世界で何万人もの人をパンツ一丁で通勤させ、“偽”のオリンピック聖火ランナーを数百人に声援させ、人々を「にやり」とさせるプロのいたずら集団「Improv Everywhere(インプロブ・エブリウェア)」を運営するCharlie Todd(チャーリー・トッド)35歳。
一体何のために「プロ」としていたずらをするのか。チャーリーが考える「いたずら」のチカラが知りたい。育児休暇中ということで、「ベビーが起きるまで」という条件つきで、電話で話を聞くことに成功。途中、自分で自分の発言に吹き出しながら早口でまくしたて、インタビューは34分で終わった。チャーリー率いるImprov Everywhereが巻き起こす巨大なBuzzとは…。
地下鉄の駅に、裸?!
ニューヨークの夏は、とことん蒸し暑い。にもかかわらず、名物サブウェイの駅構内には冷房がない。時刻表がある日本と異なり、次発がいつ来るか知れぬ中、顔や首に吹き出る汗、汗、汗。待ち時間が長くなるとそれだけ、ホームに人が溢れ、「は、 早く来てくれ」とイライラが募る。不機嫌な顔、顔、そして汗。 そんなホームのど真ん中、腰にタオル一丁で裸足の男性が悠々と横切る。ベンチには、バスタオルを体に巻いて、ハンドタオルで顔をゆっくりと拭う女性たち。白いユニフォームの男女が、ライム入りウォーターを配り、時折、冷たいミストを顔にかけてくれる。ぎょっとして見上げると、駅名の表示は「34 Street」ならぬ「34 Spa」! 不機嫌な人たちの顔が、ほころび、こみ上げる笑いを抑えながら、スマホで写真を撮り始める。ミストをかけてもらったり、30度以上の暑さの中、熱い石を背中に置いて血行を良くするサービスを受ける強者(つわもの)まで。
「Make people smile(人々をにやりとさせる)」、そして「Cause scenes of chaos and joy in public places(公共の場所で、カオスと喜びのシーンを引き起こす)」というのが、チャーリーお得意の「Prank(いたずら)シナリオ」。2014年8月にプロデュースした「The Subway Spa」は、この二つの要素がうまくブレンドされている。
最も有名なシナリオは、「The No Pants Subway Ride」
毎年1月、長い冬と重い冬装備にうんざりしながら地下鉄で通勤するニューヨーカーたち。と、突然、車内で、ズボン(英語ではPants)を脱ぎ始める老若男女が出現。分厚いコートに 帽子、手袋とニューヨークの冬に欠かせない3点セットはそのままで、下半身はカラフルなトランクスやパンティ、ブリーフ、そしてむき出しの足。参加者は、いたずらに参加していることをお互いに知らないかのようにふるまわなくてはならない。本を読んだり、子どもをあやしたり、窓の外をのぞいたりして、何食わぬ顔をしている。が、それ以外の通勤客は、驚き、にやりとし、スマホで「撮ってもいいのかな?」と戸惑った顔をしながらも隠れてシャッターを押したり、と、ちょっとしたカオス。
「No Pants Day」は、今では世界10数ヶ国で数万人が参加して行われている。毎年12月中旬に、1月の「実行日」が発表され、それから数万人がパンツ選びも楽しめるというわけだ。
天才の「ミッション遂行」の戦略って?
いたずらバズの仕掛人、チャーリーは、サウス・カロライナ州などの小さな街で生まれ育った。ニューヨークとは正反対の伝統的な田舎街で、映画館やコメディシアターに通って子ども時代を過ごす。最初のいたずらは、演劇を専攻していた学生時代。ベン・フォールズという中年 シンガーソングライターのふりをしてバーに行った。
「あー、ベン・フォールズじゃないか!」 と、バーの人々。うすうす本物じゃないと知りながらも、笑ったり、フレンドリーに受け止めてくれた。「20人ちょっとだったかな。誰もが楽しんでいたよ」。 2001年1月、コメディアンを目指してニューヨークに。舞台に立つのを夢見て、 シアターのレッスンに通ったり、コミュニティーセンターで演技したり、オーディシ ョンを受けたり。しかし、なかなか本物の「舞台」には近づけない。 そこで、チャーリーは「舞台がないなら、公共の場所を舞台にしてしまえ」と、発想の転換を図る。しかし、公共の場所で人を集めるには、戦略が必要だ。
「基本的に、ポジティブさが必要だ。だけど、人々が現実を忘れるような感覚にさせなくてはいけない。決してがっかりさせてはいけない。smileが必要なんだ」
猛暑を忘れる地下鉄スパ、極寒を忘れる地下鉄パンツ通勤。現実を忘れて、にやり。確かに、チャーリーのポリシーは成功の秘訣だ。こうしてニューヨークに来てわずか7ヶ月後、Improv Everywhere(以下IE)を、設立した。 IEの仕組みはこうだ。「ミッション」=いたずらイベントに参加する人々は、IEのメーリングリストに登録。ニューヨークに住んでいなくても、「グローバル・メーリングリスト」に入れば、世界15ヶ国を巻き込み、同時多発に展開するThe No Pants Subway Rideなどに参加できる。企業やブランドと協力したミッションを企画することもある。しかし、あくまでも目的は、人々のにやり、であり、企業の広告には終わらせない。
たとえば、人気スポーツチャンネル「ESPN」とは、「The Mini-Golf Open」を企画。街に出現したミニゴルフ場で、子ども連れが楽しんでいると、突然、プロのキャディーや、ESPNの中 継席、カメラクルーが飛び入り。チャーリーも混じって、実況中継を繰り広げるうち に、通行人が集まり、プレーヤーに声援や拍手をおくり始める。訳が分からず、コースをまわり終わると、大きなトロフィーが出てきて、プロゴルフの「USオープン」さながらの表彰式も行われる、というもの。
