こだわりが生む、「サードウェーブ」を超えるサードカルチャー
淹れたての湯気に混じってじんわりと香りたつ、作り手の“こだわり”。朝のモーニングから深夜の一踏ん張りまで、一日中の伴となるコーヒーだが、こいつはただの嗜好品ではない。商品と消費という単なるサイクルを越えた、作り手と買い手、双方の「欲求」から生まれたこだわりが織りなす文化だ。
産地に赴き買い付けたコーヒー豆を、自ら焙煎して提供する。そんな「作り手のこだわり」が行き届いたコーヒーを買いたい、そして味わいたい。豆の素性や淹れ方など、質の高さにとことんこだわったサードウェーブ・スタイルのコーヒー文化はもはやトレンドではなく、生活を特別なものにしてくれるシンボルであり、個々のメンタリティーにも影響を及ぼしている。「こだわりのコーヒーを知っている」ことはちょっとした自慢の種であり、ステイタスでもある。
コーヒーには、サステイナビリティやフェアトレード、トレーサビリティといった「エコ」の要素がうたわれているのは周知の事実で、近年、コーヒービジネスは環境保全的なものであるべきと考える人も多い。もちろん、その環境保全を第一優先としているビジネスは少ないと思う。が、自然にエコを生んでいるこだわりのコーヒービジネスもある。
自分の目が行き届く、こだわり抜いた商品だけを売るとなれば、自動的に生産量は小さく留まり、価格も高くなる。「作り手のブランドへの強いこだわり」というエゴが、「生産活動におけるエネルギーや資源を無駄にしない」というエコにつながっている。大量消費のために大量生産するファストカルチャーを「NO」とし、余分無くさばける適量生産を貫く。
その奥にもう一つ潜むエコが、こだわり抜いた一杯の、大量消費に向けて鳴ならされる静かな警笛。こだわり抜いた商品が高いからこそ、買い手の、自発的な「無駄な消費を我慢して、いいものだけを買う」というムーブメントを、強制なく作り出していく。その証明とでもいおうか、紹介したい焙煎士がブルックリンにいる。彼は、自身の「こだわり」とも「エゴ」ともとれる“らしさ”を反映した渾身の逸品を作る。
ローストマシーンは1台だけで、“自分の目が完全に届くだけ”の量を焙煎し、包装まで手作業なので“作れるだけ”、さらには売りたい相手にしか売らない、とくる。徹底したミニマルビジネスを、彼は崩さない。その焙煎所を兼ねた小さなカフェは、ブルックリンの交通の便の悪い場所にあるのだが、それでも人はやってくる。高くても買いたい、大事に楽しみたい逸品を求めて。ドアを開ければ、焙煎したての柔らかくも芳醇なコーヒーの香りに、一気に包まれた。
Photographer: Kuo-Heng Huang
Writer: Chiyo Yamauchi