「これは、車椅子の人を起点に考えたバッグです。そして、みんな“が”使えます」。
近年、大手のファッションブランドも着手する「肢体不自由者こと“も”考える」アダプティブファッション。「その逆」があってもいいのではないか——。
昨年ニューヨークで創業した「FFORA(フォーラ)」は「車椅子の人たちの利便性を第一に考えた」ブランドであり、「車椅子の人が使いやすく、みんなにとっても使いやすい商品」を提供する。ゆえに、プロダクトもそうだがプロモーションビデオひとつとってもひと味もふた味も違う。
フォーラの創業者でありデザイナーのルーシー・ジョーンズと、フォーラのモデルでありファッションコンサルタントのジョーディー・ゴドリーに「人に見られるためのデザイン」「むやみに感動するものをつくらないプロモーション」なども含めて同ブランドについてzoomで詳しく聞いた。
車椅子の人を第一に考えたインクルーシブ
「なぜ、多くのファッションは立った人を想定してデザインされているのか」
ファッションの名門大学の一つ、ニューヨーク州のパーソンズ美術大学でデザインを学んでいた頃、彼女はふと疑問に思ったという。「座って生活している人たちもいるのに」。
デザイナーのルーシー・ジョーンズがインクルーシブ・ブランド「フォーラ(FFORA)」を立ち上げたのは2019年。同ブランドが、第一に考えるのは「車椅子で生活をする人たちの利便性」だ。シグネチャーのショルダーバッグを中心に、カップホルダーやタンブラーといったアイテムを展開するが、車椅子の人しか視野に入っていないわけではなく、商品はどれも「すべての人に向けたもの」。「車椅子の人が使いやすく、みんなにとっても使いやすいもの」である。
これまでにも、米アパレル大手トミー・ヒルフィガーやナイキなど、アダプティブ・ファッションを展開してきた大手ブランドはいつくかあった。「立って歩く人老若男女」だけでな「車椅子の人のためのアイテム“も”作る」というインクルーシブな試みにはもちろん大きな功績がある。
だが、フォーラの発想は、この「車椅子の人のこと“も”考える」ではなく、「車椅子の人のこと“を”第一に考えて、みんなのこと“も”考える」であり、ブランドとしての立脚点が他と異なる。その点でその他のインクルーシブを掲げるブランドと一線を画し、現状のややこう着状態の「アダプティブ・ファッション」を前進させる可能性を秘めている。
相手を慮るのも大切。だけど「当事者の声を聞き、反映させることが最も重要」
歩いて移動する人たちを中心に作られた社会は、車椅子の人たちにとってどんなものなのか。他者の想いを想像することも大切だが「当事者の声を聞くことはもっと重要」だと彼女はいう。
ルーシーは、学生時代から地元の掲示板を使って、同じ街に住む複数の車椅子の利用者たちにリーチし、長期に渡るコミュニケーションを図ってきた。それは最初こそ学校の課題のためではあったが、いつしか彼女のライフワークになっていた。
彼らの日常生活をつぶさに観察することはもちろん、カフェで語り合ったり、買い物に出かけたりと、友人としての関係も深めてきた。そうした交流の中で、彼らが「移動中にスマートフォンを落としたり、テイクアウトしたコーヒーをこぼしがちなことに気づいた」という。
それは致し方ないことなのか? 「違う」。それは彼らが「肢体不自由だから起こる問題ではなく、社会が車椅子の人たちの生活に追いついていないからこそ起こる問題」だと、彼女はいう。
車椅子の人たちは、移動の際に車輪の横のハンドルを握る必要があり、徒歩移動をする人たちと比べると、両手が塞がってしまうことが圧倒的に多い。よって、たった数メートルの移動でも、さっきまで触っていたスマホや、手に握っていたテイクアウト用のカップを、一度膝の上や間に置く、という動きを挟むのだという。
デザイナーであるルーシーには、それが「解決できる問題」、もっといえば「デザイナーが解決すべき問題」に見えた。「不安定な膝の上に置かなくて済めば、物が滑り落ちることもない」わけで、スマホや財布、サングラスなど外出時に使用頻度の高い小物をサッと出し入れできて、移動中は車椅子の前方フレームにカチッと瞬時に固定できる「車椅子の人にとって利便性の高いバッグがないのが問題なのです」。
こうして車椅子の人たちのニーズに寄り添って生まれたのが、フォーラのショルダーバッグだ。
ストラップの長さを調節できるコンパクトなショルダーバッグは、身体の大きさや年齢、性別、また肢体不自由の度合いを問わず、多くの人が共有できる、最もインクルーシブなファッションアイテムのひとつである。と同時に、フォーラの理念を最もよく体現してたアイテムでもある。
自分は車椅子を使わないから「関係ない」と思われてしまうプロダクトでは、社会をアクセシブルに変えるインパクトは小さい。車椅子の人をコアに置きながらも、肢体不自由者だけでなく健常者をも巻き込めるプロダクトを目指していると話す。
「フォーラのショルダーバッグと出会うまで、なんどスマホを落として画面を割ってしまったことか…」。そう話すのはルーシーの友人で、今回の取材にも同席したファッションコンサルタントとして働くジョーディーだ。フォーラバッグの魅力についてこう語る。 「より快適な日常が手に入ったのはもちろん、何より「『そのバッグいいね!』と、街で声をかけられる回数が増えたのがうれしい」。
取材に応じてくれたジョーディー・ゴドリー(Jourdie Godley)。
「僕らの生活に関心を持っている人たちは、意外と少なくない」とジョーディー。にもかかわらず「なんとなく距離があるのは、きっと会話のとっかかりに困っているからなのだと思う」。
