土のない農園で生まれる 「優しい反逆」

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Visiting Gotham Greens, Brooklyn

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「農業は環境に悪い」

そんなこと、思いもしなかった。「ヘルシーでグリーンでナチュラル」。農業には「クリーンでグット」なイメージがあった。しかし実際、私たちが日々口にする野菜は、大規模な農園で大量の農薬を与えられて育つため、大地と水を汚染している。さらにその運送にともなって、二酸化炭素を大量に排出し、大気をも汚染する。

そんな従来型の農業の問題と向き合い、新しい農業を実践する試みが、ここブルックリンにある。健康意識の高い消費者のスーパーマーケットとして知られる「Whole Foods Market」の屋上農園「Gotham Greens」だ。扉を開けるとそこには、緑の楽園が広がっていた。

“全米で最も汚い運河”の隣で育つ、クリーンな野菜

 ブルックリン区ゴワナス地区。かつて工業地帯として栄えたこの街は、その代償に「全米で最も汚染された運河」を持つことになったことで知られている。濁った運河の水はいまだ“健在”で、その真横に、ヘルシーでクリーンなブランディングに成功しているWhole Foods Marketがあるなんて異様だが、同時にオアシスにも思える。その屋根には、文字通り、緑の楽園がある。Screen Shot 2015-07-31 at 5.28.27 PM

 その屋上農園Gotham Greensの扉を空けた瞬間、凝縮された甘い青野菜の香りが鼻腔をくすぐった。心地よい湿度に包まれたグリーンハウス内の野菜は、どれも新緑の緑色をしており、柔らかそう。「赤ちゃんの肌みたいでしょ?」と微笑むのは、広報のニコール・バウム。土耕栽培の野菜の葉は、風に吹かれ雨に打たれ陽をさんさんと浴びるため、頑丈になり色味も深緑で、“たくましく”育ってしまう。一方、グリーンハウスの中で大切に育てられるGotham Greensの野菜の葉は、まるで生まれたての赤ちゃんの肌のような柔らかさを持っている。かといって、土耕栽培のそれとは負けない栄養素をしっかり持った野菜だ。栄養士による栄養分析も定期的に行い、品質管理を徹底している。

 人口過密で土地の少ないニューヨーク市では近年、屋上農園の可能性を模索してきた。古い建物の屋上に土を持ち込むと屋根が落ちるなどの被害が多く、いかに“軽い”農場を作れるかが鍵だった。そしてその鍵は、テクノロジーが握っていた。土と同じ栄養分を水に含ませるバイオテクノロジーと、その「母なる水」を循環させるテクノロジー、グリーンハウス内の温度湿度管理、太陽光が弱い場合のLEDライト点灯などのシステムを可能にするテクノロジーの集大成が、屋上での水耕栽培を可能にした。

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 苗床は、ロックウールと呼ばれるスポンジのような吸水性を持つ鉱物繊維に根を張っており、土壌と同じ栄養分を混ぜた水をたっぷり吸い込むことができる。さらに、苗床が繊維なので土壌よりも少ない労力で根を張ることができ、いち早く根以外に栄養を回せるので、葉が育つのが早い。自然、収穫サイクルも早くなる。「土耕栽培の20〜30倍の収穫量を得ることができるんですよ」とニコール。だからこそ、屋上という限られたスペースでも、ビジネスが成立する量を生産できる。

「古い“新鮮野菜”」で育った健康志向

 しかし、Gotham Greensは生産性と効率性の高さを評価して水耕栽培をしているのではない。彼らが新しい農業のスタイルとして水耕栽培を実践するのは、環境への負担が軽減できるからだ。従来型の土耕栽培の農業で使用する肥料は、大地を汚染するだけではなく、地面に浸透し水質汚染まで引き起こす。一方で、養分である水を循環させる水耕栽培では、水は汚染されているどころか、リサイクルされている。さらに、この水の循環システムは水の使用量削減に貢献しており、土耕栽培で必要な水の10分の1の量で済むため、深刻化する水不足という困難にも対抗できる、新しい農業のカタチとして期待されている。

 水耕栽培が「未来の農業」としてもてはやされつつある中、「屋上の水耕栽培は都市型農業の一つの可能性であり、この方法がどこにでも通じる唯一無二の農業スタイルだとは考えていません」とニコールは冷静だ。

 ニューヨーク市のスーパーマーケットで販売される野菜の多くはカリフォルニア州から運輸されており、少なく見積もっても収穫から5〜7日経ってしまっている。それを、ニューヨーカーは「生鮮野菜」として食べている。大都市だからこそ「それっておかしくないか」という気づきが発言化しやすく、健康志向や環境志向が高まる。自給自足してこなかったからこそ「なんとかできないか」という意識が芽生え、地産地消が叫ばれ、トレンドになる。そうした食に対する人々の考えの変遷を捉え、Gotham Greensは、新しい農業のあり方を、一つの選択肢としてニューヨーカーに掲示している。

 特記すべきは、彼らが「Slow Grow」を当然の概念にしてミニマム経営をしながら、そのブランディングを広く伝えている点だ。

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 地元でできた野菜に消費者がもっと親しみや繋がりを感じるように、品種改良したレタスに「ブルックリン・アイスバーグレタス」と名づけるなど、ローカル重視のマインドを謳う。2011年の設立以来、その場所に適した農法なのかを第一に、管理できる範囲で質の高い野菜を生産することで、Whole Foods Marketをはじめ、新鮮食材を使うことで知られる市内の有名レストランのシェフからの信頼を得てきた。ラブコールを受け、遂には今年、ブルックリン以外にもクイーンズ区とシカゴに拠点を持つことに。

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汚染と公害だらけの街の「食べる」を変える

 食欲を満たすためだけの食べ物は、大量生産の大規模農場にまかなわれてきた。しかしその代償に、土壌・水質汚染が目立つようになった。汚染されたものを食べ続けるわけにはいかない。資源も限られている。そうして人間は、「食べる」という行為を見直すことになった。地球の裏側でできて運ばれてくる食べ物に頼り続けることに疑問を持つようになった。生産者の顔の見えるものが食べたいと思うようになり、地元のものの方が新鮮でおいしい、ということに気づくようになる。そしてそれを提供してくれる地元の農家をサポートするようになる。

 農業変革のきっかけは、Gotham Greensのように画期的な農業のあり方を見い出し実践するビジネスモデル。しかし、それを革命に繋げるのは、紛れもなく消費者だ。

 公害と汚染にまみれた工業地域。その街の再生のアイコンが、クリーンでグッドな水耕栽培の野菜だ。そこで育つベイビースキンの野菜による“優しい反逆”を後押しするのは、それを選ぶ住人。そこには、「消費で世界を変える!」というような大それた気概はない。「おいしいから」「地元のものだから」「おもしろい試みだから応援したい」という、小さくてもポジティブな気持ちが溢れている。そしてそれが、消費者としての選択につながり、農業革命を後押しし、食における根本的な意識を、広く揺るがしていく。村レベルの小規模農業に原点回帰しつつも、最新テクノロジーを取り入れた農業変革がいま、ブルックリンの住民の食への意識を緩やかに変化させ、汚染だらけの農業に“優しく反逆”しはじめている。

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Photographer: Tokio Kuniyoshi

Writer: Yuka Takahashi  Edited by HEAPS

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