81歳のバーニングマン紀行  

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死があるからこそ、生を謳歌できる
砂漠で見つけた新しい自分

吹き荒れる砂嵐の中、さまようように現れる老人。何かから解放されたように、こちらに向かってくる。チャーリー・ワーナーがやってきたのは、ネバタ州のブラックロック砂漠で行われるアートフェスティバル、バーニングマン。乾ききった砂の地に、巨大なアートを建て、1週間後に燃やして無に還す、儀式のような祭り。「死があるからこそ、生を謳歌できる」。そんなインスピレーションを受けた彼は、過去と向き合い涙し、81歳にして出会った、新しい自分に…。

http://https://www.youtube.com/watch?v=Ho9umwLzyJA

2013年に公開されたショートフィルム「Charlie Goes to Burning Man」は、その前年、81歳のときにバーニングマンに参加したチャーリーの物語。「バーニングマン」は、生と死の両方を意識させてくれる」。彼がなぜ、そんな風に感じたのか。それは彼が、ずっと白血病のキャリアで、1年半前に心臓手術をしたからだけではなかった。

 彼は、胸をえぐられるような忘れ難い過去を抱えていた。従軍でオーストリアに駐屯していた彼に、連絡が入った。「父、危篤。すぐ帰れ」。22歳だった。はやる胸のうちを抑え、両親のいるワシントンD.C.へ急いだ。飛行場で母に電話をすると、父はなんとか持ちこたえているという。「父さんに伝えて。僕が向かっていると!」

 結局間に合わなかった。チャーリーを待っていたのは、息絶えた父だった。母に聞くと、伝言を伝えなかったという。「母を責めました。僕が来ると分かっていたら、父はきっと僕を待ってくれたはずと」。やるせない怒りと悲しみに蓋をして、チャーリーはひたすら走ってきた。

「You’ve Got Mail」でおなじみとなったメーラーAOLの一世風靡に、インタラクティブ・マーケティングのヴァイスプレジデントとして貢献。さまざまなテレビ局やラジオ局にマネージャーとして招かれ、エグゼクティブ教育や人事に尽力。さらには、名門ジャーナリズムスクールとして知られるMissouri School of JournalismやNew York Universityでメディア論の教鞭も執ってきた。AOLの元社長であるボブ・ピットマン氏がチャーリーを、「私の初めての、そして最も大切なメンターの一人」と讃えるように、チャーリーは常に、人材育成を生業にし、周りに必要とされ、愛されてきた。しかし彼の心の奥底には、父親と母親への切ない気持ちがあった。

 その心の澱が、バーニングマンの木造社寺を訪れた際に洗い流された。生命の気配が感じられない砂漠の中に、突如現れる7万人もの人々と、彼らがつくり出す木製のアート群。これらはすべて、祭りの最後に燃やされる。

燃やすために、つまり無に還るためにつくられたのが、バーニングマンという砂漠に現れる巨大都市です。僕ら(参加者たち)は祭りの終焉まで、生を謳歌する。生きることをポジティブに楽しみたいという気持ちを持って集まった人々は、瞬間的につながり合えるんです。どんな格好をしたっていい。裸の人だっている。ありのままの自分をさらけ出し、認め合う。誰もジャッジ(判断)なんかしない。素晴らしいことだと思わないかい?そしてそれはすべて、終わりがあるこその営みなんだ。バーニングマンは死と向き合い、それを受け入れ、祝福するメンタリティがある。だから美しいんだ。

木造社寺内部の、壁のいたるところに記された、参拝者の思いの数々。どうしようもない思いを吐き出し、すべて無に還す場所だ。チャーリーはそれらを眺めているうちに、自身の心の中にずっとずっと眠っていた思いと向き合うことになる。「父さんに会いたい」。父にできなかったさよなら、母に対する怒り、それらが昇華された瞬間だった。「あれは僕にとって、トランスフォームの瞬間だった。スピリチュアルな経験でした」

 教え子の誘いで参加したバーニングマンだった。実はずっと断ってきた。「自分には無理だ、妻が許さない」と。それでも 三度目の誘いで「イエス」といったのは、声をかけ続けてくれる教え子に折れたのでも、死に支度をしようというのでもなかった。「なんであんな砂漠に大勢の人が行くのだろう」という好奇心だった。変わゆく時代の流れの中で、メディアという変化を煽動する“化け物”と歩んできたチャーリー。「変わらないものはない」と話すチャーリーに、変わらないものは?とあえて聞くと、しばらく考えてこういった。「人の目的意識かな。どんな状況下でも前に前に進もうという性根のような…」。

 目的が人の道を定めるとして、その道でいくらでも新しいことをしていい。いくつになっても挑戦していい。飽くなき好奇心と開拓心を友にして進んでいれば、思いもよらなかった「新しい自分」に会うことができる。真夏の砂漠、肉体的にも過酷な環境下。自分の周りは若者ばかり。しかし誰も、自分のことを「年寄りだから」と決めつけない。ここは、価値観や考え方の呪縛から解放された世界。そこで過去と対面し許せたことはチャーリーにとって、新しい自分の発見だった。フィルムの中で彼は新しい自分に、「Nice to meet you」といった。81歳で「開眼しちゃった」チャーリー、「実はいま、本を書いているんだ」と笑った。その道で彼はまた、どんな自分と出会うのだろうか。
charliegoestoburningman.com

Photographer: Koki Sato
Video & Photo Journalist: Jan Beddegenoodts
Writer: Kei Itaya

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若手のビデオジャーナリスト、JAN BEDDEGE- NOODTS(ジャン・ベッデジェノッツ)による、15分のショートフィルム。チャーリーを撮ろうという台本はなく、「現地で会って、いくつになっても新しいことをしている彼に感銘を受けた。被写体として最高だと思って決めた」という。現在、同フィルムを含むバーニングマンの写真展を欧州各国で巡回中。
JANBEDDEGENOODTS.COM

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