ノスタルジーに、どうしようもなく浸らせる。 失くなった建物を蘇らせる「ミニチュアアーティスト」、Randy Hage

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まずこちらをご覧いただきたい。

CBGB NYC miniature

 ニューヨーク、マンハッタンのバワリー315番地にあった老舗ライブハウス、CBGB。1970年代のニューヨークパンクの全盛期にザ・ラモーンズやパティ・スミスら多数のパンクミュージシャンがステージに立ったが、2006年に惜しまれつつ閉店した伝説の店だ。

Katz's Deli miniature Front

これはローワー・イーストサイドにある人気店、KATZ’S。観光ガイドブックにも必ず載っている、ユダヤ系のニューヨークで最も古いデリカテッセンだ。

 いま見た二つの建物の写真。旅行者が撮ったものでも、お店のホームページにあるものでもない。あなたがこの写真で見ているお店は、幅60cm、高さ50cmの空間にある「ミニチュア」。
 失われた店先を蘇らせるアーティスト、Randy Hage(ランディ・ヘイジ)による作品たちなのだ。

Randy Hage - Pearl Paint

 先程のKATZ’S、上が実際の店の写真。下が、ランディのミニチュアだ。

katz's comp

「15年」。没頭した製作生活

「なんでロサンゼルスよりもニューヨークの方が好きかって?説明できないよ。化学反応みたいなものだったんだ」
 
 ロサンゼルス出身のランディ。初めてニューヨークを訪れたのは、1990年代後半。ソーホー地区に並ぶキャストアイアン建築の建物(1840年代から取り入れられた鋳鉄を用いた建築様式で、外側に取り付けられたハシゴ、大きな窓、柱が特徴的な歴史的建造物)の写真を撮りたいという理由から同地を訪れた彼は、飛行機からニューヨークに降り立った瞬間、この街に恋に落ちた。

 街を散策する中で、至る所に佇む歴史が詰まった建築物に心惹かれたランディは、ある決心をする。
「ニューヨークの色彩豊かな建物や店先をミニチュア作品として残したい」

 以来、年2回ほどニューヨークに足繁く通い、目当ての建物に印をつけた地図とカメラを抱え、1日6時間から8時間マンハッタンやブルックリンを歩き回る。建物を写真に収め、ロサンゼルスに帰っては撮った写真を元にミニチュア製作活動に没頭する生活を続けること、約15年。撮りためた写真は約600枚、製作した作品は約24にも及んだ。

 すべて、ミニチュア作品。

mcsorleys with NYC subway token for scale

Nick's Luncheonette miniature

NYC Bodega gumball machine w hand

Ray's Grocery with hand

miniature trash cans

自力で一から身につけた技術

 驚くべきことに、アートスクール出身でない彼。いかにしてこのようなマジカルな技術を身に付けたのか。

 ミニチュアとの出会いは幼い頃、両親に連れて行かれた展覧会で見たミニチュアのアパート模型。それ以降これといってミニチュアとの接点は何もなく、大学生時代はスタジオミュージシャンになるための勉強をしていた。
 しかし、その道で職を見つけることは難しいと教授から指摘を受け途方にくれた22歳の時、ひょんなことから友人とミニチュアショップ(趣味のためのミニチュアフィギュアやドールハウス、鉄道模型の部品などを売る店)を経営することに。

 ハリウッドに近い土地柄から、映画のセットや小道具係が部品を求めてよく店を訪れ、やがて一緒に働かないかと誘われるようになった。ミニチュア製作の経験がないランディは、スタジオの現場でセットデザイナーとしての技術を一から学ぶことになったのだが。「隠れた才能だった。自分のためにすでに準備されたかのような仕事に出会った。そう思った」

lenox lounge miniature front 2
lenox sign construction 4

 やがてCGIが台頭し、仲間の映画セットデザイナーたちが職を失っていく。それでもミニチュアショップの経営を続けたランディだったが、オンライン販売でミニチュアの部品が購入できるようになってから顧客の数は減り、店仕舞いを考えはじめた90年代後半。
「好きなことをしている人たちのために、自分は長い間ずっと働いてきた。だから今度は誰かに何をするか指図されずに、自分でやりたいことをしたい」。その想いが彼をニューヨーク行きへと導いた。

yonah schimmel comp
左が実際の店、右がランディのミニチュア。

失われていく場所をミニチュアで残す

 コンピューター、CGI、インターネット販売という3つのテクノロジーの波に左右されて行き着いた先。それは、アナログでノスタルジックなミニチュア職人だった。

 ニューヨークという街と建築物に惚れ、初めこそ自分のための創作プロジェクトとしてはじめたミニチュア製作だが、訪れる度にあることに気づく。「この前まであった建物が取り壊されなくなってしまっている」

 ジェントリフィケーション(低所得者層の居住地域が再開発や文化的活動などによって活性化し、結果、地価が高騰すること)に伴う家賃の高騰の煽りを受け、立ち退きを強いられる店が暖簾をたたみ消えてゆく。街の変化の激しさと不動産事情を痛感した。「お気に入りの店やレストラン、建物がなくなると、なんだか友だちを失ったみたいで辛い気持ちになるよ」
 地域住民たちも自分たちのコミュニティーの急速な変化には戸惑いを隠せない様子だ、とランディ。建物を撮影する彼を土地開発関係者か不動産関係者に思い、怪訝に見つめ、声を掛けてくる地元住人も多いという。

Randy Hage shop photo 1

「ミニチュアにしようと思った店のオーナーとなるべく話すようにしている。そこで、その地区の歴史や家族、エリアの変化についてなど聞くんだ。彼らには、開発に伴う犯罪率の減少や街の美化、公園など新しい公共施設の建設を喜ぶ気持ちと、家賃の高騰などを恐れる気持ちが混在しているようだ」

 変化は避けられないことだし、止めることはできない。それでも、いま存在するものに責任感を持ち、敬意を払いたい。自分のミニチュア作品を通して、人々がその店への個人的な思い入れや思い出に浸れたら、とランディは願っている。

pearl paint miniature front

 展覧会での人気作品は、キャナルストリートにあった美術用品店「Pearl Paint」。かつて同店によく通っていた人々から懐かしむ声が上がった。

Mars Bar miniature

 イーストビレッジにあったバー「Mars Bar」。閉店した際にバーカウンターを買い自宅に取り付けたほどそのバーが好きだった常連の男性客に買われた。

pearl paint randy working

 1日6〜8時間作品に向き合う。一つの作品が完成するのにかかる期間は約1ヶ月半。ペイントを乾かす時間などを無駄にしないためにも複数の作品を同時進行で製作する。

「アーティストって常に作品に取り掛かっているようなもの。食事をしているときだって作品のことを考えているし、作品の夢だって見るし、散歩している時に目に入る道端のゴミでさえも、ミニチュアにしたらどのくらいの縮尺になるかな、なんて考えたりしてね」。 気分転換になるような趣味は?と彼に尋ねたら、こんな答えが返ってきた。
「趣味はないさ。趣味はこの仕事だよ」。彼は24時間、アーティストなのだ。

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All Images Via Randy Hage
Text by Risa Akita

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