開催期間の約2週間足らずで雨のように金を降らし、「300億円」以上の経済効果をオースティン市にもたらすといわれるSXSW。オースティン商工会議所のマイケル・バーマン氏に、市とSXSWのカンケイについて聞いた。
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「カウボーイの町」にハイテク起業家が集まる
オースティンとSXSWのカンケイを紐解くにはまず、市がどんな街で、SXSWに親和性の高い起業家、スタートアップを集めるようになったのかを知るのが大前提だ。
正直、テキサス州ときいてまず想像するのは、カウボーイや石油。しかし、州都オースティン市の主要産業は、半導体などのハイテク産業だったりする。1984年にマイケル・ソール・デルがデル・コンピュータを設立。その成長により「デリオネア」と呼ばれる億万長者が生まれ、オースティン市にはハイテク起業家が集まるように。IBMの同市への進出を皮切りに、モトローラ、東芝、アップルなど国内外の情報技術企業も進出を果たす。ちなみに、サムソンが韓国外に持つ最大規模の工場もここにある。ハイテク企業が集う街として不動の地位を 得ているといっていい。
温暖な気候で住みやすいうえ、治安も良好で暮らしやすい都市として知られるオースティン市。コロラド川沿いに発展したこの都市には多数の湖があり、水泳、ボート漕ぎ、魚釣りなどのウォーターアクティビティ、アウトドアも大いに楽しめる。190万人都市でありながら大自然に囲まれた環境で、街の雰囲気を一言で表すなら「のんびりマイペース」。そんな風土も起業家の気質とマッチしているのかもしれない。
「おたく便」ではるばるオースティンへ
物価の高騰と競争の激化が進み、スタートアップしづらいとシリコンバレーからオースティンに移住する者もいるほどだ。より自分たちのビジネスがしやすい環境を求めて起業家が移動する。シリコンバレーからオースティンへの飛行機は「おたく便」と呼ばれるほどで、“ハードコア”な起業家がそのアイデアを実現すべく新天地にオースティンを選ぶといってもいい。住みやすさや暮らしやすさ、これに加えて同市がスタートアップにとって最も起業しやすい都市といわれる理由の一つに「地方税ゼロ」が挙げられる。
これに加え、公私からのサポートがある。商工会議所、州や市などの自治体からのサポート、いまではこれらに加え、民間のベンチャーキャピタルやTech Ranchといった民間アクセラレーターが精力的に起業のサポートを行っている。金の種の集まるところに金は集まるとはいったもの。起業家と投資家の需要と供給がマッチングして、オースティン市は起業家にとって住みやすい街となった。
「新しい環境」と「新しい登竜門」を求めるスタートアップの起業家たちの流儀は「てめえでやる」。新境地を開拓すべくオースティン市にやってきたら、すでにそこには土台があった。SXSWはそもそも、「音楽好きの、音楽好きによる、音楽好きのためのどんちゃん騒ぎ」だ。地元のライブハウスなどの音楽関係者が立ち上がり、「閑散期のライブハウスを埋めようぜ!」という心意気で生まれた。音楽イベント「SXSW Music」としてスタートしたのが1987年。以来、参加者は自分の好きなシーン(業界)を盛り上げるために「てめえでやる」のスピリットで共感を生み、1994年には映画とITの部門「Film & Multimedia」が生まれた。そして満を持して97年に誕生したのがMULTIMEDIAが独立したIT部門「Interactive」だ。
「地域一帯」の起業家コミュニティ
オースティン商工会議所のマイケル・バーマン氏はいう。
「SXSW Interactiveとのパートナーシップは年々強化されています。この地域一帯の起業家コミュニティも同じ実感を持っていると思います。起業家精神は、オースティンの経済力の源そのものであり、また、経済力強化に関わることは、中央テキサスをイノベーションのハブとして機能させ、産業の促進に貢献するということでもあります。中央テキサスの都市であるオースティン市が画期的なビジネスアイデアや産業に広く門戸を開けば、新しい経済発展が見込めます。スタートアップコミュニティにとってもいい機会となるはずです」
