嫌悪と酷評を浴びるも17万部売りあげた〈伝説のマリファナジン〉発行人(82)がいま語る制作裏とラブ&ピース

“本棚の脅威”と呼ばれた超絶ディープで激ドープなアングラマリファナ専門雑誌。当時の制作裏についてを82歳になった本人に聞く。ああ、ラブ&ピースが溢れる。

ルールが存在しない一番自由な文芸、ジン。「1920年代のSF愛好家たちが作った個人出版物が起源でしょう」派もいれば「いやいや、トマス・ペインの『コモンセンス』が最初でしょう」派もいる。

『コモンセンス(常識)』は歴史上でもっとも影響力のあったパンフレットの一つ。1776年、教科書でもおなじみ(?)の政治活動家トマス・ペインが、独立戦争のときに「アメリカが独立することの正当(常識)」をうったえて、多くの人を鼓舞しベストセラーに。自己出版からはじまった一冊のパンフレットが独立戦争を勝利へ導いた、といわれる。

さて、時は2018年。大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。どころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。ちょうど1年前に紹介し、HEAPS読者をザワつかせた伝説のジンを深掘りしたい。“本棚の脅威”と呼ばれた超絶ディープで激ドープアングラマリファナ専門雑誌『HomeGrown(ホームグロウン)』のことだ。まずは堂々のカバーをいくつかご覧あれ。

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 大衆タブロイド雑誌には「このとんでもない雑誌が本棚にあるということは、あなたの子どもにとって脅威の他ならない」との見出しつきで“警告”され、巷では「レコードショップで衝撃的な“ブツ”を発見」といわれる始末。
 世のPTAの目の敵になりながらも、一人のヒッピー青年の使命「マリファナについての誤認識を解くため」が、伝説の一冊を生み育てた。青年の名は、リー・ハリス。一冊の名は『ホームグロウン(HomeGrown)』。悪影響を懸念し叩く世間を横目に、アンダーグラウンドで出まわりに出まわって、1977年から82年の5年間での売りあげは累計17万部(!!!)。知る人ぞ知る、ヨーロッパ初マリファナ専門カルチャー誌だ。現在の日本の文芸書のベストセラーは10万部前後ときくと、その数の凄さはなんとなくわかるだろうか。そして一昨年、ホームグロウンはオンラインアーカイブとしてカムバック、30年以上の時を越えてアングラからサイバー上に這い上ってきた。

 かつては「自分の足で雑誌を売りあるき、自分の店頭に雑誌を置いただけでお縄となった」リー、御年82歳。「One Love(ワンラブ)!」が口癖の現役ヒッピー感漂う英マリファナ界の玄人から、制作秘話(と、そのハチャメチャな人生)をすっぱ抜く。

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知る人ぞ知るマリファナ界の大物で『ホームグロウン』の作り手、リー・ハリスさん。48年間経営していたロンドンにある喫煙具販売店の軒先で。

HEAPS(以下、H):コンニチワ。ご機嫌いかがですか?

Lee(以下、L):(カタコトで)ドウイタシマシテ!

H:!?

L:ハッハッハッ。「アルケミー(リーが48年間経営していた英最古の喫煙具販売店)」 にたくさん日本人のお客さんが来てくれたから、これくらいはね。

H:なるほど。本日は45分ほどお時間よろしいですか?

L:もちろん。タバコをふかしながら答えさせてもらうよ。

H:マリファナではなく(笑)。さて、ホームグロウンはヨーロッパ初のマリファナ雑誌です。

L:いかにも。1977〜82年までの5年間、年に2回・計10冊を出版した。当時の英国では、まだまだマリファナに対する世間の目が厳しかったから、マリファナ雑誌を流通させるのは、そりゃあ簡単なことではなかった。

H:非難轟々?

L:ベリー・マッチ(とってもね)! 第1号創刊後、英国のみならず世界中のメディアから想像以上に酷評されたよ。「ドラッグマガジンの危険性」「子どもたちにとっての本棚の脅威」「このドラッグマガジンの打ち切りを要求する」とか散々だね。社会を敵に回したね。でも、この話題性のおかげで、創刊号はたった2日間で1万2,000部売れたんだ。

H:さすが脅威の本、売りあげ冊数も脅威だ…。世間の目は冷たくとも、当時英国にもマリファナを支える層はもちろんありましたよね。

L:ヒッピームーブメントがあったからね。67年のサマー・オブ・ラブには、ロンドンのハイドパークに約5,000人のヒッピーが集ってポットラリー(マリファナ合法化を掲げた行進)をした。僕自身、南アフリカ共和国のヨハネスブルグで白人として生まれ育って、それから英国に移り住んだんだけど、サイケデリック体験にハマってしまってね。LSDの生みの親でスイス人化学者のアルバート・ホフマンに会いにドイツに赴いたこともあった。アムステルダムでは、ヒッピーたちと一緒にいるヨーコ・オノを見かけたり。そういえばヒッピーシーン界隈からは、のちにフェミニスト活動家として活躍するジャーメイン・グリアも出てきたな。女性のショートヘア、男性のロングヘアが流行るようなファッション的にユニセックスな時代だった。

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H:ヒッピー文化のど真ん中で青年期を過ごしたというわけですね。ちなみに、ホームグロウン創刊当時、ホームグロウンのようなインディペンデントマガジンって一般的だったのですか?

