スタジオではなく施設で、モデルではなく難民を撮った。 日本人写真家が、アメリカに伝えたいこと。

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命からがら逃げてきた。家族はまだ祖国にいる。レイプされなくて幸せです。
安心した笑顔と、神妙な面持ち。バラバラの表情をした巨大な顔写真たちは訴える。

『Facing America(アメリカが直面していること)』と題して、アメリカに生きる難民の現状をアメリカに伝えるべく、アートキシビションを行ったフォトグラファーがいる。
異国で自身もマイノリティとして生きる日本人女性、高木秀美(ひでみ)だ。

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「難民」を題材に選んだのは、日本人写真家

 そのエキシビションのために訪れたのは、スタジオではなく教会。出迎えてくれたのは壁に掲げられた19枚の巨大な顔写真。その明らかにモデルではないルックスと統一感のない表情に、思わず「むむ?」。さらにパイプオルガンの優しい音色が響き渡るもんだから、違和感を感じずにはいられなかった。

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「その表情だけ見ると、私たちやご近所さんとなんら変わりないですよね」。
 19人の被写体は全員、自分の命を守るためにやむを得ず母国を離れ、他国に逃げざるを得なかった難民だ。在米17年のフォトグラファー高木秀美は、難民問題の認知度を広げたいと訴える。

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 教会でありながら、積極的にアートエキシビジョンを開催するセント・アン&ザ・ホーリー・トリニティ・チャーチ。「教会からオファーをいただいたとき、二つの選択肢があったんです。自分の好きな題材で撮るか、難民を撮るか。即決で難民でした」。
 自身も移民であり、過去に移民を題材にした多くのプロジェクトを手掛け、同じく移民の夫を持つ高木。「移民と難民は違います。でも私、どうもそういった少数派の立場の人とのコミュニケーションが好きみたいで」。マイノリティであるという共通点が、彼女の好奇心を掻き立てた。

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「レイプの心配がないから幸せです」

 高木は撮影のため、コネチカット州の都市ニューヘイブンにあるIRIS(Integrated Refugee & Immigrant Services、難民・移民サービスセンター)に二度足を運んだ。ここでは移民の人々に、住宅・食品・衣料品の提供をはじめ、英語クラス、運転免許の取得、育児プログラムなどの生活支援を行っている。さらに地域の雇用者に難民の採用を促進する就労支援、母国で教育を受けれなかった子どものための個別指導サービスなんかもある。もちろんすべて無料だ。

 被写体は皆、中東・南アジア・アフリカから新しい人生と自由を夢見て、地図にない過酷な道をひたすら進み、犠牲とリスクを背負って国境を越えてきた。

「テロで家を失い、赤ん坊をおんぶして国境まで歩いてきた」
「一人で外を歩けることが嬉しい。アフガニスタンではレイプされちゃうから」
「教育を受けられることが、何より幸せ」

 アメリカに来てまだ間もない彼ら。撮影中はカタコト英語で必死に自分の想いを高木に伝えた。「教会側は、悲痛よりも希望感を表したく、笑顔のショットで統一したいとのことでした。でも彼らの胸中を察すると、無理矢理笑顔を作らせることは出来ませんでした」。柔らかい笑顔の中に混ざる数枚の深刻な表情は、高木のそういった意向からだ。また、ぎこちない言葉ながらも彼らの繊細な想いをくみ取れたのは、高木が第二言語を話すことの難しさを理解できる、同じマイノリティという立場だからだ。

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その数は第二次世界大戦後、最多

 キリスト教徒が集うこの教会。「同教徒の難民であれば受け入れる」と難民を宗教で選別する国があるなか、今回被写体となった19人の難民が全員キリスト教というわけではない。これは「宗教の垣根を超え、ひとりの人間として助け合う」人道を優先した、教会の意思表示であるといえる。
 
 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の調べによれば、2016年、世界の難民の数は国内避難民を含め約6,000万人に達するという。これは第二次世界大戦後、最多だ。受入国の経済的疲弊、異文化流入、テロへの懸念などの理由から、ニュースやソーシャルメディアで問題提起されることは多々あれど、未だ解決の糸口が見つからないのが現状だ。

「地域の人々に、世界中で何が起こっているかを認識してもらうことが重要なんです」。
 John Denaro(ジョン・ディノーラ)神父が言うように、まずは知ることが最初の一歩である。

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Facing Americaより

マイノリティだからこそ発信できること

 イラクからの難民男性は「受け入れは心から感謝しています。でも周囲の偏見や差別がなくなったわけではない」とこぼした。必死の思いで辿り着いた異国の地で、彼らを待ち受けているのは厳しい現実。家や仕事、友達や親類など頼りにできる存在もない。孤独で先の見えない状況のなか、難民として認めてもらうための手続きに、国によっては数年を費やす。

 真剣な眼差しで高木は話す。「家族が母国に残っていたり、批判を恐れてメディアへの露出を拒む方がほとんど。でもなかにはOKって方もいて。次は彼らにより密着した作品を撮りたいです」。

 過去作品でのこと。高木は撮影のため、移民のおばあちゃん3人組の家に半年間通い続けた。最初は疑いや戸惑いをみせていたおばあちゃんたちだが、プロジェクト終了後には「オーディオが壊れちゃって」と言い訳をつくり、家に来いとの電話の嵐だったという。互いに言語や文化の壁を乗り越えた移民という立場と、高木のそれに湧き出る好奇心が、この深い信頼関係を築いた。

 ここブルックリンで、アメリカ人を相手に難民の現状を伝えようと活動する彼女。それは自身のマイノリティという立場をポジティブに、そして強みに変えられる高木だからできることだ。

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【現在「Facing America」は、Repair the World NYC(ボランティアセンター)でのグループ展「NO PLACE LIKE HOME」に参加中。6月24日までの展示なので、ニューヨークに来る予定のある方には、ぜひ足を伸ばしてほしい】

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Interview Photos by Kohei Kawashima
Text by Yu Takamichi

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