NYCの地下鉄で、最も地味なパフォーマンスをする男

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動かない、しゃべらない。でも、乗客を笑わせる

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地下鉄で「変な声が聞こえる」と思ったら、斜め前の「人形」が喋っていた。うるさい車両ではほとんどかき消されそうなか細さだが、ちょっとした静寂をついて聞こえてくる。
彼をはじめてみたのは、1年前の冬。街で最も古く薄暗い地下鉄「Aトレイン」だった。深夜だったこともあり、車両は、ドンヨリお疲れモード全開。そんな暗い空気を、一変させたのが人形が相方の彼。ニューヨークのいっこく堂こと、腹話術で笑わせてくれるニゲール・ドンクリー 、29歳。お喋りな人形「Cindy-Hot-Chololate(シンディ・ホット・チョコレート)」ちゃんと一緒に、彼は唇を微動もさせず、今日も地下鉄に笑いを届ける。

パペットを使って、可愛い乗客の番号ゲット

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“My name is Cindy-Hot-Chololate! What’ your name?(あたしの名前は、シンディ。あなたは?)
 突然、人形に話しかけられた男は、唖然。しばし目をぱちくりさせ「あ、なるほどね(腹話術ね)」と状況を把握して苦笑い。ただ、やっぱりお疲れなのか「俺、絡まれたくないです」とばかりに、携帯へと目を落とす。「この男、無視を決め込んだか」と思われた瞬間、シンディはすかさず、「ってか、あんたさっきから誰にメールしてんのよ?」と、堂々と男の携帯を覗き込む。
 そこまでされると、こわばった顔もほころんでしまう。ついに男は口を開いた。「友だちにメールしているんだよ」。相手が(一応)少女なだけに、コトバも話し方も丁寧になってしまう。そんな危なっかしい様子を、最初はコソコソ横目でみていた乗客たちも、気づくと笑顔で身を乗り出して見入っているではないか。

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 シンディは、その後も気になった乗客に絡みまくる。「ねぇ、私あの子知ってるわ!」。乗客を指差しながら、大声でニゲールに告げる。
ニゲール:「どの子だい?」
シンディ:「あのくるくるヘアの美人な子!」

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“美人”といわれて、悪い気はなしない。シンディの指差す先の女性は、乗客の視線に、気恥恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそう。「今日は仕事の帰り?」「どこで働いてるの?」「その仕事どのくらい好きなの?」と、結構パーソナルなことまでズケズケ聞かれるも、女性はまんざらでもない顔で会話を続ける。そして、「ところで、あんた綺麗だけど、彼氏いんの?」と本題へ。 

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「こんな感じで(携帯の)番号を手にいれたことも少なくない」と、ニンマリ顔のニゲール。だが、「やり手だねー」とからかってみるも、「けど、後日コンタクトをとったりしたことは、ほとんどない。だって俺、話すの苦手だから」と伏し目がち。

「どもり!」 イジメられた幼少期

 腹話術中はこっちがハラハラするほど積極的な彼だが、パペットを使っていないときは実にシャイ。話し方も、ひとつひとつのセンテンスが短く、シンプルだ。取材中、こちらの英語もネイティブではないことも手伝ってなのか、いかんせん我々の会話は一問一答になりがちだった。彼もそれを気遣ってか、なんとか会話を盛り上げようとするが、突拍子もなりところで「僕、日本語、勉強したいんだ。おはよう!」と言い出したり。なんとも愛嬌のある男である。

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 そんな彼、子供の頃は、吃音症(きつおんしょう ※吃音とは一般的には「どもり」といわれているコミュニケーション障害)を患い、流暢に話せず「クラスメイトにからかわれたりして、辛かった」そうだ。喋ろうとすると、コトバが喉に詰まる。それを無理矢理だそうとすると、さらにヒドくなる。「感情的になると、同じコトバを何度も繰り返してしまったり、ハッキリと発音できなかったり…」

 だが、スピーチセラピーを懸命に受け続け、「気持ちを落ち着かせ焦らない方法を身につけ、吃音症は治った」という。その証拠に、といってはなんだが、「大学では演技を専攻して、ちゃんと卒業したよ」とニゲールは念を押す。誰かを演じているときは、コトバがスムースに出てくるそうだ。

 卒業後はコメディの世界を目指し、そのときにパペット(人形)を使う腹話術を始めて試してみたという。「子どものころから、いろんな種類の声を出すのが得意だった」とはいうが、腹話術をマスターするにはかなりの訓練が必要なはず。「独学で身につけた」というのが本当ならば、相当な情熱があったに違いない。

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人生を変えた「パペット腹話術」

「不思議だった。けれど、パペットを使って話すと驚くほど自然にコトバがでてくるんだ。それまで感じていた話すことへのストレスなどウソのように」。パペットを使えば、「人生をかえられるかもしれない」。人を楽しませることができるだけでなく、コミュニケーションもとれる。それは、彼が長年憧れてきた理想の姿だった。
 
 筆者はこの日までパフォーマンス中の饒舌な彼しか知らなかった。だから「吃音症だった」と聞かされたときは、信じ難かった。なにせ、彼は老若男女、誰とでもコミュニケーションがとれる人なのだから。
 たとえば、電車でみた中でこんな一幕があった。「あんた、ブルックリン出身なの?」というシンディ(パペット)の問いに対し、話していた女性の乗客は「ブロンクスだよ」と返す。それまでの話しの流れからして、ブルックリン出身でほぼ間違いないと思われたところでの肩すかし。どう切り返すのかとソワソワして観ていると、彼(パペット)は、「あら、私の大好きな叔母もブロンクス出身なの!」と同調する即興ファインプレーをみせた。初対面で共通点が多いと話しが盛り上がるという法則は万国共通。後で聞くと、自分はロングアイランド出身で、ブロンクス区に親族はいないとのことだった。 
 結局、ニゲールはその女性に気に入られ「甥っ子のバースデーパーティーにきて欲しいから」と、連絡先を聞かれていた。こうして、偶然仕事のチャンスが手に入ることも多いという。

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パペットはネットで購入、好みの「デカ目」にカスタマイズ

 相棒のシンディはというと、5年程前にインターネットでカスタムメイドして購入したという。目が大きいのが「僕の好み」なんだとか。シンディの洋服は、H&Mの子供服から選ぶことが多いそう。シンディの他にも5-6体のパペットが存在し、性格や声の調子も演じわけている。

 今後の目標は「スペイン語とか、他の言語も勉強したい。そしたら、もっといろんな人とコミュニケーションとれるから!」。そんな話をしながら、インタビュー後も帰路が同じだったため、ニゲールとシンディと筆者は、横並びになって気まずい時間を過ごした。「おはよう、ありがとう」とパペットに話しかけられ、「おはようどういたしまして」と返す。そんな様子を、人々はチラチラと不思議そうにみる。ムリもない。端からみれば、少女の人形を持った成人男性が、人形を使って他人と会話をしているという図は、奇妙そのものである。
 ひと仕事終えた彼は駅をでると、まっすぐに1ドルピザ屋へと消えていった。よっぽどお腹が空いていたのか、その右手にはまだ、シンディちゃん人形がついたままだった。

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Photographer:Kuo-Heng Huang
Writer: Chiyo Yamauchi

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