L:あの頃はパンク創生期だったからなあ。色や写真がごった混ぜなパンク・ジンなんかも多く作られてね。まあその前から60年代のアメリカではヴィレッジボイス(ニューヨークのインディペンデント系コミュニティ紙)が発行されていたけど。

H:それにヒッピーたちのバイブル『ホール・アース・カタログ(Whole Earth Catalog)』や74年ニューヨークで創刊したマリファナ専門雑誌『ハイ・タイムズ(HIGH TIMES)』もあった。

L:そうだね。ハイ・タイムズはすごく商業的だったけど。“中央見開きカンナビス計画”というか、商品を売ろう売ろうという。それに比べてホームグロウンは、カンナビスについての“文学(literature)”だった。より知的な内容、そしてユーモアも忘れず織り交ぜて。

H:ホームグロウンの誌面をちょっとめくってみましょう。

・・・

「ヘンプ(麻)栽培の歴史」「マジックマッシュルームの効用についての説明」「米国でのマリファナの歴史」といった基礎的な知識から、
「ジャズメンとドラッグの蜜月」「ポーランドの大麻カルチャー」「女性マリファナディーラーのセルフポートレート」「パティ・スミス著のエッセイ」「アムステルダムでのドラッグ体験漫画」「CIAが遂行した極密ドラッグ実験のレポート」とかなりマニアックに尖った内容まで網羅。
制作には英国内外の作家やアーティスト、イラストレーターなどがコントリビューターとして参加していますが、彼らとはどのように連携したのでしょう。

L:思いがけず偶然に才能を発見する能力に長けていてね。たとえば、ジャズ・ブルースシンガーのジョージ・メリー。彼の演奏を聴きに行ったときにアプローチしたんだ。彼は『ジャズマンの観点からみたドラッグ』という記事を執筆し、原稿を郵送で送ってくれた。しかも、原稿料はいらないよって。また、実際に面識のあったライターでロックミュージシャンのミック・ファレンには、雑誌のために原稿を書いてくれないかと頼んだ。そして『セックス・ドラッグ・アンド・ロックンロール』が届いたんだ。

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H:リーさん自らの人脈と行動力、思いがけない出会いがつなげたチームワークだ。誌面や表紙を飾るイラストもかなりクオリティが高いですね。ジョン・ヒギンスやブライアン・タルボットなど、のちに有名になるコミックアーティストを起用していたとか。

L:ブライアンとはホームグロウン以前からつき合いがあったんだ。75年から78年までブライアンが描いたアングラコミックシリーズ『ブレインストーム・コミックス(Brainstorm Comix)』を出版していたんだよ。

H:コンピューターやメールなき時代、コントリビューターたちとの雑誌制作ってどのような感じだったのでしょう。

L:アーティストやライター、プリンターたちとは密に共同作業をした。僕の田舎にあるコテージのキッチンテーブルを囲んで、長丁場の制作さ。その頃は、ワープロの前身だったタイプセッティング(組版*)という印刷方法を導入していた。印刷した文面を貼り合わせて、レトラセット(フィルムの上から擦ることでインクのみが転写されるレタリングシート)で見出しを作る。ホームグロウンは“ホームメイド”マガジン、みんな愛が突き動かした労働の証(“a labor of love”)だ。

*原稿の指定に従って、拾った活字・込め物・罫(けい)などを組み合わせて版を作ること。

H:アーティストたちがキッチンテーブルでアングラ雑誌制作。ロマンを感じます。リーのキッチンで作られた雑誌が国内外のアングラ網に流通するわけだけど、どんな人たちが読んでいた?

L:読者のほとんどは若者だった。だからみんなもう50代くらいになっているんじゃないかな。米国にもディストリビューターがいたから第二号は2万5,000冊刷られたんだ。いまでも手紙なんかをもらったりするよ。
ある映画監督からは「ホームグロウンには人生を変えられた。インターネットなき時代、新しい情報を求めていた若者たちにとって、あなたの雑誌はとても有益な情報源だった」という言葉が添えられていた。創刊号を、アムステルダムにあるカンナビスミュージアムに寄贈した読者もいる。

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H:たった5年間で後世の文化に影響をあたえたホームグロウンですが、修羅場も経験したそうで。

L:1980年のこと。自分の店の窓際に雑誌を置いていたら、それだけで逮捕されたんだ。卑猥でもなんでもない内容なのにね。結局、勝訴はしたけど。

H:“現物”がないのに逮捕って無茶苦茶ですね…。そんなこんなあって82年の廃刊から40年ほど経ったいま、オンラインアーカイブとしてカムバックしています。なぜオンラインアーカイブにしようと思ったんですか? 個人的には、アナログ制作をしていたリーさんなら紙で再出版することもできたんじゃないかと思って。

L:世界中からアクセスできるのはいいことだと思う。たとえばインドからだって閲覧できるし。それにウェブサイト上には読者のストーリーやエッセイ、コメントを共有したり議論したりできるフォーラムもあるから、ここでみんなに交流してほしい。すなわち、“過去を耕し、未来を耕す(Cultivating the past, cultivating the future.)”。

H:過去にあったカルチャーや思想を掘り起こし学ぶことで、未来を切り拓いていく。デジタル版ホームグロウンがその“畑”となるというわけですね。ちなみにポスターやTシャツなどマーチャンダイズを売っているのも(全部かわいい)、若者の心を掴みそうですね。ホームグロウンを通して、いま一度、若者たちにどんな影響をあたえたいですか。

L:コミックやサイケデリックなポスター、西海岸のヒッピーミュージック、オーガニックフード、エコロジーやゲイ・女性の解放、そしてもちろんマリファナなどの60年代アングラカルチャーが、もはやいまではアングラではなくなっている。そんな時代に、世界中の幅広い世代に当時のカウンターカルチャーを知って欲しい。世界にはいま、愛が必要だ。若者たちにラブ&ピース。

Interview with Lee Harris

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Photos via HomeGrown
Text by Chaz Bear
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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