ヒッピーとヒップホップ。
どちらの文化もメインではなくサブのカルチャーとくくられる。それは日本に限ったことではなく、発祥地(といわれている)アメリカでも同じだ。ただ、多くの人がざっくりと、その二つの思想は対極にある、と認識しているように思う。「ヒッピー」が、自由と自然、セックスを愛し、既成の価値観に縛られた人間生活を否定しながら、どこか自然回帰している印象なのに対し、「ヒップホップ」は、高価な車、時計、スニーカーなどの物質やラグジュアリーさにこだわり、自己顕示欲が旺盛、そして、既存の男らしさや女らしさに価値を求める傾向が強いイメージだ。
もはや、こんな話すら「自分の生活に関係ないし、どーでもいい」と思っている人が大半だとは思うが、私はどうもサブカルチャーに好奇心をそそられる性分ゆえ、気になったのだ。ネットサーフィン中の「いかにして、ヒッピー少女は、NYイチのヒップホップフォトグラファーになったのか(意訳)」という見出し、そして、Jessica Lehrman(ジェシカ・レーマン 27歳)というキュートなフォトグラファーが。
「私の両親は、ノマッド・ヒッピー」
両親はヒッピー。「子供の頃は、シアトル、ワシントン州、コロラド州あたりを転々とする生活」。学校には「8歳頃から通っていない」という、ホームスクーリングキッズだった。レインボーギャザリングやヌーディストキャンプといった、オルタナティブなライフスタイルの実践者が集るコミューンに滞在することも多かったと話すのは、Jessica Lehrman(ジェシカ・レーマン)。そんな特異な少女時代を過ごした彼女は今、「アンダーグランドシーンを撮らせたら彼女の右にでるものはいない」といわれている注目のフォトグラファーだ。
彼女にスポットライトがあたったきっかけは、「ヒッピー」ではなく、意外にも「ヒップホップ」。巷では「ヒップホップ・フォトグラファー」と呼ばれることも増えている。が、本人は「違うって!私にヒップホップのことを聞いても何もでてこないから!」と笑い飛ばす。それもそのはず。なんせ、彼女はビートルズやローリングストーンを聴いて育った“フラワーチャイルド”なのだから…。
ヒップホップは聴かない。
子どもの頃の将来の夢は、「ベリーダンサー、メイクアップアーティスト、絵描き…とか」、無数のことに興味を持ったが「写真」には一切惹かれなかったという。転機は17歳のとき。「やっぱり絵描きになりたい」という想いからアートスクールへ入学するも、応募が遅すぎ、という理由で目当ての絵画クラスには入れなかった。「で、空いていたのが写真のクラスで、仕方なくそれにしたんだけれど…」。結果、初回のクラス以来、写真の世界に「ハマった」のだという。
いちど情熱に火がつくと、勢い余って学校を中退。衝動的にニューヨークへ移り住んだ。
「一文無しだった」という言葉どおり、4-5年前まで叔母や友人の家を泊まり歩きながらの生活。当時は(2011年)、Occupy Wall Street(「ウォール街を占拠せよ」)の抗議運動の様子に惹かれ、自主プロジェクトとしてドキュメンタリー写真を撮っていた。
そんな時、知り合いから薦められたのが、米国南部のラッパーJermaine Dupri(ジャーメイン・デュプリ)のツアー撮影の仕事だった。その彼女の知り合いは、過去にジェシカが撮った音楽フェスの写真を気に入って依頼してきたそうだ。「正直、そのラッパーが誰だかまったく知らなかったんだけれど『頂ける仕事があるのなら、どこへでもいきます』って感じだったかな」。ジェシカは言われるがままに南部へ赴いた。生まれてはじめて目にした“ディープ”なヒップホップの世界に「ヤバい!」。すっかり魅了されてしまった。
この南部での経験を機に、ジェシカはニューヨークへ戻ってからもアンダーグラウンドシーンのヒップホップイベントに「呼ばれたり、遊びにも行くようになった」という。丁度、2011-12年といえば、ニューヨークの若手ヒップポッパーたちが勢力を伸ばしていた頃。そのスタイルとして特に注目を集めていたのが、従来に比べてのリベラルな姿勢と「連帯感」。自分だけではなく、「地元の仲間みんなでビックなろう」という互助の精神だ。彼女が親近感をもてたのも、音楽そのものよりも、同世代のアーティスト、Pro Era、 A$AP Mob、World’s Fairたちの「コミュニティ愛」だったという。「だって『共助』は私の両親がヒッピーコミュニティで大切にしてきた価値観と同じだから」
素人フォトグラファーよりも低機能カメラを愛用?
近年、ジェシカは「ヒップホップ/アンダーグラウンド・フォトグラファー」としてメディアによく取り上げられている。ファッション・フォトグラファー、アウトドア・フォトグラファー等、自分の「ウリ」を明確にして活動する人は多い。もちろん、そうするのはメリットがあってのこと。だが、彼女は「私はジャンル不問がいい」という。理由は「その方が、仕事を通していろいろな世界に連れて行ってもらえるし、いろんな人に会えるから」
事実、彼女はファッションウィーク中はステージの表裏に、ライブ撮影の際は爆音のステージ最前列に、政治家やCEOを撮影する際は、高層ビルの中、また、田舎の小さなコミューンを撮影するときは自然の中にいる。無論、楽しいばかりではない。昨年は、ニューヨーク・タイムズ誌からの仕事で、暴言で話題の16年アメリカ合衆国大統領選挙候補者のドナルド・トランプの撮影も担った。感想を聞くと「超変な感じ!彼のオフィスにたった二人っきりでいるのも変だったし、私、彼の髪の毛とかペペッて触っちゃったし!」と顔をゆがめてみせる。同誌の「Sunday Review」にデカデカと載った彼女の写真は、「政治家がマイクタイソンのチャンピオンベルトをしながら、満面の笑みを魅せる」というアイコニックな作品だった。
こんなプロの仕事をしながらも、直近の夢は「フィルムで撮りたいものを好きなだけ撮影できるようになりたい」。フィルム撮影は値がはる。愛用のカメラも「ライブ中に酒を浴びたり、もうボロボロ」。フォトグファー仲間に器具を借りることも多々。なければないで、あるもので、自分のベストを尽くす、が彼女のスタイル。「お金がなくても平気でいられるのは、両親譲りかな」
「サブカル」を色眼鏡で見ない才能
メインではなく「サブ」の世界で育った彼女は、その世界を決して色眼鏡で見たりはしない。
「アンダーグラウンドの分野に関していえば、私は被写体を、“アーティスト”とか“物体”というより、“友達”の感覚で捉えてる。彼らが“彼ららしい”姿をみせた瞬間にシャッターを押してるの」。「彼ららしい」とはあくまでもジェシカの感覚によるものだが、その感覚こそが彼女の作品を唯一無二にしているのだろう。居心地のいい関係性を築き、その場所に身を置くことが出来ているからこそ、受け身にもなれるし、新しいアクションも生まれる。
ジェシカはこういう。「ラッパーの彼らも私の両親も、社会一般的には『変わっている』のかもしれないけれど、それぞれ異なる価値観ややり方で、より良い人間になろうと生きているという点では『みんな同じ。繋がりを感じる』」。こんな感性を持つ彼女だからこそ、反応できるスペシャルな瞬間があるのだろう。「その感性、稀なる才能だと思う!」というと、「マジ?ありがとう!!」と、本人は気付いているのかいないのか。いや、おそらく無意識。だから、なおさらいいのだ。
Jessica Lehrman
jessicalehrman.com
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Photos by Jessica Lehrman
Text by Chiyo Yamauchi
Interview Photos by Kohei Kawashima
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