100人の町のお風呂場。24時間営業、母も漁師もみんな来る。知り合いと情報が大集合—世界のフロとサウナからのぞく人間模様

【連載】世界のいろんなフロとサウナ。まっしろな湯気と蒸気のおくの、いろんな人間模様。3汗目。
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“体があったくなりゃあ、心もぬくもる。お湯の中には花が咲く”。(♪『いい湯だな』)
そうそう、その土地の人間模様の花が咲く。今回は、“湯気の中”には花が咲く、にしておこう。

世界のいろんなところに、千差万別のフロとサウナ。営む人らの人間模様、そこに集まる人らの人間模様。蒸した室(へや)で隣りあう一期一会、いつもの曜日に見る顔なじみとの汗流れるつき合い、自分一人との裸のやり取り。まっしろな湯気と蒸気のおくの、いろんな人間模様をのぞくシリーズ。

“フロといえば”、“サウナといえば”に、一番には引っかからい場所もこのシリーズでは探ってみたい。たとえば、イスラム文化圏の公共浴場、モロッコの女たちの社交場となるフロ、内戦あとの旧市街地に復活するバスハウス、それからフロ文化に欠かせない、いい匂いの四角いのを1000年も前から作ってきた石鹸メーカー、などなど。それでは、のれんをくぐりまして。


Illustration by Kana Motojima

***

2箇所目からだいぶ月日が経ちましたが、フロカルチャーは絶えることなく今日も世界のどこかで湯気をゆらゆら。3箇所目のフロは、アメリカの寒い寒いアラスカ州にある小さな町、テナキー・スプリングスにある風呂場。名前は、そのまま「Tenakee Springs Bathhouse」だったり「Tenakee Hot Springs」だったり、たんに「Hot Springs Bath House」だったり。つまり正式な名前がない? というか、いらないのです。町民およそ100人、みんな知り合い同士の町にあるたった一つの風呂場だから。漁師が仕事終わりにふらっと立ちよれる場所で、子どもたちの遊び場にもなり、なにより住民にとって大切な情報が交わされる場所だそう。「テナキー・スプリングスにお風呂がなければ、ここに住んでいなかったでしょう」。この小さな町は、フロによって成りたっているとまでいえるかも…しれない。

みんな顔見知り、100人の小さな町

 お風呂の話に浸かる前に、まずは住民100人というとても小さなテナキー・スプリングスについて。アラスカ州のチチャゴフ島(米国で5番目に大きな島)に位置する町で、ここへのアクセスは水上飛行機またはフェリーのみ、という辺鄙(ぴ)さ。しかもこれらの交通手段も、雨や風、水面の凍結などの天候要因によって運行中止になることもしばしば。町の外から観光客も訪れるが、基本的には、およそ100人の町民たちが生活しているだけの小さな町。それが、テナキー・スプリングス。


 町民が暮らす家々は海岸沿いに立ちならび、集落のすぐ後ろには山岳地帯が広がっている。自然豊かなこの土地には、仕事をリタイアした50歳以上の人たちが多い。近海には、タラバガニやクルマエビ、サーモンをはじめとした魚介類が生息するため、漁師たちも住む。また、建築や土木関係の仕事をする人もいる。生活スタイルや仕事は違えど、100人の小さな町では住民同士はみんな顔見知りで、「みんな兄弟姉妹という感じ」だそうだ。

 一方で、田舎町ならではの不便な点もある。町にある食料品店は1店舗だけ(風呂場のお隣)で、道は舗装されておらず、住民たちの移動手段は基本的に徒歩か自転車。また、3Gや4G、LTEの電波はなく、Wi-Fiがある場所でしかインターネットに接続できない。そんな辺境の地のフロカルチャーを知るために、町で唯一の風呂場の運営に携わるケネスさんとショーナさん夫妻にZoomを繋いだ。


そしてこの町、お風呂抜きでは語れない

 住民たちが今日も利用しているお風呂場のはじまりは、約120年前までさかのぼる。もともと町の干潟の近くには、天然温泉がわく露天風呂があった。その昔は先住民族であるトリンギット族に、ゴールドラッシュの時代には冬の期間に同地に滞在する鉱夫たちに利用されていた。そして1900年に公共浴場として整備され、20年には更衣室が追加、39年には現在の形の浴場ができあがった。
 その浴場を作ったのは、テナキー・スプリングスの住民たち。なんと1930年代には、地元のボランティアによる公衆浴場の委員会が結成され、お風呂の運営や維持管理、資金調達をおこなっていたという。なんというフロ好きコミュニティ。39年に浴場が完成したあとも、ボランティアによってサービスが提供されており、利用料は無料となっている。まさに、住民による住民のためのお風呂。


 町の周辺地域は辺境といえども、約160キロメートル以内に温泉が5ヶ所ほどある。しかし、「テナキー・スプリングスの風呂場のように、町のコミュニティと深く関わる風呂場は珍しい」のだそうだ。その証拠(?)に、ショーナは90年代に趣味の狩猟のため初めてテナキー・スプリングスを訪れ、この風呂場があったおかげで町を好きになったそうな。あまりにも気に入ってしまったので、2007年に土地を購入して移住してしまったくらい。「テナキー・スプリングスにお風呂がなければ、ここに住んでいなかったでしょう」。