話しかけたいけれど、変なことを言って相手を傷つけたくない——。これまで会話に対して躊躇していた人も、万人向けのバッグなら「いいね」と声をかけやすく「そこから対話も生まれやすいのでは」と、彼はいう。
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ジョーディー、街で。
また、イエロー、ピンク、オレンジといった、ポップでビビッドな色は、ファッションとしての遊びがあるだけでなく、周囲の視線を惹きつける効果もある。それは、車椅子の人たちの声やニーズを社会に届けるのに「重要なポイント」なのだそうだ。
コミュニケーションを生む「見られるためのデザイン」
フォーラはこんなキャッチフレーズを掲げている。「見られるためのデザイン(Design to be seen)」。広義の意味では「人に見て欲しいデザイン」ということなのだが、「なぜ、見て欲しいのか」に対する答えが深い。
たとえば、ジョーディーはこう話す。
「僕にとって車椅子は、隠すものではない。むしろ、多くの人に見て欲しい。なぜなら、車椅子は不自由の象徴ではなく、僕に移動の自由と自立を与えてくれる無くてはならないものだから」。彼がソーシャルメディア上で、バストアップや椅子に座った姿よりも、車椅子に乗った姿を積極的に発信する背景には、車椅子をタブーにしたくないという想いがあるという。この価値観はフォーラにも反映されており、誰かの不自由を改善するデザインは、多くの人に「見られるべきものだ」と、ルーシーは語る。
車椅子に取り付け可能なバッグやカップホルダーといったプロダクトが存在することで、そこにニーズがあることが可視化される。そうすれば「なぜ、それが必要なのか」という会話も生まれ、問題に気づく人も増えやすくなる。社会が一歩でもバリアフリーに近づくためには、まずは気づき、そして当事者との会話が不可欠だ、と。
これがフォーラのカップ・ボトルホルダー。
「感動ポルノはいらない」
メディアで紹介される肢体不自由の生活は、困難を乗り越える克服の物語、いわゆる「感動ポルノ」に編集されがちだが、フォーラのプロモーションビデオにはその要素が一切ない。それどころか、ポップでお洒落で楽しげで、なんだかリア充感すら漂う。iPhoneなど新しいガジェットのプロモーションビデオの雰囲気っぽいというか。
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感動ポルノは英語で「インスピレーショナル・ポルノ」という。その感動物語の中では必ずといっていいほど、肢体不自由者は(困難に立ち向かう)ファイターであり、「健常者にインスピレーションをあたえる存在として描かれている」。また、肢体不自由者に対する理解を深めるためと言いながらも、結局は「健常者の視点や都合でしか描かれていない」といった指摘がある。
そもそも、ルーシーやフォーラのモデルたちに言わせれば「肢体不自由であることは“問題”ではない。よって『克服』するものでもない」。そういった想いを伝えるべく、フォーラのプラットフォーム上で発信されるコンテンツは、健常者の視点ではなく、車椅子で生活をする本人たちの視点で作られている。
そんなフォーラが発信するビジュアルを見ていると、本来、肢体不自由者のコンテンツというのは、彼らの視点で作成されれば「感動もの」になるはずなどなかったのでは…と、思えてくる。インスタグラム上にあるのは、健常者が健常者に見せたい車椅子の人たちの姿ではなく、車椅子の人たちが「みんなに見て欲しい自分の姿」。それは、バッグの色とジャケットの色を合わせたコーディネート自慢の写真だったり、パートナーや友人とハングアウトする写真だったりするのだが、ちょっと盛った姿を投稿するところも含めて、そのテイストや感覚は現代の大多数の若者となんら変わりはない。つまりはそこに「健常者」と「障害者」の違いなど無いのである。もとより、そんなことは当たり前のはずなのに、フォーラが発信する車椅子の人たちの姿は、なぜ、こんなにも斬新に見えるのか。
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それは、ひとえに「車椅子を利用する人たちを第一に考えて、でもみんなで使えるもの」を作るフォーラのようなインクルーシブ・ブランドがこれまで無かったからではないだろうか。
フォーラの強みは、ルーシーをはじめ車椅子を経験したことがないデザイナーたちと車椅子で生活をする人々の、密でインクルーシブなコミュニティにあるように思う。現在はコロナ禍で閉鎖中だが、ニューヨークに構えたオープンスタジオには、年齢や性別、肢体不自由度の異なるたくさんの車椅子の利用者たちが訪れ、日常の気づきや商品のフィードバックを多数残してくれるという。「次はこんなプロダクトを作って欲しい」といったアイデアも次々と持ち込まれているそうだ。そういったユーザーとの関係の近さは、大企業にはなかなか真似できないものではないだろうか。
実際、すでにフォーラのノウハウに興味を示すブランドは多く、今後はコラボレーションといったかたちで、さらに社会的インパクトの大きなプロジェクトへの参加も視野に入れているという。ルーシーたちのゴールは「すべての人にとってアクセシブルな社会」。デザイナーとしてできることは「まだまだあるはず」と話す。
Interview with Lucy Jones and Jourdie
Photos via FFORA
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine