「料理や車の修理、シンクの修繕。わからないことや質問があったら現代人はYouTubeに答えを探しにいきます。神や聖書についてわからないことがあったとしても、同じ。YouTubeに行って答えを見つけることができるのです」
「みんなに聖書を体験してもらいたい」とYouTubeチャンネルとしてスタートした「BibleProject(バイブルプロジェクト)」。聖書の教えや物語を、3分から8分の動画へと描きだし、世界の数百万人の視聴者に届ける。
再生回数の高い〈YouTube聖書〉
聖書にはおもしろい話がたくさん詰まっていたりする。贅沢ばかりを続ける親不孝な息子にも深い愛と許しをあたえる父を描いた「放蕩息子のたとえ」や、5つのパンと2匹の魚を増やして5,000人の人々に食べさせる「イエスの奇蹟」、相手が神だとは知らずに夜通し取っくみあいの喧嘩をして勝ってしまう「神と格闘するヤコブ」。66巻からなる聖書には「イエス・キリストが救い主である」という主たるメッセージのもと、愛や闘い、慰め、救い、戒め、試練などのさまざまなテーマにそったストーリーが展開されている。
しかし、使用されている言語や分厚いボリューム、登場人物の多さ、“神”や“スピリチュアル”な箴言が厳かに収められているという印象から、難解でとっつきにくいと感じる人も多い。この現状に対し、米オレゴン州の神学者ティム・マッキーとライター/クリエイティブディレクターのジョナサン・コリンズが「どうやったら難解な聖書を、わかりやすく理解してもらえるか」を追求。出した答えは「聖書にまつわるアニメーション動画を作り、YouTubeで配信しよう」だった(ちなみに、「ティムはひょうんなことから神学の大学院生になった元スケートボーダーです」とのこと)。
アニメーションスタジオ「バイブルプロジェクト」を2014年に立ち上げ、これまでに160本ほどの動画を制作。「聖書ってなに?」という基本中の基本から、「聖書の読み方」というハウツーもの、神、聖霊、寛大さ、救世主などという聖書のテーマや、強さや罪、愛、悪霊などの聖書の精神性や教訓を扱う。1本の動画につき、再生回数は10万回から100万回。スペイン語、ドイツ語、ロシア語、中国語、フランス語、タイ語、ベトナム語、ポーランド語、ハンガリー語などにも翻訳され、200ヶ国以上で視聴されている。
誰もがアクセスできるYouTubeとしてスタートし、世界で“読まれる”ようになった〈YouTube動画聖書〉の“7分”の動画作りや番組構成などについて、戦略チームのマイク・マクドナルド氏に取材した。
(取材は2020年。当時コロナ禍、いっときぐっとやることが減った編集部は、社会の根本的な価値観が変わりゆく予感のなかで宗教の現在地についての探究を進めていました。寝かせすぎていたまぼろしの宗教特集…を公開中)
HEAPS(以下、H):バイブルプロジェクトは、YouTubeチャネルとしてはじまりました。これまでにも、聖書を解説するテレビ番組や動画、聖書に基づいたストーリーを映画にした『ベン・ハー』『ジーザス・クライスト・スーパースター』など、聖書と動画という組み合わせはありましたが、バイブルプロジェクトの動画の特徴は?
Mike(以下、M):まず第一に、私たちの動画は、映画やアニメのように、エンターテーメントとしてつくってはいない、ということです。モーゼを描いた『十戒』のような大掛かりな映画でもないし、ドリームワークスが手がけるような超大作アニメーションでもない。みんなに聖書というものを理解してもらい、少しでも読んでもらえるようなきっかけとなる動画を手がけています。
H:やはり、聖書って、アプローチしにくい本なのですね。
M:聖書は世界で一番読まれている本として多くの人々に読まれていますが、クリスチャンであってもクリスチャンでなくても、アプローチするのが難しい本です。どこから読みはじめていいのかもわからなければ、どのように文脈を理解したらいいかわからないところもある。
H:聖書を開いてもらうために、まずは現代人が見慣れた動画で興味を持ってもらおうと。YouTubeを選んだのは?
