ヒリヒリ尖ったマスタングも時代とともに丸く堅実に。半世紀のアイコンカー、「若者と車」のはじまりを振り返りつつ

初代マスタングデビュー時、30分の紹介番組が3つの大手テレビ局で同時放映。「全米の半分以上の家のテレビ画面にマスタングが映し出されることになります」(1964年お披露目スピーチより)
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真っ赤なチェリー色した俺の1966フォード・マスタング/385馬力のエンジンを積んで/高速道路をのろのろ走るには、ちょいと速すぎるぜ

(『マイ・マスタング・フォード』チャック・ベリー、1965年)

50年代アメリカン・ロックンロールの歌い手チャック・ベリーがそう歌ってティーンを踊らせたなら。60年代のサーフ・ロックの弾き手ディック・デイルが、『ワイルドなワイルドなマスタング』とはじくギターの弦で若者の耳を刺激したなら。マスタングが「若者たちの車」であったことに疑いようはない。
「野生の馬」を意味するアメリカ車のすばしっこいヤツ、マスタング。半世紀のあいだ、映画と歌に幾度も登場しつづけ、若者文化のアイコンとしても駆け抜けてきた。

が、5年前、第6世代のマスタングは、そのレトロデザインを抑え現代に適応。そして今年登場したマスタングは、エンジンを捨て、時代の要求に応える〈電気自動車〉に姿を変えた。

昔のあの姿を知っていると、正直、ヒリヒリと尖っていない。が、これが時代と若者へのマスタングからの答えである。“元祖ポニーカー”、若者が車を持つことを、ライフスタイルとカルチャーにしたマスタングだからこそ、気になる。ユースカルチャーをつくってきたマスタングは21世紀を、いまを生きる若者と、どう走るのか。生みの親フォードにコメントをもらいつつ、マスタングの歴史を振り返りながら考えてみる。


1964年/1965年ニューヨーク世界博覧会にて。初めて公然に登場したマスタング。

みんなのフォード、若造たちのマスタングの誕生

「フォード・モーター・カンパニー、それはユースムーブメント(Ford Motor Company Is: A youth movement)」。1965フォード・マスタングの広告に刻まれたコピー。フォードは、いつの時代も、みんなの、そして若者たちの生活と興奮を加速する車を作ってきた。

 その117年の歴史は「誰でも手に入れられるような車づくり」にはじまる。1903年、米ミシガン州でヘンリー・フォードによって創立。5年後の08年には、ベルトコンベアによる世界初の車の大量生産でT型フォードを生産し、誰もが買えるような価格の質の良い車づくりを実現した。米国にモータリゼーションをおこし、ゼネラルモーターズ、クライスラーとともにビッグ3として、世界の自動車産業を牽引。その後、高級車ブランドのリンカーン、中間ブランドのマーキュリーなどを発売するもいずれも爆発的なヒットにはならず。スーパーカー「マスタング」が誕生するまでは。


フォード創業者ヘンリー・フォードとT型フォード。ヘンリー・フォードの理念「大衆のために、大きすぎず小さすぎず、かつ自分で修理できる自動車を製造する…ある程度の収入があれば誰もが購入できる値段とする」を目指した。さらに、アフターサービスという概念も生み出したことでも知られている。

ヘンリー・フォードの息子、ヘンリー・フォード2世とマスタング。

「おはようございます、みなさま。人生でもっとも誇るべき瞬間へようこそ」

 1964年、ニューヨーク万国博覧会、初めて公衆の面前へ。ついにお目見え、マスタング。開発・営業責任者でマーケティングの敏腕、若干35歳でフォードの副社長、実質的トップになったリー・アイアコッカは、こうスピーチしている。

「マスタングは“アメリカの若さ”を念頭においてデザインした車です。率直にいいますと、我々はアメリカの若者たちを乗せることに非常に興味があります」。


リー・アイアコッカによるスピーチ。

 当時の米国は、戦後生まれの若者(ベビーブーマー世代)が運転できる年齢に到達した頃。

「来年(65年)までに、米国の人口の40パーセントが20歳以下になります。16歳から24歳、この層が急速に成長します」。

 お金がそこまでない若者たちでも買える「低価格」、彼らがかっこいいと思える「コンパクトでスポーティーなボディ」。「若者でも手に入れられるような車づくり」へのフォードからの初めての回答が、マスタングだった。


「ぼくわたしのはじめての車」から「思わず振り向いてしまう電気自動車」へ

 マスタング、別称「ポニーカー」。フォードがマスタングにあたえたニックネームで、60年代の米国にて、若者たちが最初に手に入れる手頃な価格のコンパクトなスポーツタイプの車のことを指し、マスタングはその元祖といわれる。ゼネラルモーターズのシボレー・カマロと人気を二分化し、その後、ダッジ・チャレンジャーをはじめとするポニーカーブームを生み出した。