今流行の、フラッシュ・モブとは何かが違う
世界中の人のsmileに支えられてきたIEだが、いわゆる「フラッシュ・モブ」とは違うのか。フラッシュ・モブは、日本にも上陸し始めたが、米国で最初に行われたのは2003年6月17日、雑誌編集者のBill Wasik(ビル・ワシック)氏が計画した。この日、老舗デパート「Macy’s(メイシーズ)」のいつもは人気のない絨毯売り場に130人が結集。店員に「何の集会ですか」と尋ねられたら、「私たちはニューヨーク郊外の倉庫に住む予定で、絨毯を買いにきました。私たちは、すべて話し合いでものごとを決定するので、どの絨毯を買うのか決めるために集まった訳です」と答える、というもの。以降、街中で突然、「ピロー(枕)ファイト」をしたり、突然ベートーヴェンの第9番交響曲「合唱」を歌い始めたりと、世界中でフラッシュ・モブが計画されるようになった。チャーリーの分析はこうだ。
「フラッシュ・モブの定義は知らないが、多くの場合、意味がないものだ。IEのミッションは、フラッシュ・モブがはじまる2年前からやっていたし、『Organized Fun(仕組まれた余興)』だと思っている。地下鉄スパは、モブ(大衆)ではなくて、20人ぐらいでやったし、それにフラッシュ(一瞬)ではなく、大体は1時間以上かかるものばかりだ」。確かに、IEのミッションは、誰もが思いつくことができるものではなく、人々をsmileさせるため、綿密に練られたユニークなアイデアで、スタートしている。「これまで13年もの間、常に新しいアイデアを追い求めてきた。誰もやったことがないアイデアで、しかも人々が主役にならなくてはならない」
「ベスト・バイ」(米国最大手の家電量販店)では、店員のユニフォームとよく似た青いポロシャツとカーキパンツの人々が突然、店内に溢れ、買い物客と店員を混乱させ、最後には「あはは」、と笑わせる。「ヒューマン・ミラー」では、選ばれた一卵性双生児が、同じ服装で地下鉄車内に向かい合って座り、鏡に映っているかのように、同時に同じしぐさをするというもの。乗客は、「あれっ、何のイベント?」と勘ぐりながらも、延々と続くヒューマン・ミラ ーにうふふ、と笑ってしまう。「ニューヨークのような大都会に出てきて、意外とみんなフレンドリーだな、と思う 反面、僕が育った小さな街のように、目が合うとにこっとしたりすることは、あまりしない。でも、そんな瞬間が好きだから、目が合ってにっとして、そして会話もはじまる、というシチュエーションを作っているんだ」。参加していようがいまいが、都会の見知らぬ人々を、結びつける、そんなパワーを持つIEのミッションは、ただの「いたずら」ではない。「たとえば、日本のテレビにはたくさん『びっくり』番組があるけど、意地が悪くて、 人をやり込めるものばかりだ。笑ってはみるけど、疑問が残る。僕のいたずらは、そういうネガティブなものではない」
Image by Dave Bledsoe
時代は「一度で二度楽しい」いたずらだ!
とはいえ、多くの見知らぬ人を巻き込むと、予期せぬこともある。「ベスト・バイ」では、店員に警察を呼ばれてしまったし、「手錠をかけられたこともあった」と打ち明ける。しかし、チャーリーが感動したのは、「Surprise Torch Run」。2014年2月の冬季五輪前に計画した。偽の五輪聖火ランナーが足をひきずりながら、歩道をなおも前に進もうとする。とうとう力つきて、見知らぬ通行人に「この先の角を曲がると、次のランナーが待っているから、どうかそこまで聖火をつないで」と頼む。コーヒータンブラーや買い物袋を持ったまま、人々は訳が分からず、聖火を引き継ぎ、ガイドに導かれて角を曲がると、そこには旗や風船を振って、聖火リレーを見守る市民たち。「USA、USA、アメリカン・ヒーロー!」。無事に、聖火を次のランナーに手渡すと、テレビリポーターが走りよってくる。「お名前は?今の気持ちは?」。偽のランナーと知らない通行人らが、次々と聖火を運び、偽のイベントと知らないほかの通行人が、声援を送った。
「一体どうなるか分からなかったけど、まったく見知らぬ人が、ランナーを助けて、それを声援する人々が集まって、感動したよ」。こうしたアイデアと同時に重要なのは、写真やビデオのクルーだ。ミッションのビデオをYouTubeにアップし、人々が面白がって何百万回も再生することで、経費を支払う広告収入が入るからだ。
「僕は、01年からウェブでビデオを発表することの重要さを発見して、公開していた。YouTubeが流行り始めた06年には、すでにビデオをたくさん作成していた。僕らのミッションは、ビデオなしにはあり得ないよ。地下鉄スパだって、参加したのは20数人だけど、ビデオは100万人ちかい人が見ているんだ」。参加者が少なくても、世界中の人にsmileをもたらし、そしてIEに収入ももたらすYouTubeビデオは、今では計169本に上り、100以上のミッションを網羅している。人々にsmileをもたらし、ビデオでさらに世界中の人の口元を緩めさせる「連鎖反応」を生むIE。育児休暇中のチャーリーだが、ベビーをあやしながら次のミッションを考えているにちがいない。
※数字はすべて取材当時(2014年12月)のものです。/span>
< Issue 21より掲載 >/span>
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Photos via Improv Everywhere
Writer: Keiko Tsuyama
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