「この音楽、いい」と思ったら、直にその“ラジオ局”に聴きに来ていいし、中に“侵入”してもよい。
このひと月、若者から大人までが朝から晩まで代わる代わるネットラジオを配信しているそこは、空き地。そこにポツンと置かれたコンテナなのだ!
いまとなっては、つまみをいじり、微調節しながら周波数をひろって聴くのがラジオの醍醐味だなあと思うのだが、ネットラジオを初めて聴いたとき、ただサイトにいって“お目当て”をクリックすればすんなりと音楽が雑音なく流れたことに感動した。
しかしながら「いま、向こうでしゃべってるんだ」という、“向こう”がどこかも知らないが、ラジオ機器を前にぼんやりと沸く暖かさのようなものが、ちょっと遠のいた感があったのもまた事実だった。
が、しかし。どれだけあるのかわからないほどネットラジオが増加したいまになって、「距離、近っ!」なネットラジオに遭遇してしまった。
コーヒー飲んでドーナツ食べて時々「中に入る」
ここ数週間、若者も大人も関係なくこぞって集まる空き地がある、と小耳に挟んだ先日。「またなんか振り切れたイベントしてるのかな」と思ったのだが、違った。早速答えをいってしまうと、ネットラジオを配信していたのだ。しかも、空き地の一角に置かれたコンテナの中で。
朝の9時から深夜まで、若者から大人までのDJが代わる代わる音楽を配信する「The Lot Radio」。今年2月7日に“配信開始”したばかりのラジオ局だ。ブルックリン、ベッドフォード駅(日本でいう、下北沢)を降りて7分くらい歩けば見えてくる。
「変な形の空き地を借りはじめたモノ好きがいたと思ったよ」というのはご近所さんで、ここには週3,4で通っているらしい。
元々は草が生い茂り(いまもその名残はあるが)、ホームレスが住み着き、中々買い手が見つからない空き地を借りはじめたその“モノ好き”は、Francois(フランコイス)。このコンテナ・ラジオ局のオーナーだ。
「ネットラジオは腐るほどあるのにドンピシャなものが無かったこと、人が集まれる場所を作りたかったけど、レストランもバーもカフェもリスクが大きいから何か手頃でいいアイデアはないかな〜と思ってたんだ」。それでよく「空き地にコンテナ、そんでラジオ」を思いつきましたね、というと、「いまブームだからね、コンテナ。便乗!」とさらり。
音楽好きのスモール・アイランド
元々はフォトグラファーだったというフランコイスだが、長年続けてだんだんと興味が薄れ(相性が悪かった、と照れ笑い)、飽きた頃にとにかく音楽イベントに顔を出していて、ローカルな音楽シーンにドはまり。そのときの繋がりで「毎日6〜8人のDJで朝から夜まで音楽配信」が可能というワケだ。
配信中の音楽を生で聴きながら、「音楽好きのスモール・アイランドにしたかったから、気軽に集まれてたまれる場所になるように」と、コーヒーと「ドーナツ、クロワッサン、マフィン、バナナブレッド他」とオヤツも充実。長椅子とテーブル、椅子もちらほら置いてあり大体誰かしらが過ごしている。
そして何といっても、目の前で配信しているDJの部屋に「入ってもいい」(もちろん声はかけてね、それから小さいから一度に大人数は入れないよ、と彼)。
配信中の音楽はもちろんネットで聴けるし、回している様子も映像で見られるし、「そこで気に入ったら実際に見に行ける」というのが、このThe Lot Radioというネットラジオの「距離の近さ」だと思う。
回しているDJに手をあげて挨拶し、側で聴きながらコーヒーを飲んで、良かったよ、と声をかけて帰る。それから「ネットで聴いて、いいと思って来た!」という“音楽の合う”友人とも知り合える。
ローカルな音楽をどんどん流していきたい、という。ローカル、といってもブルックリンやニューヨークだけの、という意味ではなくて「出会いがニューヨークだったらいいんだ。このコンテナにふらっときて、来週回してもいい?とかそんな感じで」と。このコンテナではこんな音楽重視!こんな音楽はチョイスしない!とかは「一切ナシ」だそうだ。それから、アナログでもデジタルでもOK。
コンテナの気取らない佇まいも、広い音楽のチョイスも、注文して自分で淹れるコーヒーも、来やすさと過ごしやすさをどこまでも許してくれる感がある。そこに、“ホッとする身近さ”を覚えるのだ。
これから夏だから色々なイベントのやり時ですね、というと「バーベキューやるよ!」とフランコイス。どこまでも気取りのない彼から、これまたひねりのない、王道チョイスが真っ先に出てきたのがなんともよかった。
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Sako Hirano