 当時のティーンには憧れの車。アイアコッカがスピーチでこう裏付けする。

「ルイジアナ州のある高校生が『マスタングのファンクラブをはじめる』と我々に宣言しております。なんでもマスタングは『エルヴィスより、ビートルズより、シビれます』らしいです」

 マスタングの大ヒット裏の立役者は、時に車より人間が前に出た「時代ごとの広告」だ。ピクニックやゴルフをしに来た若いカップルや、新居の前に駐めたマスタングを見つめる若夫婦、ビーチまで飛ばしてきた男女グループ、マスタングの側の地べたに座り勉強する大学生カップルの姿も。



さらに秀逸なのは、物語仕立ての「マスタングを手に入れたから俺は勝ち組」広告。



「バーナードは産まれながらに負け犬でした。ソリティア(ゲーム)ですら、ズルをしても勝てないほど。そんなとき、マスタングに出会います。実用的でスポーティー、それでいて絢爛な車。好みにカスタマイズも!(中略)すると、バーナードの運気が変わりました!昨日は、カードゲームのサンフランシスコ戦で勝ちました。次はニューヨーク戦かも?マスタンガー(マスタングの乗り手)は、いつも勝ち組なのです」

「シドニーは毎日曜日、海岸で貝がらを売っていました。そんなある日、68年製のマスタングに出会います。偉大な元祖マスタング。ハードトップ、ファストバック、コンバーチブル。手頃価格なのも気に入りました。“俺のマスタング”をデザインできるからです…さて、シドニーは大金星をあげました。先週は、3人の水着の美女を助けたのです」

 能天気すぎる豪気なこのアメリカン・サクセスストーリーに、当時の若者も心を射止められただろう。またターゲットは若い盛りの青年だけではない。初期から女性に向けた広告も早くから登場している。「買い物主婦の“愛しい人”(マスタングのこと)」という広告では、スーパーの駐車場で買い物袋を抱えた女性を登場させることで、若い主婦層へも訴求した。





「マスタングはアイコンです。世界のスポーツカー愛好家たちに世代や国境を超えて、訴えるものがある。若い世代が欲しがる美しくダイナミックで彼らの熱を掻き立てるような車であります」と話すのは、今回取材した「マスタング・マッハE」のマーケティング部部長、リサ・ティード氏。

 マッハEとは、昨年秋にマスタング家に誕生した初子で、フォード初となる電気自動車だ。「ターゲットは、ひとり立ちした若い世代。思わず振り向いてしまうような車を目指しました」。振り向いてみる…これは、いったいマスタングなのか。

フォード初電気自動車の前に…歴代マスタングたちをここで。



とにかくヒリヒリと型破りだった初代。


マスタングのリアデザインは1967年モデルで変更となり、流れるようなボディデザインに。
このデザインは、初代マスタングのあらゆるパーツの中において、最高のデザインと評されている。








日本へも上陸した五代目。最新テクノロジーを搭載し丸みをもたせイメージチェンジした六代目、現行モデルの七代目。昨年には5年連続で世界で一番売れているスポーツカーに輝く。また北米では「女性にもっとも売れているスポーツカー」でもある。北米のみならず、中東や欧州でも根強い人気がある。

「かっこいい車を持っている。そしてそれが、電気自動車でもある」

 マッハE、愛称エレクトリック・ポニーは、確かにマスタング家の末っ子だ。しかし、お兄さんマスタングたちにあった、キケンでトガったヒリヒリさがない。「キュートな君を乗せて海岸沿いをひとっ走り」というより「週末のモールの駐車場でしゅっと収まる」。実に落ち着いている。遊びざかりの末っ子というより安心感のあるお母さん。
 フォードが想定するエレクトリック・ポニーのドライバーたちは「ミレニアルズ世代です。30〜35歳くらいでしょうか。新しいもの好きで、最新のテクノロジーに慣れている。そして、環境への配慮も忘れない。若くて前進的な乗り手です」

 どんな産業でも地球への配慮が求められるなか、特に自動車産業における環境問題への配慮は必須項目だ。1968年、カリフォルニアをはじめとする州での排気ガス規制にともない、マスタングの主要エンジンのパワーダウンを経験済みのフォード。エレクトリックポニーでは、堂々の100パーセント電動だ(マスタングの商標ともいうべきエンジン音は、人工的に再現)。かつての「俺の・私のドリームカー」より「家族やパートナーを安全に乗せる、エコで経済的なかっこいい車」。エレクトリック・ポニーの妙な落ち着きは、現代の若者の堅実さにあり?