M:YouTubeは地球上で一番大きな動画プラットフォームで、Googleに次いで世界で2番目に使われている検索エンジンです。いろんな国に浸透していますし、世界のみんながYouTubeのことを知っています。いまの時代、車の修理にしたって、シンクの修繕にしたって、どうやるかわからなければ、まずはYouTubeにいき、チュートリアルを見ますよね? 神や聖書についても同じ。YouTubeで答えを探す人も多いでしょう。
H:現在の日常行為において、普通の選択肢だと。
M:YouTubeの検索エンジンで「神はだれ?」「イエス・キリストってだれ?」「聖書を読みたくない」というワードで検索した多くの人たちが、私たちのチャンネルにたどり着きます。私たちのビューアー数の多くは、もともとバイブルプロジェクトについて知らなかった人たちです。
H:ビューアーの層を教えてください。
M:若い世代ですね。15歳から35歳くらい。YouTubeのメインビューアー層に合致しています。そして、これが教会がリーチしたい層でもある。
H:ある動画でセックスという言葉が出てきたので、あまり幼少向けではないのかなとは予想していました。
M:私たちの動画は、子どものためでなく大人のためにつくられています。聖書は子ども向けの本ではありません。殺人に飲酒、それも泥酔など、ありとあらゆることが描かれていますから(笑)
H:アダルトコンテンツですね(笑)。チャンネル登録者は数百万を超えています。どうやって増えていったのでしょう?
M:オーガニックに増加しました。マーケティング的な戦略はおこなっていません。広告も出していませんし。どちらかといったら、YouTubeが私たちのために“マーケティングしてくれた”という感じです。
H:どういうことですか?
M:ユーチューブは、ビューアーのサイト内の滞在時間を最長にするために、アルゴリズムを利用して、離脱が少ない動画へと誘導します。私たちの動画は、離脱率が低いのです。5、6分の動画だったら、最後まで観る率が高い。
H:なるほど。
M:あとは、ライセンスの問題があるNetfilxやfuluなど有料プラットフォームと違い、YouTubeの動画は第3者によって広まるでしょう。教会やウェブサイト、個人のFacebookなどで共有されまして、これが拡散に繋がりました。
H:でも、拡散されるにはいい動画でないと。
M:クオリティの高い動画コンテンツをつくるために、お金はかけました。劇場上映できるくらいの、ピクサー並みのクオリティで(笑)。やはり質のいい動画であれば、みんな自分たちの知り合いやSNS上で共有したくなります。フォロワー数が200万人のインスタグラマーが、私たちの動画について投稿したことなどもあって、そういったオーガニックな方法で急成長していきました。一時、「God(神)」 という単語でグーグル検索すると、最初にヒットする動画が私たちの動画でした。で、2番目がカニエの動画(笑)
H:ラッパーのカニエ・ウェスト、『God Is』や『Follow God』など、Godのつく曲出してますもんね。さて、手の込んだ質のいい動画を作るのには多くの制作費が必要ですよね。しかも無料で配信しているのならなおのこと。
M:1,500人から1,600人くらいの有志の支援者が、毎月20ドルから25ドル(約2,700-3,300円)くらいを寄付してくれています。“パトロン・モデル”ですね。毎年8本から20本のビデオを制作しています。
H:動画の制作についていろいろ聞きたいことがあります。バイブルプロジェクトの動画はだいたい5分から8分です。この分数は計算済み?
M:動画は短ければ短いと聞きます。理由にはいくつかありまして、まず短い動画だとわかった方が、人は見る時間をつくる傾向にあるという。
H:確かにそうですね。予定を立てずとも時間をつくれる尺の動画だと。
M:また、短くした方が、本当に伝えたいメッセージが伝わりやすい。それに、いまの若い世代は短い動画に慣れていますし。
H:IGやTikTokは秒単位ですもんね。
M:YouTube配信の動画なら、分数は自由。8分必要なら8分で、5分だけ必要なら5分に集約できる。聖書のストーリーやテーマを扱うとなると、ある程度の分数が必要になってしまうものもあります。ただ、ユーチューブにおいて、動画を10分以下に短く収めるのは大事なことだと思います。10分以上の動画だと、ビューアーの半数は離脱してしまうでしょう。
H:聖書のストーリーを10分以下の動画にしていく。ここも興味深いプロセスです。聞くところによると、神学者であるティムが聖書のなかから伝えたい内容を整理し、ジョナサンと数日かけてディスカッション。ライターでもあるジョナサンが、その内容を数分の動画用の脚本へと落とし込む、とか。
M:そして、デザインチームと一緒にストーリーボードを作って、イラストを用意し、アニメーションのチームに渡します。
