「あ、お酢の香りがしますね」マンハッタン初の手巻き専門ファストフード店『Uma Temakeria(旨・テマケリア)』。開店時間前の店内に漂う、できたてのシャリの香りに、子どもの頃に家族でよくやった手巻きパーティーを思い出し、不意に頬が緩んだ。「土曜日は手巻きの日♪」というミツカンのCMの思惑通り、わが家の週末の定番献立といえば「手巻き寿司」だった。そんな日本人にとっての家庭料理が、数年前からブラジルを筆頭に海外で進化し、投資の対象になっている。この二十年、人類が躍起になって投資してきたインターネットをはじめとするITインフラは整った。いま、ニューヨークで最もアツい投資マネーの対象は「日本食」だ。そして手巻き寿司は、旬のビジネス・キーワードだ。なぜなら、健康、コミュニケーション、低コスト、DIY、エンターテイメントなどのあらゆる要素が含まれているから。
高級寿司より「テマキ」がキテる!?
「テマキ」こと手巻き寿司は、リーズナブルかつ手軽に食べられるヘルシーフードとして、海外でも市民権を得つつある。その証拠に「テマケリア」こと、大衆向け「手巻き専門ファストフード店」の出現が世界各地で相次いでいる。数年前まで、“寿司レストランで食べられるメニューの一つ”にすぎなかった手巻き。いつの間に、ビジネスとして一本立ちできるまでになったのか?海外で見いだされた、手巻きの価値とは。
「寿司レストラン」と呼ばれるものがマンハッタンに続々オープンし、寿司がニューヨーカーに本格的に受け入れらたのは2000年半ば。当時は「高価」なイメージだった寿司も、いまではずいぶん安価なものまで出回るようになった。だが、誰がいつ作ったのかも分からないパック詰めされた安価な寿司は「安かろう悪かろう。そもそも、米が冷たいから美味しくない」。そう語るのは昨年10月に旨・テマケリアをオープンさせたオーナーシェフのChris Jaeckle(クリス・ジャックル)だ。
マンハッタンを代表するハイエンド日本食屋の一つ、料理の鉄人として知られる森本正治シェフの『Morimoto』で腕を振るっていた、一流の料理人。日本食の知識も技術も備えた彼は、「美味しい寿司は、酢飯に温かさあってこそ」と、食材の鮮度はもちろん、米のクオリティが、寿司そのもののクオリティを決めるときっぱり。「かといって、クオリティの高い寿司を求めると、寿司レストランで2時間着席して、一人ざっと100ドル超えの世界。誰もが気軽に楽しめる“カジュアルで美味しい寿司”というのがなかった」。そこで思いついたのが「手巻きだった」と、同店オープンの動機を語る。
旨さとエンタメ性: 手巻き一本でビジネスが成立するワケ
「Morimoto時代に、賄いでよく手巻きを作っていた」とクリス。「手巻きにはエンターテイメント性がある」とも。「何でも好きな具材を自由に組み合わせられて、そしてこのコーン型(円錐形)で提供される手巻きは、寿司よりも華やかでフォトジェニック」。美味しさはもちろんだが、こういったエンターテイメント性も「カスタマー・エクスペリエンス(顧客の感動体験)の一部」だと強調する。だからこそ、自分がオーダーした商品が、どのような作業工程ででき上がるのかが見えるよう、「オープンキッチンスタイルにこだわった」と話す。
こだわりはもう一点、「片手で食べ歩きできること」。その理由についてクリスは、「アメリカはもともと車社会。バーガーやドーナツ、ピザみたいに、運転しながらでも片手で食べられるものが潜在的に、もう遺伝子レベルで大好きなんだ」と語る。醤油やわさびを後からつけなくてもいいように、「ソース」として、具材と一緒に巻き込む工夫が凝らされている。スマートフォンを片手に忙しいニューヨーカーにも、もう片方の手だけで食べ歩きができるので打ってつけ。さらには「ケータリングビジネスにも最適。子どもの誕生日パーティーから、スポーツ観戦、さらにはビジネスミーティングまで幅広い分野に適している」と、早くも手応えを感じているようだ。
投資される手巻き。雇用をも創出
「なぜ、外食産業なんぞに投資するのか」。昨年、インターネット業界の大物が率いるベンチャーキャピタルが、マンハッタンにある地産地消をうたったサラダ専門のファストフード店『スイートグリーン』に多額の資金を投じ、業界アナリストたちを驚かせたニュースはまだ記憶に新しい。
近年、高品質でヘルシーなメニューをファストフードのフォーマットで提供する、カジュアルレストランとファストフードの中間、「ファストカジュアル」店への積極的な投資が目立つ。健康志向な消費者層の「気軽に立ち寄れて、体に良いものをさくっと食べられる店がもっとほしい」という需要を見込んでのことだ。
ナチュラルで、かつ環境に配慮した高品質の食材を使用するのはビジネスとしてはコストがかかるように思える。だが、同じくファストカジュアル路線を歩む『Uma Temakeria』の投資家、Cynthia Kueppers(シンシア・キュッパース)も「顧客はよりパーソナライズされた高品質の食を求めるようになり、ヘルシーフードを提供するファストフード店の需要は確実に伸びている」と話す。インタビューの中で特に印象的だったのは、彼らが思う手巻きビジネスの利点。それは「雇用創出に貢献できる」ということだった。「テマキは、寿司やロール(巻物)ほど調理に技術を要さないので、経験がなくても短期間のトレーニングさえすれば、誰でも商品になるものを作れるようになる」という。
カウンターの向こうでは、20代半ばの若いアメリカ人従業員たちが、オーダーを受けてから丁寧に手巻きを作っている。その姿は、日本人である筆者の目には新鮮に見えた。しかし、いわれてみればそうだ。本格的な寿司も素晴らしいが、職人の確保や人材育成が大変で、規格化しずらい。一方、手巻きは規格化しやすい上に、ある程度安いし、作るのを見る、もしくは自分で作る楽しさやコミュニケーションがある。海外で思わぬ価値を見いだされ、本家日本より海外でヒット中の手巻き。「テマキ」は、ファスト・カジュアル・ヘルシーフードとして、ニューヨーカーにどう愛されるのか。さらには海外で今後、どんな新しい付加価値を持って進化するのか。手巻きのこれからに目が離せない。
Uma Temakeria
64 7th Ave. (Between 14th St. & 15th St.)
Phone: 646-360-3260 umatemakeria.com
Photographer: Omi Tanaka
Writer: Chiyo Yamauchi