¢25でつくった“僕らの城”

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気が付けば増えている財布の小銭。500円玉ほどの大きさをしたクオーター(25セントコイン、約25円)も、米国人にとって、せいぜいコインランドリーかチップに使うか、 あとは小さなジャムの瓶に入れて放ったらかしか、だ。しかし、ある4人の男たちは、そのクオーターで“城”を築いたという。 その“城”の名は、「Barcade(バーケード)」。ブルックリン・ウィリアムズバーグ地区にあるバーだ。その盛況ぶりは、今、全米中にいくつもの“城”を築くことも可能にしはじめている。

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片手にビール、もう片手には少年の心

ガレージを改装した鉄骨剥き出しの空間に、薄暗い光。なんだか秘密基地を思わせる。奥行きのある店の壁には、80年代に黄金期を迎えたアーケードゲームがずらり。この懐かしい風景に誘われた大人が、25セントと少年心を握りしめて、今夜もぞくぞくとやってくる。
 開店前の店の前で待っていると、ジーンズにダウンジャケット、無精髭という出で立ちの男性が愛犬とやってきた。バーケードの創業者の一人、Paul Kermizian (ポール・カーミジアン)だ。挨拶もそこそこにに「まずは、乾杯しよう」と気さくな物腰でバーカウンターに入り、慣れた手つきでビールを注ぐ。「Cheers!(乾杯)」
ひと口、ふた口と勢いよくビールを喉に流し込むと、店に50台ほど並んだアーケードゲームを眺めながら話しはじめた。「僕たちが8歳の頃、ちょうどアーケードゲームが全盛期でね。友達と近くのピザ屋やガソリンスタンドに行ってよく遊んだものさ」。「幼少期に夢中になった遊びをもう一度」。ポールにはそんな思いがあったかもしれない。そして、ポールが27歳のとき。たまたま新聞の売買欄に子どもの頃に夢中になったゲームの一つ『マッピー』が売りに出されているのを見つけ、200ドル(約2万円)で購入した。「部屋には結構スペースがあったし、この値段だから迷わず買ったんだ。そしたら他のゲームも欲しくなって、その数はすぐに四つなったんだ」と、また一口ビールを飲んだ。

『ドンキーコング』や『テトリス』など1980年代に大ヒットした約50のゲームは、当時熱中した人たちにはたまらないラインナップだ。そして、1回25セントと当時と変わらない値段が懐かしさを演出しニューヨーカーの心を掴んで離さない。週末は人でごった返すバーケード。ゲームだけで1店舗あたり1日約800〜1,000ドル(約8〜10万円)、1ヶ月で6,000ドル(約60万円)以上売り上げるという。それは、ウィリアムズバーグ地区の跳ね上がるレントを賄う救世主でもある。

デコボコのチームワークで手づくりの城 

 このバーケードの経営をしているのはアラフォーの5人衆。1993年にニューヨーク州のシラキュース大学でポールとスコット・ビアード(Scott Beard)、ケビン・ビアード(Kevin Beard)、ジョン・ミラー(Jon Miller)の4人は出会う。同じ寮に住んでいたことで長く時を過した仲間だ。後にニューヨーク市に引っ越した時にピート・ラングウェイ(Pete Langway)と出会った。5人は頻繁にホームパーティを開き、ビール片手にゲームを楽しむ夜を過ごした。この経験がバーケードの着想の源点だ。

 ブルックリンの店舗をオープンさせるために必要な資金は、5人の貯金とクレジットカードで賄った。決して潤沢ではなかったし、ビジネスの勉強をした経験があるわけではない。それでも、やってこれたのは、それぞれ異なる分野での経験とチームワークがあったから。ポールは、映画のプロダクションマネージャーとプロデューサーの経験があり、資金管理や人選を得意とする。また、米国のクラフトビール業界を追ったドキュメンタリー映画『アメリカン・ビア』を手がけたことから、クラフトビールにかなりの知識がある。これは約25種類のビールを取り揃えるバーケードの強みとなった。こうしてポールを中心に、他の4人はそれぞれの得意分野を担当し経営を支えている。

ビジネスの成功か、仲間か

 長年放ったらかしにされたガレージを拠点に決めた5人は、9ヶ月間、自らの手でリノベーションを行った。ガラクタの山だった場所を掃除して、壁をはがし、ペンキを塗り、バーカウンターをつくった。慣れない手つきで電動のこぎりを使った作業もこなした。釘も真っ直ぐに打つのは難しい。だが、自分たちの城だと思うとわくわくして、深夜にまで及ぶ作業も苦にならなかった。そして2004年、遂にバーケードをオープンさせた。

 一方で冷静に過去を振り返るポール。「実際に友達とビジネスするってなると、それぞれのエゴがあるからケンカもするし大変だよね。実は今、4人になってしまったんだ」と言葉を詰まらせるポール。意見の食い違いからジョンは3年前にバーケードを去った。ポールや他の仲間にとっても、長年連れ添った友達を失った苦しみは大きかった。しかしそんな経験を乗り越え仲間として一層絆を深めた4人はバーケードの発展に尽力し続けている。

気づけば財布はスッカラカン

 最初の店舗であるブルックリン店オープンさせてから約10年。今ではニューヨーク市内に3店舗、フィラデルフィア市とニュージャージー州に1店舗ずつ構えるまでに成長した。さらに、他州にも進出を考えているという。成功の秘訣を尋ねると「なんでこんなに人気なのか自分でも分からないんだよ」と話すが、ニヤッと笑うその表情からは自信が垣間見えた。

 週末の夜ともなれば人が溢れ返るバーケード。男同士、女性同士、親子でやってくる人もいる。混雑するバーカウンターでやっとのことで注文したビールを片手に店内を歩くと、会話を楽しむ人もいれば真剣にゲームをしている人もいる。せっかくだからとレーシングゲームをやってみると思いのほか夢中になり、財布の中の25セントコインはすぐになくなり、ついつい両替機へ足が向く。昔は1回しかできなかったあのゲームも大人になった今では思う存分楽しめる。そんなノスタルジックな空間と時間を楽しめるバーケードに集まるニューヨーカー。彼らはせわしない日々を忘れて童心に帰ることのできる“僕らの城”を求めている。

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Photographer : Tomoko Suzuki  Writer: Akihiko Hirata

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