マスタングは、誰もが認めるいなせな背中だ。ルーフの輪郭線、筋肉質な後背部。「私の25歳の子どもでさえ、その車がマスタングかどうか、後ろから見ただけでわかります」とティード氏。ファンがこだわる赤色3連テールランプ(尾灯)、星条旗カラーの赤白青のエンブレムは、エレクトリック・ポニーにも健在。


「FordPassアプリ」を使用し、充電の進行状況をモニター、充電スケジュールを設定して充電、ネット経由で充電料金を支払えるなど、ハイテク化。

「6、8年前の電気自動車は、大きなバッテリーを積む必要がありましたから、(デザイン面においても走行面においても)限界がありました。しかし(エレクトリック・ポニーは)バッテリーがどこにあるかもわからないデザイン。カギは、『かっこいい車を持っている。そしてそれが、電気自動車でもある』です」

 若者たちをシビれさせることはできるのか? 「マスタングが1960年代からずっと存在しているというのは利点ですね。親のマスタングに乗って鳥肌が立った経験をもつ若者はたくさんいるでしょうし」。エレクトリック・ポニーにはマスタング好きにはわかるデザインの良さがあるのかもしれないが、率直にいうと、他の電気自動車と比べても打ち震えるほどのシビれはこない。だからこそ、「いま、“自分のマスタング”に乗っている」というシビれをあたえられるのは、カルチャーアイコンのマスタングにしかできないこと。
 なんたって、10分のV8エンジン音だけで、映画のワンシーンを完成させたマスタングだ。スティーブ・マックイーン主演のアクション映画『ブリット』(1968年)のカーチェイスシーンで、深緑のマスタングは主役級の存在感を残した。

 マスタングが発売当初から大ヒットした理由が、このプロダクトプレイスメント*だ。その後も、『バニシングin60″』やそのリメイク版の『60セカンズ』『チャーリーズエンジェル』『ナイトライダー』『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』『トランスフォーマー』など、半世紀にわたり映画・ドラマに登場し、若者の車魂に火をつけた。「たくさんの映画やドラマに登場するため、みんなマスタングのことを知っています。だから、たくさんの国でマスタングのファンクラブがあり、熱心なファンがいる」

*広告手法の一つで映画やテレビドラマの劇中において、役者の小道具として、または背景として実在する企業名・商品名を表示させる手法。


映画『ブリット』でエンジン音だけの存在感をみせたマスタング。

映画『チャーリーズエンジェル』のマスタング コブラII。

 エレクトリック・ポニーに、フォード十八番のプロダクトプレイスメントはまだ導入されていない。若者にはどう訴えるつもりなのか。「イベントを開催しました。ライフスタイルやデザイン、食、エンジニアリングなど、さまざまな分野のインフルエンサーを招待して、そこから彼らの視点で車を解釈、彼らの方法で拡散してもらいました。フォードの車には、いつも人間の存在があります。車だけの話じゃないのです」。この辺りはいたってなんのひねりもない、現代的プロモーション。

 そして気になる現代のエレクトリック・ポニーの広告はというと、海岸ドライブ、ホテルの入り口、自宅の駐車場などさまざまなライフスタイルと若者のショットだ。しかし、どこかラグジュアリー感を放っており、近づきにくいオーラが出てしまっている気がする。
 広告よりも、個人的にフォードの限りない“創造性”を感じたのは「車の一部をクーラーボックスにしたパーティー案」。エンジンがないため、空いたボンネット下のスペースに、クーラーボックスとしてドリンクを冷やしたり、シュリンプカクテルやチキンウイング(1000本収納可能)を敷き詰めたりして、パーティーをたのしめるというのだ! 広告を見たときは「ご冗談を」と思ったのだが、米国にはトラックやバンの荷台を使ってBBQをしながらアルコールを飲む「テールゲートパーティー」というカルチャーがあるらしく、米国人からするとあまりおかしいことではないらしいのだ! でも、どうしてもアメリカン・ジョークに見えてしまうのはなぜだろう…。


「マスタングはフォードの心」

 先行予約はすでに満員御礼で、“人生初マスタング”という新規顧客も多い、とティード氏。「マスタングは、フォードというブランドの遺産であり心であり、魂です。そしてフォードは老舗です。信頼性と永続性のある車を作ります。任せてください」

 時代も若者も大きく変わり、マスタング自慢のエンジンを捨てされど。

「マスタングは、普遍的な車ではありませんし、万人の車とはいえません。しかし私たちは、マスタングは、道を走るどの車よりも多くの人の多くのニーズに応えられる車だと信じています」

 アイアコッカが54年前のスピーチで放ったこの言葉は、エレクトリック・ポニーにも通じていると信じたい。

Interview with Lisa Teed from Ford Motor Company

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All Images by Ford
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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