真紅のコートをここまで着こなす人もなかなかいない。彼女を初めて見たとき、そう思った。
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Pearl Perri(パール・ペリー)、35歳。職業、ヌードモデル。
真っ赤な髪に完璧なネイル、鼻ピアスに厚底ブーツ、スキニーパンツに背中のタトゥー。
外見から彼女の過去を探ろうとするのは無理だ。なぜなら、「肌の露出禁止・派手な色の服禁止・パンツ禁止」と女性に厳しいドレスコードを課す「超正統派ユダヤ教」の出身なのだから。
過去の自分とコミュニティを捨て、いまはヌードモデルだけでなく、ヌードモデルエージェンシー/アート・デザイン会社経営者として新たな人生を歩むパール。クライアントとのミーティングに子どものお迎えに(4児の母でもある)と多忙な合間に、車中インタビューを試みた。
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スカートに長袖。男をたぶらかすなと髪も剃られる
ひとりの厳格宗派の女性が、ドレスコードを無視しファッションモデルならず、あろうことかヌードモデルになった。
肌を極力隠せとされる世界から、一糸纏わぬ世界へ。180度違う環境に足を踏み入れた彼女は現在、自身がデザインする服やジュエリーブランド「PearlPerri(パールペリー)」の広告塔として、そして自分のアート作品のキャンバスとなるためヌードになる。
時にはボディペイントを施し他のヌードモデルと一緒に街を練り歩き、ミュージックフェスティバルにも呼ばれパフォーマンスすることだってある。
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Image via Pearl Perri
生まれはイスラエルのイェルサレム。超正統派ユダヤ教徒「Hasidic(ハシディック)」の家庭に生を受け、ラビ(ユダヤ教の指導者で地域のリーダー的存在)であった父の決断で、10歳でニューヨークに移住。世界でも最大のユダヤ系コミュニティであるブルックリンのBorough Park(ボロ・パーク)で厳格な暮らしを送ることとなった。
ハシディック、あまり馴染みのない言葉かもしれない。彼らの住むその世界は、俗世と程遠い。旧約聖書の教えに基づく613の戒律を守り、男性は黒い服装に黒い帽子、長いひげともみ上げ、女性は膝下スカートに長袖。中にはウィッグをつけている女性も。それは、他の男性をたぶらかしてはならないと結婚するときに自毛を剃られてしまったからだ。
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パールの家庭では、髪の毛こそ剃らなくてはよかったものの、自毛を見せるのはNG。肌を見せるのもご法度で、いつもロングスカートにストッキングといった出で立ちだった。
「外の自由な世界を知らなかったから自分の生活が普通と違うと実感できなかった。でも薄々自分の置かれている環境や社会に何か違和感を感じていたわ」
テレビや映画を見る環境にもなく、ラジオもない。異国の奥地での生活ならまだわかるが、20年ほど前のニューヨークでだ。18歳まで「セリーヌ・ディオンの曲さえも聞いたことがなかった」。
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良き妻としてのプレッシャー、泥沼化した離婚
彼女の人生はさらにがんじがらめとなっていく。18歳の「お見合い結婚」だ。
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「ハシディックの女性に求められるものは、『良き妻、良き母であること。子どもをたくさん産み、家は常にピカピカ、料理は完璧』。これができなければ、女性として尊重されないのよ」。両親が決めた保守的なハシディック男性と結婚させられ、24歳のときにはすでに子どもが4人いた。
既婚女性は専業主婦に徹するのが基本、アーティスト等クリエイティブな職業に就くことは「はしたない」とみなされるハシディック社会。ファッション好きだったパールは学校教師として働いていた傍ら、ハシディック女性のためのウェディングドレスデザイン会社を経営していたという。
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伝統的な女性の枠にはまらず仕事をこなし、自由を求めていた妻のことを当然よく思わなかったのは元夫だ。彼女のスニーカーを勝手に捨てたり、娘に「お前の母親はふしだらな女だ」と言ったことも。当然結婚生活には常に暗雲が立ち込め、彼女の頭には離婚の2文字がくっきりと浮かび上がっていた。
パールは離婚を主張するも、元夫とその家族、自分の両親からも猛反対。それ以前にハシディック社会では、基本的にラビが承認しないと離婚は成立しない。最終手段として彼女は、テレビ番組やメディアに登場し自分の主張を公にすることにした。バッシングの嵐を受け後ろ指をさされながら、彼女はコミュニティを去った。5年前のことだ。
再び得た「自分の体」。ヌードモデルとしての第二の人生
やっとのことでコミュニティから抜け出したパールが直行したのはモデルスクール。以前から密かにモデル業に憧れていたからだ。事務所に売り込みを続け、見事GAPやEXPRESSなどのファッションモデルに抜擢された。
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やがてモデル業のみならず服やジュエリーデザインまで手掛けるようになり、ブランド「PearlPerri(パールペリー)」を立ち上げた。
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Image via Pearl Perri
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Image via Pearl Perri
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Image via Pearl Perri
ブランドのモデルはヌードのパール、そしてサイズもボディシェイプも肌の色も違うヌードモデルたち。
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Image via Pearl Perri
「ヌードのほうが『正直』になれる気がしたから。生まれたままの姿になることで、外見の飾りに惑わされず、自分の素直な気持ちを伝えることができるの」
厳格コミュニティで、肌を見せることが恥、罪、卑猥であると叩き込まれてきた少女時代、妻として夫の所有物のように扱われた自分の体。彼女にとって、ヌードになり自分の体を解放することは、「再び得た自由」を意味するのだ。
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自分のプロダクトやアートだけでなく、性的虐待やドメスティックバイオレンス反対、女性の権利向上といったメッセージを伝える手段としてヌードになることもある。
「ファッションをプロモートするのではなく、デザインやコンセプト、社会的意識をヌードを通して表現しているわ」
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Image via Pearl Perri
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Image via Pearl Perri
自由になった現在でも10、12、13、14歳になる子どもたちの親権争い中、彼女の決断を許していない家族、とゴタゴタはまだ続くが、過去の自分と同じように悩むハシディック女性たちの相談役にもなっているパール。離婚を考える女性や、夫からの抑圧に苦しむ妻たちにアドバイス、弁護士やソーシャルワーカー、セラピストを紹介しサポートする。
「私にとってヌードとは“力を得ること”、“自立すること”。心身ともに裸になる、つまり自分のアイデアやアート、クリエイティビティを正直に表現するプラットフォームよ」
「Nude is honesty(ヌードとは正直になること)」。一聞すると少しありふれた常套句のように聞こえるかもしれない。しかし、自分の体を自由に表現することに制限があった社会でひとり戦ってきた彼女が言うその言葉は、芯の通った自尊心にしっかりと支えられていた。
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Pearl Perri
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現夫も元・超正統派ユダヤ教徒。6年間、彼女を支えてきた最愛のパートナーだ
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All interview photos by Miki Takashima
Text by Risa Akita