 そして、このお風呂は、町民のライフラインにもなっている。町には、水道が通っていない。そのため町民の家には、浴槽はもちろん、シャワーすらないことが多い。「最近建てられた家には井戸がついているものもあるけど、それでもこの風呂場に足を運ぶ人は多いです」。

母たちの集い、漁師ご一行、〆はアイスクリームのおじいちゃん

 浴場は、日本の銭湯のようなシンプルな設計になっている。「ミネラル成分の天然温泉だから、お肌の調子も良くなりますよ」。お湯の設定温度は、41度程度。浴槽の大きさは、幅1.8メートル、奥行き2.7メートル、深さ1.5メートル。かなり小さな作りになっているので、定員は5人ほど。他の利用者との距離は自然と近くなる。浴場自体もコンパクトなため、音が響きやすい。この音響効果をおもしろがって、歌を歌う人もいるらしい。また更衣室は、利用者たちの団らんのスペース。ベンチに座ったり床に寝転んで、涼みながら、会話をたのしむ。「それに昼寝する人もいます(笑)」
 
 利用者が快適に使えるように、いくつかルールも決められている。ボランティアの掃除の負担を減らすためにも、湯船に入る前に身体をよく洗うこと、そして石鹸を湯船に入れないこと。また、水着に洗剤が残っている可能性もあるため、日本と同じように裸入浴が決められている。



 混浴ではなく、男女の入浴時間はきっちりわかれている 男性の場合、夕方の仕事終わりの17時から18時まで、女性の場合、正午から昼下がりの14時までが混みあう時間帯。そのため、夫婦やカップルで一緒に入浴することはできない。ただし、ケネスさんは「時々、夜中にショーナと一緒に入ってますけどね(笑)」と、オーナー特権行使。

 男性の場合、仕事終わりの夕方5時から6時まで、女性の場合、正午から昼下がりの2時までが混みあう時間帯だそう。「特に女性たちは、落ちあう時間を決めて一緒にお風呂に入り、町の噂話などゴシップのおしゃべりに花を咲かせています」。1日の利用者は、少なくとも50人以上。

「だいたいいつも同じような人たちが同じ時間に来ますね。漁を終えた漁師たちが一緒に汗を流しに来ることもあるし、リタイア組が一緒に入りに来ることもあります。お母さんたちが子どもたちを連れてきて、子どもたち同士で遊ばせたり」。毎日1時間ほどお風呂に入り、帰りに食料品店でアイスクリームを買うのが日課という80歳を超えるおじいちゃんもいる。「彼も、いつも同じ時間に来ます」

釣った魚やクマ情報、湯船での秘密のやり取り

 テナキー・スプリングスは、小さな町ということもあり、これといった娯楽施設はない。「コーヒーショップやバーもありません」。また、コロナウイルスの感染拡大によって(取材したのは9月)、レストランは休業、図書館や公民館などの公共施設も開館時間を短縮している。そのため、町で唯一24時間利用できる場所は、この風呂場だけ。特に冬の寒い時期には、娯楽が少ないこの町で、浴場は住民たちの(文字通り)温かい出会いの場になる。

 湯船の中では、個人的なこと、社会のこと、町のことなど、大切な情報が伝えられている。「町についての話が多いですね。あそこの通りに新しい家が建つ、だとか、町の議会での決定事項や誰に投票するかなどについて。あと、“漁”についても」。海の幸が豊富な町ゆえに、魚のレポートも。「サーモンがいま旬だとか、釣った魚の報告だとか」を共有しているという。

 魚のレポートがあれば、「クマ」のレポートもある。​ クマの出没情報は町民の安全を守るのに必要不可欠だろう。「お年寄りの町民からは『うちの畑を手伝ってくれないか』『うちの家の工事をしてくれる人を知らないか』というリクエストも飛んできますよ」。まるで回覧板や掲示板。「それに、町内では食べ物や釣ってあまったった魚のおすそわけも日常茶飯。風呂場に来て、その晩の“夕食”を手にして帰ってくることだってあるんです」


お風呂の「外から中」へ、「中から外」へ

 一緒にジョギングやハイキングをした人たち、釣り帰りの仲間たち、子どもを連れたお母さんたち。町民は、よく知る人と連れだって風呂場に行く。「道端とは違い、お風呂はプライベートな空間になっているから、よりパーソナルな話や、外では言えない秘密の話ができる」。湯船に浸っているときは、友人同士で裸の付き合いだからこそできる話をしたり、子どもたちはお風呂がきっかけで仲がより深まるのだろう。これは万国共通だ。
 身近な家族や友人とではなくとも、みんな仲良くお風呂をたのしんでいる。100人ほどの小さな町では、みんなが顔見知りであり、漁師は漁師、主婦は主婦、のようにコミュニティが分断されているわけではない。「お風呂で深めた繋がりをきっかけに、一緒に食事をすることもありますよ」。

 お風呂の「外から中」に入ることで、住民たちの関係が深まる。育まれた関係は、お風呂の「中から外」へと発展していく。この町では、まるでお風呂が心臓のポンプ機能のように働いているのだ。それを裏づけるかのようにケネスさん、「風呂場はコミュニティの心臓。心臓の鼓動」。そして実際にこの風呂場は、当然のように町の中心部にある。町民誰もがアクセスしやすいように。今日も明日も外から中へ、中から外へ。外から中へ、中から外へ。

Interview with Shawna Harper and Kenneth Merrill of Tenakee Springs Bathhouse

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All images via Tenakee Springs Bathhouse
Text by Shunya Kanda
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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