地域の発展が個々のビジネスの発展にもつながる。「共存共栄」がオースティン起業家コミュニティのキーワードでもある。2013年から商工会議所とSXSWが行っている、オースティンのスタートアップシーンを盛り上げるイベント「Austin A-List of the Hottest Startups」がいい例だ。いまオースティンで最もアツいスタートアップは何か、急成長しているスタートアップは何か、それをリスト化し“健闘”を讃え合う。オースティンのスタートアップシーンのレベルを図り合い、おのおののビジネスの質をさらし合い、仲間同士で批評し合い、投資の機会を得るために、さらにはオースティンではいま何が旬なのかを学ぶ。世界中からエッジのあるスタートアップが集まるSXSWの前哨戦として、A-Listのような「集団合宿」のようなイベントを設けるあたり、市が自らのレベルを上げ、イニシアティブをとって、市をあげてのお祭り騒ぎを盛り上げようという意志の現れといえる。わずか4年弱ですでにA-Listに投資された額は、3億5,867万ドル(約443億円)。SXSWに通じる、世界に通じるスタートアップ養成にかけるオースティンの本気度が分かる数字といっていい。
フェスで、「1日158人が移住する町」に
「オースティンは、SXSWのような大きなイベントにうってつけの街なんですよ」とバーマン氏。その理由について、
「テキサスらしくないし」と笑って前置き続けた。「オースティンは革新的な街で、熱烈的な実業家も多く、ビジネスに前向きで、環境問題にも精力的という人が多いんです。それでいて、オースティンの人はあくせくしていないし、働き者ばかりだし、パートナーシップを大切にするマインドを持っています。SXSWもそういうマインドとアプローチを大切にしています。クリエイティブで自由な思考と精神こそ、オースティンが家訓とするもので、SXSWはそれを育ててきました」
街が目指すものとフェスが目指すものが一致したら、街とフェスのアイデンティティが一致する。テキサスに対する固定概念を払拭しようと、ハイテク企業を誘致するなどイノベイティブな街づくりをしてきたオースティン市。新しいイノベーションを「てめえでやろう」とする者との相性がばっちり合って、来年はついに第30回目を迎える。
「SXSWで登場するアイデアは、新しい国際経済の最前線で開拓中のものばかり。だけどここ数年は、ヘルスケアやインターネット・プライバシーから、社会起業、ウェアラブル、3Dプリンティング、自動運転自動車までいろいろあって幅広いです。2016年にどんなイノベーションを見れるのか、楽しみですね!」
商工会議所によると、現在、1日に158人がオースティン市に移住している。それほどまでにオースティンが魅力的なのか。魅力的といえるコミュニティの価値観の一つに、「生活のバランス」がある。「よく働き、よく遊ぶ」ことは、よく生きることでもある。オースティン市は自らを(州都であることをかけて)、“HumanCapital(”人間の州都)と呼んでいる。仕事や生活のコストが低いこと、若手、高学歴人口が多いという裏付けがあるからこそ、「オースティンで はイノベイティブでクリエイティブなコミュニティがあると 思う」と移住者は話す。生活の質を高めてくれるものには、 強い経済力、仕事、イノベーション、テクノロジー、家族、食 べ物などがあるが、「フレンドリーでクリエイティブ、すべて を包み込むように歓迎的な人柄を、オースティン市民は 持っていると思います」とバーニン氏。
「同イベントは何千人もの市民に雇用をもたらし経済を支えている。全てのオースティン市民は同イベントから恩恵を受けている。感謝します」とは、商工会議所のトップ、マイケル・W・ロリンズ氏の言葉。しかし、SXSWも同市に感謝している。世界中からくる参加者を温かく迎え入れるボランティアはオースティン市民だ。持ちつ持たれつ、オースティンとともにSXSWはあるのだろう。
austinchamber.com
Writer: Kei Itaya