インドのタブー“トランスジェンダー”にひとりの若きアーティストが切り込んだ。アートで偏見をなくすプロジェクト「Aravani Art Project」

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多種多様な民族で構成される国、インド。そこには「ヒジュラー」と呼ばれる人々がいる。
女もののサリーやアクセサリーを身にまとい化粧をする彼らの正体は、男性を捨て女性として生きるトランスジェンダーたちのことだ。

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2014年、彼らは政府により「第三の性」として正式に認められたものの、未だ社会では好奇の目にさらされ、“タブー”な存在であるのが現状である。
そんなインド社会でいま、ひとりのミレニアルがトランスジェンダーたちと社会の「壁」を壊そうと、「壁」を使って奔走している。

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トランスジェンダーコミュニティと社会の橋渡し役
買って出たのはひとりのミレニアル

 タブーであるが故に、差別を受けまともな職にもつけず、セックスワーカーや物乞いに身を落とすしかないインドのトランスジェンダーたち。道端で物乞いしても野次られる。

「トランスジェンダーたちが公の場で、自分自身を包み隠さずカジュアルに表現できる場を作りたいのです」

 そう語るのはPoornima Sukumar(プールニマ・スクマー)。インドのミレニアル世代、27歳。
 壁画アートを通してトランスジェンダーコミュニティの認知度向上や社会参加への促進を目指すプロジェクト、「Aravani Art Project(アラバニ・アート・プロジェクト)」を今年立ち上げたバンガロール出身・在住のアーティストだ。ちなみにAravaniとはタミル語で「男でも女でもない」トランスジェンダーの意味。

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左奥がプールニマ

 アートスクールでペインティングやビジュアルコミュニケーションなどを学んだ彼女のキャンバスはいつも壁。過去には、地元のみならずムンバイやニューデリーなどの都市を周り、国立学校やホームレスシェルターの壁、橋などに地元のアーティストや学生たちとペイントを施しコミュニティのためのアート活動をしてきた。

 そしていま、彼女が壁画アート制作を一緒にやろう、と参加を呼び掛けたのが地元のトランスジェンダーたち、というわけなのだ。

非トランスジェンダーがトランスジェンダーコミュニティに出会った

「私はトランスジェンダーじゃないし、彼らのコミュニティに属してもいない。でもなぜだか、自分自身に対して正直に生きる彼らにとても親近感を覚えたのです」

 プールニマがトランスジェンダーコミュニティと初めて交流したのは、彼らを題材にしたあるドキュメンタリー映画がきっかけ。
 英語が話せるプールニマは、イギリスからやってきた女性監督の通訳として地元のトランスジェンダーコミュニティとの橋渡し役を3年間務めた。

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 古くはヒンドゥー教の聖典ヴェーダにも「両性具有者」として登場し、生殖を司る神として扱われてきたこともあったトランスジェンダーたち。だが、イギリス占領後はそのアイデンティティが無視され社会の爪弾き者として軽蔑されてきたという。
 そんな歴史を経て当然社会的に地位のある職につくこともできず、ほとんどの者が物乞いやセックスワーカーとして生計を立てているという現状に至っている。

 みんなが忙しい毎日を送る大都市バンガロールでは、トランスジェンダーのことを気にかける人は少ない。通りで物乞いをする彼らをからかう心無い人もいるのが事実だ。

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 世間からないがしろにされ蔑まれたトランスジェンダー。そしてその家族と知り合い交流したなかでプールニマはこう思ったのだという。
 「彼らもみんなと同じ人間なのに、なぜ社会から恐れられた存在として扱われているのだろう」

 そんな思いのまま映画は完成、撮影終了とともにトランスジェンダーたちはまた忘れられた存在に戻っていた。
 「撮影後、クレジットが与えられるのは製作側で、映画のなかのトランスジェンダーたちではありません。そこで私は、少なくとも彼らに声を上げる機会を与えたいな、と思ったのです」

