チリソース1本からはじまったアメリカンドリーム

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真夜中も賑わうマンハッタンのミッドタウン。とあるアイリッシュパブで「ナチョスにかけるタバスコください」とお願いしたところ、「タバスコよりこっちがいいよ」とメキシコ人スタッフに指し出されたのは、フイ・フォン食品が販売する「シラチャ」。主な原料は熟成唐辛子とニンニクで、それがペースト状になったにされたチリソースだ。“タバスコ大国”であるメキシコ出身の彼が、タバスコを差し置いてその発言をしたのだから驚いた。実際、米国では食事の際に、Soy Sauce(醤油)と同じくらいの頻度で登場し、万能調味料として使われている。

ネットで「Sriracha Sauce」とキーワード検索すると、ボトルのデザインのTシャツから、スマートフォンケース、ハロウィーン用のコスチューム、ハイヒールまで、シラチャのグッズを身につける米国人の写真を見ることができる。ポテトチップス、ポップコーン、ジャムなど、食品メーカーと様々な商品をコラボレーションしたり、シラチャファンが集う「L.A. シラチャフェスティバル」や、他メイカーのシラチャを味見する「ききシラチャ大会」などのイベントまでも開催され、「シラチャ現象」状態だ。こんなにも浸透しているが、その謎は多い。

漢字だらけのボトル
シラチャはどこからやってきた?

 1980年代に、ベトナムから米国へ亡命をしたデビッド・トランがシラチャの考案者。祖国に近いタイで人気だったソース「Sriraja Panich」に目をつけ、「アジア人のたくさんいるロサンゼルスでこのソースの味をヒントにした商品を出せば、ビジネスで成功する可能性がある」と思い立ち、改良を重ね、シラチャのビジネスをスタートさせた。フイ・フォン食品のシラチャのパッケージにはずらっと漢字が並び、アジアから輸入された商品のようにみえるが、実は、米国市場のために米国で一から考案、生産されたソースなのだ。

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 フイ・フォン食品の起業当初、シラチャの味に対し米国人から「もっと辛さを控えるべき」など厳しく批判されたこともあった。しかしデビッドは「このソースは辛いからいいんだ。このソースが好きじゃない人がいたら、彼らの舌を疑いたくなる」と味を変えることはしなかった。まずは地道に、ロサンゼルスのアジア人コミュニティから指示を得て名を広げようとした。路上で販売する日々もあったが、確実にその人気は全米中に広がり、今ではたくさんの食品メーカーがフイ・フォン食品のシラチャを模範し、ソースの市場が大きくなった。ちなみにキッコーマンも独自のシラチャを販売している。

 2012年のフイ・フォン食品のシラチャの売上は約6,000万ドル(61億円)にものぼる。1本約4ドルの商品が、年間1,500万本も買われている計算だ。売上は年々20%の増加傾向にあり、今もなお、売上を延ばし続けている。同社は1986年の時点で、加速するシラチャ需要に対応するため、カリフォルニア州ローズミード市に拠点を移し、さらに2013年には同州アーウィンデール市に新しい工場を設けた。現在その工場では、1時間に1万8,000本の生産が可能とのこと。また、独占契約した農園でシラチャに合う唐辛子を栽培し徹底的に管理し、安定した生産を可能にした。

向かい風との戦い アジアの期待の星

 ビジネス規模も人気も米国でトップクラスとなったフイ・フォン食品のシラチャだが、2013年10月に大きな問題に直面した。近隣住民とのトラブルだ。工場から漏れる強い唐辛子の匂いが原因で体調不良を訴える住民が現れ、同社は裁判で訴えられた。住民側は脱臭設備を増設するまで工場に操業停止を求めた。それに対しデビッドは、既に工場内では万全の対策をしていると主張。工場全体の操業停止は逃れたものの、臭いを発生させる可能性のある作業を停止し、脱臭設備を強化するようにとの判決を受けた。裁判が行われた時期は、まさに唐辛子の加工の最盛期だった。この時にもし全面的な操業停止を言い渡されていたら、翌年の生産量に大きく影響を及ぼすことになっていただろう。

 人気であるがゆえに注目され、思わぬ問題が起きてしまうこともあるが、米国中を動かすその影響力は、シラチャがそれだけ米国人に愛されている証でもある。「このソースを好きでいてくれる人がいる限り、私はシラチャを作り続けたい」とデビッド。「当時亡命してきた自分を受け入れてくれたアメリカに感謝したい。そして、アメリカに恩返していきたい」。デビッドのこだわりと情熱が詰まったこのシラチャ。アジアンテイストの味にアメリカ人が熱狂している現象は、面白い話に留まらず、“アメリカンドリームを掴んだ者の成功談”として多くの人種の人々を勇気づける。タイやベトナムでも「フイ・フォン食品のシラチャはおいしい」と評判で、世界にもシラチャ旋風が吹きはじめている。近い将来、日本の食卓にも、醤油と一緒に並ぶ日がくるかもしれない。

掲載 Issue 16

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