“バナナ女子”が仕掛ける『バナナマガジン』は毎度売り切れ〈米国で埋もれるアジア系文化〉の皮をペロリとむく

手軽に頬張れる朝ごはんといえば、えぇ、バナナ。最近では、発売のたびにソールドアウトしている『バナナ(マガジン)』というのがある。その皮、一枚むかせていただこう。
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ルールが存在しない一番自由な文芸、ジン。ジンというと一気におシャレに聞こえるが、語源はファンジンなので、いわゆる“同人誌”のことになる。日本語にしてみたところで、今日はちょいと日本の同人誌の歴史に思いを馳せたい。

大正末から昭和戦前に宮沢賢治や三野混沌(みのこんとん)といった詩人たちが、ガリ版で印刷していたのも〈詩の同人誌〉だ。ガリ版というのは鉄筆で原紙を切ってガリガリさせながら印刷する簡易印刷機のこと。戦後、“ガリ版黄金期”を迎えた頃に同人誌やミニコミ紙、テレビ番組の台本がガリ版で大量印刷される。日本の昭和にはガリ版に支えられた“ジン”カルチャーがあったのだ…。

時は2018年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。どころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。今回紹介するのは、みんな大好きあの果物が冠されたマガジン、その名も『Banana(バナナ)』。

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手軽に頬張れる朝ごはんといえば、えぇ、バナナ。日本ではバナナといったらあのバナナしか意味しないが、米国では“ある人”をけなす意味もある。それは「外側が黄色で内側が白い人」。すなわち、外見はアジア系(黄)なのに中身(考え方・生活習慣)は白人文化(白)に染まっている〈アジア系アメリカ人〉のことだ(逆にアジア系文化に染まっている白人のことを、エッグ—外見が白、中身が黄色—と呼んだりもする)。

アジア系アメリカ人。日本人からすると「同じアジア人じゃないの?」かもしれないが、彼らの存在は奥深い。「アメリカ生まれなのに『本当の故郷はどこ?』って聞かれるのにうんざり」「私はアメリカ人? アジア人? アイデンティティの崩壊…」「祖父母の故郷の国に一歩も踏んだことがない。自分のルーツってなんだろう?」。なかなか複雑なカルチャーグループなのだ。

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 そんな独特なアジア系アメリカ人コミュニティのプラットフォームとして話題のインディペンデントマガジン『バナナ』。 キャッチフレーズは「ALL THINGS AZN(エイジアンのすべて)」。2014年から年1回の出版だ。
 毎号アジアンカルチャーに関することならなんでもあり。「ホットポット(お鍋)を中国・日本・タイの文化から研究する」「ニューヨーク・チャイナタウンの次世代を担う6人」「中国の驚異的ヒップホップシーン」などなど。バナナの創設者で共同編集長、台湾系アメリカ人のキャスリーン・ツォ(28)と中国系アメリカ人ヴィッキー・ホー(29)も生粋の“バナナ”だ(実際に両親にそう呼ばれて育つ)。

 最近では、発売のたびにソールドアウトしているバナナ(マガジン)だが、はて、人はいまなぜこぞって『バナナ』を欲しがる? そもそも米国でのアジア文化の位置づけって? 最近盛りあがってきたアジア系アメリカ人のクリエイティブ界隈など、気になるアレコレを探りたい。ということで、夏も終わるある夕方、チャイナタウンのど真ん中にある2人のアジト(キャスリーンの自宅兼オフィス。推定家賃ウン十万)に乗り込んだ。さて、『バナナ』の皮、一枚むかせていただこうか。

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左がヴィッキー、右がキャスリーン。

HEAPS(以下、H):机上にバナナ(のおもちゃ)。キーホルダーもバナナ。あなたの履いているショートパンツもスマホケースもバナナ柄。フフ、抜かりないですね。

一同:フフフ。

H:ではさっそく。アジア系アメリカ人カルチャーに特化したバナナマガジン、創刊のキッカケはなんだったんでしょう。

Kathleen(以下、K):最初は黒人のクリエイティブコミュニティに憧れてたの。アジア人にも多彩なアーティスト、写真家、ライターがいるのに、そういったコミュニティがなかった。じゃあ自分たちではじめようって。

Vicki(以下、V):米国において、アジア系がスポットライトを浴びる機会がすごく少ないと感じていて、アジア文化を発信するプラットフォームが必要だと思ったの。まずはアジア系の友人たちにスポットライトをあてて、アジア文化をもっと探求したいなって。

H:そのプラットフォームに「Banana(バナナ)」。米国では自虐ともとれるタイトルを。

K:冗談交じりよ。もちろんだけど、軽蔑的な意味ではまったくない。

V:バナナって、なんかかわいし、たのしいし、明るいじゃん? 誰も真剣にとらえない身近なフルーツ。『バナナ』には、アジアの文化を教えましょうという教育目的のシリアスなコンテンツはないし、誰にでも手に取ってもらえるマガジンを目指したから。

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H:そして、二人も生粋のバナナです。

K:私はテキサスで生まれ育って2012年にニューヨークに来た。いまは、デジタルマーケティングエージェントで働いている。

V:私は生まれも育ちもブルックリン。ファッション業界で宣伝や広報の仕事をしている。キャスリーンとは元々仕事の同僚。そこから仲良くなったの。

H:フルタイムの本職があるんですね。PRにはジャニスとコートニーがくわわって、全員アジア系アメリカ人のチーム。

K:YES。

H:ちなみに幼少期、アジア系アメリカ人だからこその洗礼って受けました? 

K:もちろん! 育った土地が白人社会だったから、中1までクラス唯一のアジア人。夏休みには台湾の祖父母を訪れて過ごし、日曜日には中国語学校に通わされた。お姉ちゃんが二人いたから、どうやってアジア系アメリカ人として生き抜くかの術は身につけた。ママの手作り弁当を持参したら周囲からバカにされるのわかってたから、持っていかなかったし。

V:私は逆にアジア系コミュニティで育ったから、キャスリーンのような経験はなかったかな。自分はマジョリティだったから居心地がよかった。ただ、私は英語と同じく広東語も流暢に話すんだけど、非アジア系の友だちの前で、両親と広東語で話すときは恥ずかしかった。広東語でイントネーション強いから「怒ってるの?」てよく聞かれたりね。

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H:非アジア系からしたら素朴な疑問も、アジア系にとっては気まずい発言だったり。そんな青春期を経て、2014年に『バナナ』創刊。やはり、アジア系アメリカ人の読者層を狙って?

V:メインターゲットはアジア系だけど、アジア系以外の読者ももちろんいるわ。

K:最初は私たち自身が読者だったともいえるわね(笑)。だって自分たちが読みたいコンテンツを作ってるんだもん。

H:では、そんなバナナをちょっとめくってみましょう。「“スリムが美徳”の文化においてプラスサイズでいること」「アジア系アメリカ人男子の“カワイイ”文化」などカルチャー要素が強いものから、「ウィルソン・タン(NYのレストラン起業家)が語る次世代のチャイナタウン」や「チャイニーズデリを営む家庭で育ったアンジェラの回想録」「ファッションデザイナー、サンディ・リャン(NY出身のアジア系アメリカ人)のインタビュー記事」など、コミュニティから掘り起こした話だったり。コンテンツ内容はどうやって決めてるんでしょう?

K:ファッションに食べ物、まだ発掘されていないおもしろ人物だったり、やっぱり「自分たちが読みたくなるようなもの」をチョイスしているかな。アジアに焦点を当てた既存のマガジンのほとんどは、政治的だったりハリウッドやポップカルチャーなどエンタメに偏ったものが多くて、個人的に興味はそそられないもん。

V:私たちは社会学専門家でも政治学専門家でもないしね。それに、みんながみんな『バナナ』を好きなわけじゃない。もっとおカタい雑誌が好きな人だってごまんといる。でもそれでいいの。私たちは私たちのコミュニティのためにやってるから。

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H:これまで発行された全4号、表紙アーティストはじめ多くのコントリビューターとコラボしています。

K:はじめたころはコントリビューター全員が友だち! そこからメールやインスタに直接「コントリビュートしたい」と連絡をくれる人が増えて。合いそうだなと思ったら一緒にご飯行って「最近、何に興味をもってるの」とかフランクに話したり。要は、私たちはコラボレートするのが好き。

それに『バナナ』は私たちの大きなパーソナルプロジェクトでもある。毎号伝えたいストーリーがあるから、少なくとも私も1、2本の記事は執筆するし、必要なら写真も撮る。いまはアートディレクターに任せてるけど、1号目作成中、自分でデザインできるようになるため、インデザインのクラスにも通ったし。 

V:ストーリーを提供してくれる人もいるの! 雑誌に親和性のある内容なら採用するけど、最低限のディレクションとネタの詰めはしっかりする。あと、コンテンツに関するこだわりとしては、すでに世に出まわっているネタや写真は出さないように気をつけたり。だから、誌面にある内容は、すべてバナナオリジナルってこと。

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H:バナナでしか読めない内容、特別感があります。一口にアジア系といっても、中国や韓国、日本などの東アジア系、タイやフィリピンなどの東南アジア系、インドやバングラディシュなどの南アジア系、といろいろあります。となると、中国文化のトピックに偏ってもダメ、ベトナム文化にフォーカスしてもダメ?

K:その通り。私もヴィッキーも東アジア系だし、コントリビューターのバックグラウンドの関係もあって、東アジア寄りになってしまうこともあるけど、第1号では東南アジアのことも取り上げたよ。

V:基本的に、そのあたりはエディトリアルディレクターを信頼してる。4号ではアジア系アメリカ人の男らしさ・女らしさを特集したんだけど、8人の取材相手にはこだわった。なるべくばらけた人種的バックグラウンドで、広い視野を持つ人を選んだの。年1回の出版だから、特集する人選にはひときわ時間を費やせるし。

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H:あ、そういえば次号のコンテンツを決めるため、インスタグラムを駆使していましたね。

V:少し前に、インスタストーリーで「Ask Me Anything (なんでも聞いて)」っていう新機能ついたでしょ? フォロワーに質問を投げかけて回答を得られる機能。せっかくだからやってみたの。「どんなストーリーを読みたい?」って。インスタってコミュニティと一番早く簡単にコミュニケーションが取れるツールだから、かなり重宝してる。

K:『バナナ』の最新情報がいち早く届くニュースレターも、読者と繋がるいいツールだよね。

H:ちなみに次号(5号)は来年の5月29日発売予定ということで。1号、2号と3号はすでに売り切れ。4号も売れ行き好調。

V:1号目は350冊しか刷ってなかったんだけど、それ以降は1,000冊。徐々に売り切れるスピードが早くなってきてる。

K:人気が加速したきっかけは、VICEやi-Dなどのカルチャーマガジンで紹介されたこと。最近では自然と口コミで広がることも多い。「昨日仲良くなった子、『バナナ』読んでるんだって。だからバナナについて一緒に話したの」みたいな感じで。あとはロサンゼルスやハワイみたいな大きなアジア系コミュニティがある地域に絞って置いてみたり。

H:ジン制作で一番たのしいことは?

K:人との出会いかなあ。たくさんのすばらしい人々と関われるおかげで、コミュニティも徐々に大きくなってる。

V:逆に一番難しいのは金銭面! 売上金はすべて次号に回すから、私たちの利益はゼロ。無給でサポートしてくれているコントリビューターやスタッフには本当に感謝。だからこそコミュニティを大切にしたい。それに読者からのフィードバックもうれしい。「私の青春期に『バナナ』があったらよかったのに!」とかね。

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H:人とのつながりやコミュニティをすごく大事にしている。

K:第2号制作のためにキックスターターでクラウドファンディングしたんだけど、その時には「キャナルストリートマーケット*」のオーナーが『バナナ』を気に入って、別で寄付までしてくれた。彼のおかげで、のちに『バナナ』のポップアップショップも実現したの。あとは、アジア系アメリカ人の文化と歴史を称える月間イベントではメイシーズ(老舗デパート)でインスタレーションをしたり。

*昨年オープンしたての、ニューヨーク・チャイナタウンにあるアジア系ベンダー中心のフードコート。

V:コミュニティのみんなとはなるべく直接会うようにしてる。コントリビューター限定でローンチパーティーもしたり。もちろん読者たちも参加できる一般向けパーティーもするよ。あと“ベイジアン”ディナーを開催したり。

H:“ベイジアン”ってなんでしょう? 誌面やインスタにも頻出するけど…。

V:「Bae(愛しい人、親友、最高のもの)」+「Asian(アジア系)」で、「Baesian(最高のアジア人)」という造語(笑)。ちなみにバルバドス出身の人のことも指す(その場合の綴りはBajan)。だからバルバドス出身のリアーナもベイジアン(笑)。この前ベイジアンって書いてあるTシャツを着てたら、カフェのバリスタに「バルバドス出身?」て聞かれたわ。そんなわけないじゃんって(笑)。

話はそれたけど、“ベイジアン”は、アジア系としてプライドをもつためコミュニティ内で使いはじめたの。もしあなたがアジア系ならベイジアン。

H:ということは、私も…

K&V:ベイジアン。

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H:(照)。ベイジアンの二人に聞きたいのは、なんで『バナナ』を紙雑誌にしたかということ。デジタル業界で働いているからデジタルの便利さをよく知っているのにな、と。

K:デジタル業界にいるからこそよ(笑)。正直、PV数や広告に圧力を感じるデジタルコンテンツを悲観的に思ってた。確かに紙は時間もお金も労力もかかる。でも、だからこそ私たちが作りたい内容が作れているし、一つひとつのコンテンツを大切にできる。

V:それに個人的にはデジタルの方が難しいと思う。クリックして、読んだらハイおしまい。記憶に残らないし、あとで読み返そうとはなりにくいじゃん。

H:デジタル業界で働いているからこそ、紙媒体の価値が身にしみたということですね。話題は変わるんですが、先月、出演者全員アジア系という異例のハリウッド映画『クレイジー・リッチ!』が話題となりました。

K:そうねー、あとは、アジア系女子が主人公のラブコメもネットフリックスで新配信されたり(原作は韓国系アメリカ人女性作家の著書)。最近では注目を浴びるアジア系クリエイターが続々増えているよね。

V:それに、「アジア系のストーリー=カンフー、移民」「アジア系のキャラクター=英語が下手な役、おどけ役」じゃなくて、アジア系アメリカ人のリアルを描いた作品が多くなったような気がする。

K:ね、『クレイジー・リッチ!』みたいな映画が出てきたことも初期段階。これからもっとアジア系クリエイターたちが話題にされるべきだし、まだまだ探求の余地があるわ。

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H:そんな世の中に、『バナナ』の種は蒔かれはじめたところ。

K:『クレイジー・リッチ!』なんか、ニューヨークの映画館では売り切れだけど、私の地元テキサスではまだまだ空席がある状態よ。今後は、インターナショナルな大都市だけでなくて、各地方でもアジア系カルチャーの話題がもっと話されるようになればいいと思う。

V:アジアの食文化なんかもうだいぶ浸透したけど、大切なのは食べているものの歴史に興味をもつこと。消費しているファッションアイテムや音楽もそう。一歩踏みこんで、アジア文化の背景にあるものを知ろうとすることが大事なの。

Interview with Kathleen Tso & Vicki Ho

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Interview photos by Kohei Kawashima
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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