「第三の性」が法律で認可。でも現状は…。

 インドのトランスジェンダーシーン。馴染みがないし、あまり想像できない世界だが、実際のところはどうなのだろう。

 人口約12億5,000人の大国インドには28もの州があり、文化も言語も異なる各州ではトランスジェンダー問題への対応も違う。
 ケーララ州やタミール・ナドゥ州、コルカタやムンバイなどの都市は、比較的トランスジェンダーフレンドリー。トランスジェンダー向けの職業プログラムも設置し、実際タクシードライバーや警官になる者もいるのだという。また中部チャッティスガル州のライガルでは昨年、インド初のトランスジェンダー市長が誕生している。
 さらに今年、南東部にあるオリッサ州ではトランスジェンダーコミュニティにBelow Poverty Line(BPL)カードと呼ばれるものが配布されることが決定。これにより彼らにも政府の社会福祉プログラムを受ける権利が与えられ、具体的には無料の住居、年間100日の賃金労働、毎月5キロの穀類が支給される計画だ。

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 2014年に最高裁が「第三の性」を認め、トランスジェンダーには自分の性別を自分で決める権利があると認定してから、2年。トランスジェンダーコミュニティの問題解決に向け徐々に歩み寄ろうとする世間の動きはあるものの、実際のところは日常生活に大きな変化はまだ見受けられないと、プールニマはいう。

 また彼女によると、トランスジェンダーのコミュニティは50、60歳代のリーダーによって仕切られており、生活の面倒をみてもらっているコミュニティメンバーたちは物乞いや性労働で稼いだお金の一部をリーダーに渡すというルールもあるらしい。
 一般社会の社会的階級に加え、自分のコミュニティの中でも階級がある生活を多くのトランスジェンダーたちは送っている。
 

「彼らに会うとき、私は友だちとして会いに行きます」

 一般市民に白い目で見られ、蔑まれることも多いトランスジェンダー。友好的に話しかけようとする通行人にも敵対心を持ち悪態をつくこともあるのだとか。

 市民とトランスジェンダーの溝は大きくなるばかりである中、プールニマのプロジェクトは、トランンスジェンダーと非トランスジェンダーの交流の場となっている。

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 参加するのはおよそ10人のトランスジェンダーに15人のアーティスト。各トランスジェンダーに一人のアーティストがつき、壁の一部のペインティングを担当する。
 どんな色にしようかという相談から、自分の生活や問題について、そして人生の話。トランスジェンダーとアーティスト、そして彼らが招いた友だちたち。トランスジェンダーでもトランスジェンダーでなくても、はけを握りしめながら雑談をしたり、意見交換をする。

 またバンガロールでは人通りが多い街の中心にある市場の壁をペイント。パブリックスペースにあってコミュニティの人々の注目も浴びやすい「壁」を表現の場に選び、トランスジェンダーの存在をしっかりと訴える機会もつくっているのだ。

 無理強いをさせず参加したい人たちだけを集め、アーティストならではのスキルと感性でアートによってトランスジェンダーとそうでない人がお互いを理解するプラットフォームを生み出している。

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 そんな彼らの裏方に回るプールニマ。「彼らに会うとき、私は友だちとして会いに行きます」
という彼女はペインティングに参加するよりも、「楽しむのは彼らだから。私の役割は問題なくその場が進んでいるか確かめること」と、ペンキを用意したり、なにか問題がないかチェックしたりするのだ。
 
「クラスでからかわれていても、誰かひとりでも手を差し伸べてくれる仲間がいたら心が少しは楽になるでしょう。私はその手を差し伸べるひとりになっても構わないのです」

 今後のプロジェクトとして、南インドの中心都市チェンナイでトランスジェンダー向けの英語クラスを始めたいとプーニマ。英語という言語スキルを持つことで彼らが自活でき、もっと多くの人々へ声を届けられるようになってほしいのだ。

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「このプロジェクトのゴールは、トランスジェンダーたちが自らのことを“被害者”だと感じずに、自分たちのために立ち上がること」

 先頭を切り群衆を率いるジャンヌ・ダルクでもない。万人の心を癒すマザー・テレサでもない。彼らと世間に隔たった大きな距離を少しでも縮めようと立ち上がったのは、ひとりの等身大のミレニアルなのだ。

 歴史が積み上げてきた偏見という壁をぶち壊し、アートが施された美しい壁を生み出すのは、ひとえにみんなの平等を願う純粋な気持ちと過去に囚われない新しい感性、そして若い行動力なのだろう。

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Aravani Art Project

[nlink url=”https://heapsmag.com/?p=2967″ title=”究極のフェミニンは、男にある。“地獄”でLGBTを支えたドラァグ・クイーン”]

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All images via Aravani Art Project
Text by Risa Akita

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