H:動画のナレーターは、ティムとジョナサンですね。2人が掛け合うようにして話を展開、解説していくパターン。
M:ティムの方が「教え役」で、ジョナサンの方が「学び役」です。
H:ある動画では、ジョナサンが「聖書は、いつの時代も人々に影響をあたえる本。でも、いったいどんな本なの?」と投げかけると、ティムが「ある人にとっては、神から授かった神聖な手引き。またある人にとっては神に関する答えが詰まった神学的な辞書です」と答えています。彼らの話すトーンも、牧師さんのお説教のような重々しいものではない。
M:上から目線のお説教を聞きたい人は多くないでしょう。あくまでも、ジョナサンは誰もが聞くような質問を投げかける。ハイブローな“神学のレクチャー”にはしたくなかったので。
H:ティムやジョナサンが話す単語も「Yeah.(うん)」「Here’s the thing.(つまりさ)」など、くだけた印象。
M:ジョナサンは、ストリートで話されているようなカジュアルな言葉遣い。ティムの方は、実際、ひょんなことから神学の大学院生になった元スケートボーダーですし。“アイビーリーグ(米国の名門私立大学の総称)の詩人”なんかじゃなくて。
H:つくっている彼ら自体が、実際に親しみやすい人たちなんですね。
M:そう、二人はとてもアプローチしやすい人たち。ビューアーが「たまたま自分より聖書について知っている友だち」から話を聞いているような感覚をつくりだしました。
H:話すテンポもちょうどいいと感じます。早くもなく、遅くもなく。
M:「YouTubeケーデンス(ユーチューブのリズム)」というものがあって、これをとても大切にしています。ケーデンスが遅いと離脱してしまう人が増えるんです。特に若い世代。ビューアーに観続けてもらうため、話すリズムを保ちます。
H:話すリズムが離脱率に直結している。
M:動画のどこまでみんな観ているのか、どこで離脱したのかがわかります。1分間で離脱したら、そのあいだでなにが起こったのか。話すスピードが遅すぎたのか、内容がおもしろくなかったのか。なぜビューアーが1分間で離脱したのか分析するんです。それを(その時までに配信していた)全160本の動画でやってみました。3分でつまらなくなったのか、1分で離脱なのか、30秒ですでに去ってしまったのか。視聴完了率はどれくらいか。自分たちの動画を分析することで、次にもっといい動画を作ることができます。
H:動画のビジュアル面についても。どれも質の高いアニメーションですが、タッチがいろいろとありますね。ピクサーのようなアニメの立体的なタッチもあるし、いま風のフラットなタッチもある。
M:16人いるアーティストに、それぞれのスタイルで作ってもらっています。あとは、動画のトピックやどのように物語を伝えたいかによっても作風は変えていますね。
たとえば「神」という大きすぎるテーマがメインの場合は、抽象的なモチーフを。
「聖書の読み方」シリーズでは、アプローチしやすいようにカードをめくっていくようなスタイルに。
旧約聖書の7つの巻を紹介するシリーズでは、ハリウッドレベルのアニメーション。一貫性を保つため、シリーズごとに作風は共通させています。
H:また、ポーランド、タイなど、他の言語ごとのチャンネルもあります。内容は同じ。
M:各国のアニメーションスタジオに、動画をつくり直してもらっています。動画のなかの文字を、すべてその国の言語に置き換えなければいけません。使う言葉も、その土地土地でローカライズしています。
H:コメント覧も賑やかですよね。「バイブルプロジェクトの動画を観ていると時が経つのが早い」というポジティブなものも多い。動画中の発言を抜き出しているコメントだったり、ほかのビューアーの返答など、ビューアー同士のコミュニケーションも活発。
M:私たちがコメントを確認して返信する前に、ビューアーがコメント返信している場合もよくあります。そういった意味でも私たちのプロジェクトはYouTubeなしでは成功しなかったと思います。世界の各地からアクセスできますからね。
世界の教会のほかに、大学でも教材として使われています。ハーバード大学でも使用されているんですよ。バイブルプロジェクトの動画を流すことで、牧師や教授は、本来1時間かけて伝えたいメッセージを10分以下で伝えることができますから。
H:YouTubeと聖書、両者は、意外にも相性がよかった。
M:YouTubeは、料理など生活する上でのいろいろなことを学べる。聖書も同じ、人生のいろいろなことが学べます。詰まるところ、どちらも「オープンソース」ということですね。みんながアクセスでき、学べるのです。
Interview with Mike McDonald of The Bible Project
Photo courtesy: The Bible Project
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine