合言葉は「YES CHEF(イエス・シェフ)!」 ニューヨークのトップシェフを支える、スパイスのプロたち。

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バニラの香りって、思い出せますか。

本物の香りが漂う小さな店舗は、「SOS Chefs」。
一流シェフを縁の下で支える、スパイスのプロフェッショナルの店だ。

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無理難題を叶え、トップシェフを支え続けて20年

“Good morning, chef!”(おはようございます、シェフ!)
 朝早くから電話が鳴り響き、開店と同時に客足は絶えない。そのお客さんの多くはプロのシェフたちだ。

 トリュフやスパイス、季節のフルーツや野菜などの食材を主にシェフたちに卸しているSOS Chef。フレンチの巨匠ダニエル・ブリュー氏など、世界的スターシェフを顧客に持つ。

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 電話でもやってきたお客さんに対してでも、軽やかに飛ぶ返答は、決まって“Yes Chef” もしくは、“Sure, Chef”(もちろんですよ、シェフ)。
 この店で見つからないスパイスは、多分ない。競争の激しいニューヨークのフードインダストリーで20年、ニューヨークの食のクリエイティビティを支え続けている。

 その日の朝も超多忙な中、飼い猫のミュールとともに出迎えてくれたのは、店のオーナーのアテフだ。

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チュニジア出身。チョコレートなど、フランスからの輸入食品を扱う会社で6年間営業として働いたのち、自身のビジネスをはじめたそうだ。「営業時代、成績はもちろんトップだったわよ」。

「最高品質のラム50頭、急ぎで。王室用ね」

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 トップシェフたちとの仕事では、耳を疑いそうな依頼もくる。
 
 あるホテルからはセレブリティの宿泊で、急遽テキサスのある地域でしか採取されない「飲料水」をリクエストされたり。またあるときは、王室のための「50頭のラム」。しかも頭を落として所定の処理をした最上級のものね、なんてオーダーが。
 おとぎ話のような話だが、実際にあった逸話だ。

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「それが私たちが身を置くビジネス、カスタマーサービスなんですよ」。無理難題が降ってくるのもトップシェフ相手のビジネスならでは。
 一方で、難しい課題を解決する力を与えてくれるのもまたシェフたち。顧客であるシェフたちの人脈や知識が、そんな無理難題を解決する糸口になるのだ。

「シェフたちは私たちを必要としてくれるけど、私たちもまた彼らを必要としているの」

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この日も、朝イチで来ていた常連のシェフ。

激戦区で愛される理由。高い品質を「すべてのシェフへ」

 実はこれまでに、一度閉店している。家族との時間を確保し、新しいものを探すための旅をするためだった。期間は1年半、ビジネスの終わりを意味していた。
 が、旅からひょっこり戻ってきた彼女を、シェフたちは待っていた。ビジネスの再開を以前と同じように支えてくれたそうなのだ。
 シェフたちを惹きつけてきた理由は、一体何なのだろうか。

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 見て欲しいものがあるの、と言って奥から出してくれたのは、しっとりと黒光りするバニラビーンズ。渡された束を顔に近づけると、衝撃的なほどの甘く濃い香りに目がさめる。しばらくの間、両手からはバニラの香りが漂っていた。

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 それから、コンテナいっぱいの鮮やかな赤。素人目にもわかる。最高級のサフランだ。花束のようになったサフランを見るのは初めて。
 このひと束、家賃の何割に相当するか、簡単に計算できるようなお値段。

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 この最高級のスパイスたちは「すべてのシェフたちのものです」。シェフに広く長く愛される理由は、ここにある。

「誰もが最高品質ににアクセスできること。それが私たちの提供する”経験”なのよ。
プロでなくても、ミシュランシェフと同じ材料を使って料理をつくることができる。
素晴らしいレシピのアイデアがあっても、見合った材料がなければはじまらない。
アクセスの機会を開いておくことで、若いシェフたちの夢を叶えるサポートができれば嬉しい」と笑顔で話すアテフ。
 有名シェフも大事だけれど、ダイヤの原石のようなシェフが好きなんだそうだ。

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「シェフに新しいメニューのためのインスピレーションを与えることが
この店の存在意義であり、特徴なんです。
前に来たことがあるけど、これは初めて見た!
そう言ってもらえる状態を保ちます」

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シェフ、塩やらスパイスを求め小ぶりな紙袋を手にしていく。
量から察するに、試作のためだろう。
店のスタッフ曰く、この店は“シェフのディズニーランド”と呼ばれているそうだ。

でも、絶対にNoというときもある。それは…

 応え続ける店“SOS Chefs”だが、トップシェフに対して“No”を言うこともある。
 それは、「自然が“No”」といったときだ。

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 プロのシェフたちは、新しいメニューのためには3、4ヶ月前倒しで試作するため、季節はずれの時期に、最良の素材を要求してくることもある。しかし、季節や天候が合わなければ、量・質ともに確保は難しい。

「そういうときは断ります。シェフに、『自然が、いまはないって言ってる』って。
トップシェフであれば、材料に何十万でも払うというでしょう。けれど、自然だけはそれに、ノーと言う。いまはないよ、とね。
そうすると、人は立ち止まって考える。謙虚にさせてくれるでしょ」

「自然は素晴らしい」。そう繰り返す彼女から感じるのは、世界のトップシェフですら支配できない自然に対する、深い愛着と畏敬の念だった。

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 より一層、素材重視・ローカルのものを重視する傾向になってきている、とニューヨークのフードインダストリーについて話す彼女。
 食に対する見識もどんどん深まって、「素材の旬に食べること」の重要性が理解されてきている。「つまりは、『Less is more(シンプルであれ)』ということです」

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 高い品質と常に変わり続けることがこの店のベースであることは間違いない。重要なのは、アテフが自然を代弁してノーということ。それは、自然が喜んで生産した紛れもない最高品質であることを偽らない、ということでもあるからだ。
 この店は、スパイスとシェフたちと、そして自然との仲介者。かけがえのない店なのだ。

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Text by Aya Kishinobu
Photo by Tetora Poe

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