ふと思い出した。私がまだニューヨークに来て間もない頃に見た、ブライアント・パークでの異様な光景。ミッドタウンのど真ん中にある、ビジネスマンとか観光客がのんびりしにくるふっつーの公園でイスに向かってひとり、無心に腕を振り回している男の姿。
チャイナタウンや日本の公園でも時々見掛ける、あの老人が太極拳に励んでいるのとはちょっと様子が違った。蝶ネクタイでキメたあの中年がひとりで、何をやってたんだろうか。
今日日の寒すぎる真冬の公園で半袖でくつろぐ目の前のおじさんに、あの時の記憶がリンクする…。
いまさら非常に気になってしまったので調べてみることに。
リサーチしてみると割と簡単に動画発見!あの時は気付かなかったが、イスにはパソコンが置いてある。それに、ただ腕を振り回しているというよりは、リズムに乗っているようだ。
あの時たまたま見たアレ、どうやらニューヨーク中の地下鉄ホームで演奏活動をするミュージシャン達を一同に会し、合同演奏しちゃおう!という短編フィルム『Signal Strength(シグナル・ストレングス)』の一部始終だったようだ。合同演奏といっても、実際に“会って”はいない。ホームに設置された無料Wi-Fiを利用し、各々がスカイプを介してのセッション。そう、前述の中年男の正体は指揮者。画面の中のミュージシャン達に指揮をとっている最中だったらしい。
http://https://www.youtube.com/watch?v=X6PhsrcO80g
さらに詳細が気になってきたのでコンタクトを試みると、この撮影を手掛けたフィルムディレクターと繋がることに成功。
「毎日多くの人が利用する地下鉄と、ニューヨークとは切っても切り離せない音楽。このふたつを融合させた短編フィルムを、“ユニーク”な角度から撮ってみたかったんです。ちょうどホームに無料Wi-Fiが設置され始めた頃だったので、コレだ!と思いました」とは、その仕掛人兼ディレクターの『シグナル・ストレングス』の仕掛人Shimojima(クリス・シモジマ)氏だ。
直接ロケハン。直接交渉。
撮影場所を選ぶのにも一苦労したとのこと。外せない条件は3つあった。
1、Wi-Fiがサクサク動く
2、騒音・雑音を最小限に防ぐため、線路からホームまで程よい距離がある
3、MUNY (年に一度オーディションを行い、正式に演奏許可を与える組織)がミュージシャンのために提供したスポットには侵入しない
これらを踏まえた上で、さらに退屈な画にならないよう似た背景の駅は避けた。
楽譜が読めることを必須条件に、ミュージシャンのうちの数人の直接交渉もした。「話を持ちかけた時、彼らは僕がふざけていると思ったでしょうね。こんなプロジェクト、今まで聞いたことないですもん(笑)。最初は単なる好奇心からOKしてくれたんだと思います」
ミュージシャンたちを繋いだのはちいさな携帯用Wi-Fi
混雑を避けるため、撮影は乗客数の少ない日曜の早朝に決行。当日は9つの駅に、11人の地下鉄ミュージシャンと11種類の楽器が集結。トランペットやベースと聞き慣れたものから、西アフリカ起源の伝統的民俗打楽器シェケレ、世界初の電子楽器テルミンなどまさに多種多様。
「国籍・年齢・性別はバラバラ。でも、“彼”ならこれらの個性豊かなミュージシャンを上手くまとめれると思ったんです」とクリスが厚い信頼を寄せるのが指揮者のLjova。冒頭の腕を振り回していた中年男だ。フィルム内で演奏されている曲は、彼がこのプロジェクトのために作曲したオリジナルなんだとか。
また、地下鉄ホームのWi-Fi状況と同様に重用視していたのが、指揮の拠点となるブライアント・パークのWi-Fi状況。リスク削減のために雇った専門技術者と、事前に用意したMiFis(携帯用Wi-Fi)のおかげで、地下鉄の電車がミュージシャンの前を通過する際に稀に途切れることはあったものの、元々あるネットワークに負荷をかけずに済んだ。
「通行人が不思議そうに覗き込んできたり写メを撮ったり、興味を示してくれたことが嬉しかったよ」と、楽しむ余裕があるくらい撮影はスムーズに進んだという。
気になるテイク数はなんと…
とはいえ、一朝一夕にはいかなかったであろう今回の撮影。どうしても聞きたかったのが成功させるまでに撮ったテイク数。撮影現場は地下。Wi-Fiが設置されているとはいえいつもスムーズとは限らないだろうし、いくら注意したって騒音や雑音が入り込む可能性は充分にある。接続する時に多少のズレなんかも生じたに違いない。
「撮影にかかったのは数時間だけ。目的は短編フィルムを作ることだったから、完璧な一発OKテイクは必要はなかったんです。全員が同じタイミングで演奏が終わるようにだけ調整しました。ただどうしても各々0.5秒ずつ程のズレが生じるので、それは編集の際に修正してます。あとは編集しやすいよう追加用の様々なアングルからの画も多めにおさえましたね。合計8回くらい撮ったかな」
そうだ、これは編集という心強い味方がいるフィルム作品。「これがもし生LIVE配信だったら」。計り知れない時間と労力を費やしたに違いないよ、とクリスは笑った。
地下から発信するアングラ・ムーブメント
別々の場所にいながらにして、あたかも一緒にセッションをしているかのように湧き出る一体感と心躍るパフォーマンス。ジャジーでエキゾチックなそのサウンドは、ストリートミュージシャンシップとインターネットカルチャーの融合を感じさせる、まさにアンダーグラウンド・ムーブメント。
MTA(ニューヨーク州都市交通局)は、2017年までに駅構内が地下に位置する市内279の全駅にWi-Fi設置すると発表している。これを受け「規模を拡大しての再チャレンジ予定は?」と聞いてみた。
「うーん、ないと思います。論理的に一斉にたくさんにスカイプをコネクトするのってすごく難しい。あと、一度やったことに再チャレンジするときって、一度目を超える理由と意義が必要だと思うから」。残念ながら続編はなさそう。
「続編ないならもう一回くらい見てみるか」と、動画を再生しかけているあなた。終盤に流れる、乗客を一瞬にしてイライラさせる車内名物アナウンス“Ladies and gentlemen because of construction no mta trains are running…(ご乗車の皆様、工事のため電車は動きません…)”もお聞き逃しなく。
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All photos Via Chris Shimojima
Text by Yu Takamichi
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