンズ」の“どうでもいい”豆知識を競い合う会「WOO HOO! CLASSIC SIMPSONS TRIVIA(やっほ〜ぃ!ザ・シンプソンズ雑学ナイト。とでも訳そう)」のスタート。彼らは全員「オタク」だ。
『ザ・シンプソンズ』といえば、あのトゲトゲ頭の黄色い一家が繰り広げる、ハチャメチャな日常を描いた爆笑コメディー。それまでのアニメにはなかった「痛烈なブラックユーモア」がバカ受けし、世代問わず幅広い層から愛されている。放送開始から27年目を迎えたいま、その勢いは衰えるどころか20言語に翻訳され60ヶ国で放映中、世界中に熱狂的ファンを増やし続けている。
熱狂的ファンはここブルックリンにもちゃーんといる。それも「ザ・シンプソンズ雑学ナイト」を主催してしまうくらいの。噂によればそれは発足4年目。アメリカ・カナダの8都市で定期的に開催されているらしい。
実態を突き止めるべくグーグル先生に問うも、肝心の活動内容がヒットしない。ウェブサイトにあるのは、エピソード名と優勝チームの獲得ポイント程度。一体何をしているのか。き、気になる…。
こうなれば最終手段、直接潜入。が、「CCレモンのCMに出てたアレね、去年のハロウィーンでも仮装してる人見たな」程度の知識ではさすがに腰が引けた筆者。「ザ・シンプソンズは僕の青春」と意気揚々と語る友人Jを助っ人に、さっそく会場に乗り込んだ。
「黄色い一家」にハマって27年
到着したのは開始30分前だったにもかかわらず、店内はすでに満席。BGMに「ザ〜シンプソ〜ンズ♪」のあの曲が流れる中、溢れる人をかき分け出迎えてくれたのが、ホストを務めるDan Ozzi(ダン・オジ)とDan Mulhall(ダン・ミュラール)だ。名前が同じなのは偶然か必然か。2人は9歳からの幼なじみ。
「小学校の頃はよくシンプソンズの登場人物になりきって会話したり、くだらない豆知識を自慢し合って遊んでたよ。周りの奴らは『またかよ〜』っていつも呆れ顔」。生粋のシンプソンズ好きとみた。
毎月第1木曜日に開催されるこの雑学ナイト。ルールはシンプル。まず巨大スクリーンでエピソードを3話鑑賞。チーム対抗戦で、各エピソード間に出題されるどうでもいい問題(しかも、20問ずつもある…)に答え、合計得点の高いチームが優勝。予約なしのサインアップスタイルだから、当日参加もベリーウェルカム。
上映が始まると、何だろうこの感じ。みんな笑うところが同じだし、次の台詞を得意気に言い当てる。定番のBGMが流れれば自然と起こる大合唱(スペイン語なのに)。スクリーンを見るその眼差しはまるで子どものようで、昔から一緒に見ていたんじゃ?と思わせる。ちなみにJは「もうこのエピソード、たぶん30回くらい見てる!」といいながらも爆笑。
妙な一体感が生まれたところで、問題タイム。ちなみにエピソードと出題される問題はまったく関係ないらしい。「さっきまで見ていたエピソードの作者、キャラクターの声優、色や数字なんて聞かれてもおもしろくないだろ?『本編すべて』をじっくり見てないと答えられない問題さ!」そう話すダンらは、難易度と過去問を考慮し、毎月50の問題を考案しているんだそう。
公立小学校が禁止した問題作
「僕が6歳の時、妹が生まれたんだ。両親は妹にメロメロ。そんな時1人で見てたチャンネルにたまたま映ったのがザ・シンプソンズ。それまでのアニメになかった破天荒ぶりに『なんじゃこりゃ!』。で、それから家族揃って見るのが日課になったんだ」
子どもに夢と希望を与え、親が「子どもに見せたい」と思わせるのがアニメの定義だった1989年。が、両親への尊敬一切ナシ、学校そっちのけでイタズラ大好きなバートのキャラクターは結構な社会的批判を浴びた。それは公立学校からバート関連の商品やTシャツの禁止令が出る程だった。
「バートはアメリカの悪ガキの象徴だよ」というように、アメリカの“パーフェクトじゃない”一般中流家庭を描いたそれは、ダン一家にとって居心地が良く、楽しみの一つだった。
ザ・シンプソンズのタトゥーを体中に入れるDaniel perez(ダニエル・ペレス)
2年半前。まだ参加者側で、優勝常連だったダンらに話しかけて来たのは、当時ホストを務めていたAndrew Ennals(アンドリュー・エナルス)。カナダ在住だったため、毎月ニューヨークまで通っていた彼からの思いがけないオファー。「僕の変わりにホストをやらないか?」。二つ返事でYESだった。
「いまではネットフリックスもあるし、アメリカの一般家庭を題材にしたアニメはたくさん見れる。けど、ザ・シンプソンズは間違いなく唯一無二のパイオニアだ。こんなアニメ、これまでもこれからもないよ」との持論から、雑学ナイトのタイトルにもあるよう、彼らがフォーカスしているのは90年代のクラッシックエピソードのみ。
「大切なことはすべて、ザ・シンプソンズが教えてくれたんだ」
35チームがエントリーした今回の雑学ナイト。結果から言えばJは惨敗だった。「たった1話の2秒間しか映らない、アホらしいくらい複雑なビーチタウンの名前『Little Pwagmattasquarmsettport(リロ・プワgまったsくぅあ★◉▶︎)』を答えれた奴の顔が見てみたいよ!」
普段は割と静かなタイプの彼が、興奮気味にブツブツうるさい。50点満点中49.15点をたたき出し、見事ドーナツと50ドルの商品券を獲得した優勝チームを横目にそそくさと会場をあとにした。
「ただのアニメさ。でもポップカルチャー、ユーモア、ジョーク、たくさんのことを学んだよ。」と彼らがいうように、ザ・シンプソンズ特有のブラックユーモアは嫌みなだけじゃない。もっとこう、社会や常識に「口には出さないけど、皆変だと思ってんるんでしょ?」をさりげなく提起しているように感じ、熱狂的ファンの気持ちが少し分かった気がした。
雑学ナイトを受け継ぎ2年半。そこで誕生したカップルが結婚したり、オーストラリア・イングランドといった遠方から足を運んでくれる参加者がいるという。先月はダンの両親も参戦した。同じ年代の同じ時間帯に同じアニメを見ていたもの同士がまたこうやって「ザ・シンプソンズが好き」を通し、同じ空間を共有する。新しい出会いが生まれ絆が深まる、この“繋がっている感”がたまらないのだ。
「好き過ぎてたまに悲しくなるよ。だってこんなに蓄えたムダ知識、もっと他のことに費やしてたら、僕らい
まごろきっと政治家だよ?」顔を見合わせ笑う2人のその表情は、すごく誇らし気だった。
Photos by Kohei Kawashima, Tetora Poe
Text by Yu Takamichi