とある火曜日の仕事帰り、ブルックリンのある教会の地下にいた。薄暗い前方や後方に見えるのはゆらゆらと揺れる人影。耳には爆音が流れる。
なにかの儀式? それとも怪しい秘密会議?
まあさっそく種明かしをしてしまうと、そこで開かれていたのは暗闇でのダンスイベント「No Lights No Lycra(ノー・ライツ・ノー・ライクラ、以下NLNL)」。といってもアミューズメントではなく、「とってもハードルの低いストレス解消ヘルスケアイベント」なのだ。
「何着ていく?誰と行く?」そんな気苦労はもうしない
ヘルスケアといえば、ヨガやジム、エアロビ教室がある。でも、やってみようと思いつつなかなか無料体験に足が向かない、はじめてみたものの長続きしない。こんな経験、あなたにもないだろうか。
日頃のストレスを解消するために通うのに、いつしか「どんなウェアを着て行こう?」「上手くできなかったらどうしよう?」と、参加する前から気苦労したり、「みんな友達と来てる…。おしゃべりする相手もいないしはじまるまで何して過ごそう…」などと参加中だって困り顔。これじゃあリラックスできるどころか逆にストレスになってしまうこともある。
が、今回は汚いTシャツを着ていようが不恰好に踊ろうが気にしなくてすむ。だって、「暗闇」だから。
周囲の目も身につけるウェアのことも考えずに、いま着ている服のままひとりでさらりと参加できてしまうのが、この暗闇ダンスイベントなのだ。
オーストラリアで2009年に始まった同イベント、高い授業料を払って通う“ダンスレッスン”でもなく、クラブでお酒に酔わされながら踊る“ダンス”でもない、健康的でもっと肩の力を抜いた“ダンスイベント”を、と2人のダンサーが発起したもの。いまや世界各国70ほどの都市にまで広まっている。
「いいエクササイズになるわよ。1時間ランニングするのはきついけど、1時間のダンスなら楽しいじゃない ?」と話すのはLaura O’Neill(ローラ・オニール)。このダンスイベントをオーストラリアからここブルックリンのグリーンポイントに“輸入”、6年間毎週火曜の夜に開くオーガナイザーである。
彼女がぺたぺたとドアや壁に張っているのは、暗闇ダンスイベントの4ヵ条。
1.「踊らないで立っているのはダメ」
2. 「ブレイクダンスもダメ」
3. 「携帯電話のことは忘れて」
4. 「くれぐれも静かにね」
発起人の知り合いだったオーストラリア出身ブルックリン在住の彼女。帰省したときに半信半疑で実際に参加してみたイベントにはまってしまい、ブルックリンに持ち帰ったのだとか。
「常連さんもいれば、見かけなくなったと思ったらまた顔を出しに来るひともいる。ダンスレッスンみたく“行かなかったこと”に対する罪悪感もないしね」と笑う。
ちなみに「Lycra(ライクラ)」というのは、レオタードのようなストレッチの効く素材のこと。
「“ライトもいらない(No Lights)、踊るのにふさわしい服装でもなくていい(No Lycra)”ということよね」
ジャスティン・ビーバーにノってしまった
午後8時15分ごろ、参加者がぞくぞくと教会の扉を開け“ダンスフロアー”に入ってきた。その日の参加者は、15人ほど。友達やカップルでやってきた人もいれば、仕事帰りにふらりと寄ったようなおひとりさまもいる。20代から40代くらいの比較的若い年齢層だ。
到着するなり、トイレに行って半袖Tシャツ短パンに着替える人や軽くストレッチして準備体操する人も。
そして時計の針が8時30分を指すとともに暗転、かなり大きな音量でミュージックもスタート。え、ちょちょちょっと待って。さきほどの明るく静かな空間から180度がらりと変わった状況に、普段はわりと踊るのが好きな方だが、少し戸惑う。
暗闇といっても、完全に視界が遮られる真っ暗ではなく、うっすら人影が見えるほどの暗さ。そこにミラーボールが放つようなドットライトが緑色にちらちら光っている。
最初こそ少したじろったものの、2、3曲目で大好きなザ・ローリング・ストーンズのナンバー「Satisfaction(サティスファクション)」がかかると、一気になにかが吹っ切れてしまった。だんだんと「暗闇で踊ること」に居心地よく感じてきたのだ。
何しろ一目を気にしなくていい、というのがどんなに気楽なんだろう。どんな変な動きをしても、ヘッタクソなダンスでもリズムに体がついていかれなくても、とにかく楽しんで音楽に体を委ねればいいのだ。“うまく踊らなければ”、“好みの曲じゃないのにノッているフリをしなくちゃ”、なんていうプレッシャーも一切なし。普段聴かないようなエレクトロミュージックや好みとは対極にあるジャスティン・ビーバーの曲にまで自然と体が動くから不思議だ。
目が慣れると、みんながうっすら見える。準備体操までしていたお姉さんがアクロバティックに踊っているのが見え、後ろの若いカップルはコールドプレイのナンバーで仲睦まじく手をとりあってダンス。友達同士で来た横の女の子2人はノー・ダウトのダンサブルなチューンがかかると楽しそうに踊っている。前の男の人はグリーン・デイのロックナンバーでキレキレのダンス。あれ、さっき来たと思った人はもう帰っちゃった。自由だな〜。
瞑想、エクササイズ、ストレス解消。目的はなんでもいいのだ
30分ほどすると汗がじわりと出てきて、半袖になりたくなる暑さ。
気づいたのは、暗がりのなか、目から入ってくる情報があまりない代わりに、耳が研ぎ澄まされていること。聴覚がとらえる音を、物質のように体の中に取り入れ、体がそれに自然に反応しているような不思議でプリミティブな感覚を覚えたのだ。「だから太古から人類は、“踊り”を通して精神を解放してきたのだろうな」、なんてちょっと哲学的になってもみたり。
一人で着の身着のまま好きなときに来て、好きなときに去る。踊りたい曲は本気で踊って、あまり知らなかったり好みでない曲がかかるときは肩の力を抜いてクールダウン。帰りたくなったら帰る。
どこまでも気楽だ。ダンスレッスンでもなくダンスパーティーでもない。瞑想してもいいし、エクササイズしてもいいし、ストレスを解消してもいいし。目的は、なんでもいいのだ。
終盤、ABBAの定番ダンスチューン「ダンシング・クイーン」がかかると、うす暗がりの中でもみんなのエキサイトメントが伝わってきた。それから、ビーチボーイズのノスタルジックな「God Only Knows」が終わるころ、フロアの明かりがパッとつく。まぶしさに目を細々と開けると、みんな息を切らせているのが見えた。みんなで拍手。スカッとした表情で帰り支度をすると意外とあっさり帰って行った。
週初めの月曜でもなく、週末に片足つっこんだ金曜でもない、ストレスを少し感じはじめている「火曜」という絶妙な日にち。携帯とにらめっこする時間や仕事や人間関係を忘れ、ひとりで自分の体と音楽と対話する1時間。
教会の外に出ると、ひんやりとした夜の空気がほてった体を撫ぜた。ほどよい汗を拭い去ると、疲れもどこかへ行ってしまったみたいだ。汗をかいてこんなにも気持ちよかったのは久しぶりだった。
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ちなみにNLNL、新しい無料のモバイルアプリ「NLNL Dance Break」
を最近立ち上げたのだとか。毎日違う曲がアプリで聴けるそうなので、今日からひとつダンスでストレス解消、始めてみませんか。
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All images via No Lights No Lycra, Brooklyn
Text by Risa Akita