ブルックリンやポートランドに群れをなして棲息するヒト科の新種「ヒップスター」は、独特な行動様式を持つ動物で、それゆえに世界中から観察の対象になっている。
飲料ではクラフトビールを好み、食事は無農薬食材を地産地消、オスはあご髭を剃らず、シャツは夏も冬も木綿のプレード柄。足下はワークブーツで決め、テレビ、ラジオや新聞にはいっさい目をくれず、映画は外国のインディ作品中心…といった具合だ。
そんな頑な彼らが近年「住生活」において強ーいこだわりを見せるのは、インテリアや家具のリサイクル。わけても、解体現場から回収された「廃材」の再利用だ。
雨風に晒され腐敗した、限りなく瓦礫に近い廃材が、ひとたび再利用されるとリクレームド・ウッド(reclaimed wood)と呼ばれ、環境に優しくかつカッコいいアイテムとしてもてはやされる。
来日したあの有名ハンバーガー店もリクレームド使用
ブルックリンのウィリアムズバーグやブッシュウィックあたりの小洒落たブリューパブ(生ビールバー)やラーメン店では、競い合うように内装(とくに壁材)にリクレームド・ウッドを採用している。最近では、手作りハンバーガーチェーン「シェイク・シャック」の店舗までがリクレームド仕様。ある種、「ウチはエコでございます」という企業の所信表明にもなりつつある。
昨今、やたら目につくリクレームド(以下、ウッドは省略)。いったい、ヒップスターたちはどうやって入手しているのか?一般人でも購入可能なのか?
調べてみるとリクレームドを専門的に扱う店は数えるほどしかない。なかでもBIG REUSE(ビッグリユース)が老舗で大手の専門店。倉庫権ショップが2店舗あるが、とりあえず筆者自宅の近所にある「アストリア店」へ行くことに。
…近いと思ったら、最寄り駅から歩くこと30分以上。ガラの悪いゲットー地区を足早に抜けると、死体が浮いていても不思議ではないイーストリバーの川岸の殺伐きわまりない古い工場街の片隅に、ようやくビッグ・リユース現れた。
圧巻!総面積ウン万平米
テーブル、イス、キャビネット、システムキッチン、床材、ドア、大型家電そしてバス、トイレ。総面積ウン万平米の広大な倉庫には、今回お目当てのリクレームドはもとより、ありとあらゆる住宅関係の材料と調度品が整然とストックされている。この「すべて」が再利用商品。
「古い建材の面白さは、なんといっても、いまではもう決して手に入らないものがあるところさ」。今回案内してくれたのは、スティーブ・ハスキンス、ブロンクス出身の生粋のニューヨーカーだ。
「昨年度は約200万ドル(2億5千万円)を売り上げた」とのこと。うむ、家具リサイクルや再生材の市場は着実に伸張している。
気になる商品の入荷ルートは、主にdeconstruction=解体作業とdonation=寄贈の二系統。解体作業には通常、廃棄物処理の手間と経費がともなう。そこを解体業者やテナントの肩代わりをして引き受けるのがビッグ・リユースなのだ。
「廃棄経費は馬鹿にならない。そのうえ、廃棄物のほとんどは埋め立て式ゴミ捨て場で処理されてしまう。中には、100〜200年前の貴重な家具や建材があるんだ。もったいないだろ?」。解体・寄贈それぞれに回収部隊があり、ひっきりなしに入る連絡を受けて毎日、走り回っているそうだ。
「ドア」のコーナー。扉や窓枠の規格が統一されているアメリカでは扉を自分の好みに代えるなど日常茶飯。「副校長室」のプレートがまだ付いているなんてものもあった。
ヒップスター、土日の遊び場は「廃材倉庫」
取材中、「ヒップスター」系の人種が入れ替わり立ち替わり、やってきては小物や建築資材を物色していた。オシャレなジャケットで決めた髭面の二人組は、ファッション写真のセットデザイナー。撮影に使えそうな小道具を探しに来ていた。
月に一度の頻度でビッグリユース使うという。「欲しい物を求めて来るわけではなく、ここに来てから見つけるのさ」
さて、いよいよお待ちかね。売り場の半分を占めるリクレームドのストックを見せてもらう。ちょっとした製材所の様相だ。
リクレームドの出所は様々。たとえば、ベニアのフラットシートは、隣接する木材問屋が地上げ(?)で引っ越したときに新品をただ同然で譲り受けた。工事現場の「足場」として役目を果たした古材なんかは、「庭のデッキや家庭菜園のフレームに最高だよ」
主に解体の現場から回収されたリクレームドは、風雨や湿気に晒されているためそのままでは売り物にはならない。まず、室内でしばらく自然乾燥させてから、さらに 専用の機械で人工乾燥させる。さもないと、再利用の際に変形や歪みが生じてしまうそう。乾燥が終了すると、自前の製材機で板材や角材に加工する。
木材や木製品のリフォームといえば、「桐ダンス再生」の例をあげるまでもなく、わが国にも豊かな伝統があったではないか!ライフスタイルの近代化ですっかり忘れてしまった「木の国」日本のお家芸に、ふと、クィーンズの製材機を見て思いがゆく。
「絶対に入らない木材」も、ズラリ
こうして、すぐにでも使える建材として蘇ったリクレームドの中には、今日の伐採規制でほとんど入手困難な秀れた木材もある。「たとえば、グリニッジビレッジのアパート解体で出たこちらの廃材、シロマツ、アメリカツガ、トウヒなどはいまではほぼ手に入らない。僕らの力で完璧に再生させたものだけど、製材は推定1840年代だ」とスティーブ。
150年以上前のヴィンテージ材木、ということは伐採時にはすでに大木であっただろうから、樹齢はさらに100年プラスだ。再生材に生まれ変わって値段は1フィートあたり6〜10ドル(1,000円前後、板の幅によって違う)。これは決して高いとはいえない。
19世紀、鉄筋工法が生まれる前のニューヨークの建築では、硬くて丈夫な材木が命だった。それを現在に蘇らせるのがリクレームドの魅力。単に「古くて珍しい」「リサイクルで環境に優しい」だけではないのだ。なかには、トウヒやマツのように、きちんと再生されると微香を発する材木もあり、通人の間では人気だ。
給水タンク、実は「お宝」
「希少価値という点で最も人気が高い再生材を特別に見せて上げよう」。スティーブは、木材置き場のさらに奥に取材班を導き、仕切りで分けられた一角に連れ込んだ。幅10センチ長さ2メートル余の黒ずんだ木材が、井桁に組んで積まれている。「ウチのダイヤモンドさ。何の廃材だと思う?」答えに窮していると、「給水タンクさ!」
ニューヨークの名物でもある円筒形の給水タンクは、6階建て以上の高層ビルでは水圧調整のために設置が義務づけられているが、昔からその素材には木製が好まれている。カリフォルニア産のレッドウッド(セコイア)が、保温性と耐久性(90年以上)に優れている上に、腐敗ので水質に悪影響がなく人気だった。
ところが、現在では同樹が絶滅危機種に指定され伐採が禁止されているため、タンクは金属製に代わられつつある。そんな中、老朽化した木製タンクが年に1回ぐらいの頻度で解体されることがあって、タンク業者と密接な関係を持つビッグリユースではその時に、セコイアの廃材を買い取るのだ。
絶対に入手不可能なセコイア材。クジラの肉か象牙みたいなものといったらたとえが悪いか?
実際に保管されている給水タンクからとれたセコイア
太古の昔から地球の森に君臨してきた大木セコイアの再生材はストーリーもあって、しかも丈夫で香りも立つ。リクレームド・セコイアと聞いて色めきだったら、それは「ヒップスター」系の成功者の証しだ。「いまここにあるのはまだ乾燥中。時々、すぐに売ってくれと懇願されるけど、時期が熟すまでは手放せないよ」
将来は、製材部をさらに拡充して、セコイアのような高級再生材の販売に力を入れたい。そうすれば、少しでも通常のリサイクル活動が楽になるだろう」というが、
「僕たちが目指すのは金儲けではない。ゴミ処理場へ回される解体廃棄物や遺品を少しでも社会に還流して無駄を減らすこと。だから、商品の仕入れ/販売サイクルを高速化するのが何よりも大事なんだ。非利益団体だから運営は苦しいけどやりがいがあるよ」と笑うスティーブ。
最後に見せてくれた作業中のプロジェクトはボーリング場のレーン廃材の再生。ニューヨーク州の北部からの「出物」という。レーンはきわめて硬質なカエデ材なので貴重。とくに螺鈿技術で埋め込まれたエイムスパット(三角の目印群)を残しながら、テーブルトップや家具に改装する。「こういう遊び心のあるリクレームドが大好きなんだ」とスティーブ。
思わず、膝を打ったが、このほど日本に進出した「シェイク・シャック」はブルックリンのボーリング場から出たレーン廃材を東京店の内装に使用していると聞いて、ブームの過熱を案じないではいられなかった。廃材欲しさに給水塔やボーリング場が襲われませんように。
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Photos by Kohei Kawashima
Tex by Hideo Nakamura