ギリギリすぎる若き“メッセンジャー”たち。 危険を犯してまでなぜ運ぶ?

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かつて、ニューヨークのバイクメッセンジャーは、ひと目でそれと分かった。大きな防水バックパックを背負い、颯爽と街を駆け抜ける。
しかし、だ。
最近は、実に軽装な「メッセンジャー」をみかけるようになった。デニムパンツを自分で切った短パンにTシャツ。「それじゃ、A4サイズの書類も入らないだろ?」という小ぶりなナップサックを背負い、ピストバイクにまたがるヒップな彼ら。

一体、何を届けているのか…?

ジッパーのついた小袋一つ、50ドル(約6,000円)。中に入っている緑の草は、“ウィード”ことマリファナ(大麻)。
ご機嫌な緑のハーブを届けるこの仕事。「割りが良い」と、手を染めた無垢な若者たちに話しを聞きつつ、その内部事情を探った。

ブルックリンに住む→近所のお洒落なカフェでバイト→ウ○ードデリバリー?

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Photo by Tomoko Suzuki

 実際、私の周りでも、“ウィードデリバリー”で生計を立てているという知り合いが3人ほどいる。偶然かもしれないが、その3人とも出会った当初はカフェのバリスタだった。こりゃまた偶然かもしれないが、俳優、ミュージシャン、フォトグラファーなど、みんなアーティスト志望。容姿もよし。
 彼らの“おのぼり”人生共通点として、まずファーストステップは、他州からシティへやってきて、ブルックリンに住みはじめる。最初の仕事は、近所のお洒落なインディペンデントカフェでバリスタ。「昨日知り合った友だち」の紹介で、また新しい友だちができ同世代のヒップな若者とつるむようになる。お互い共通点をみつけては歓喜し、一緒にイベントに足を運んだり。とにかく、毎日が刺激的。だが、数ヶ月も経つと、そんなキラキラの刺激にも“慣れ”てしまう。そして、不満が沸々と。

「ってか、バリスタって稼げない。今日なんか6時間働いて、たったの70ドルだし。もっと割がいい仕事ないかなぁ」。アンダー25。若い彼らにとって、友だちとの繋がりは何よりの財産。ぼやけばたいてい周りの誰かがチャンスをくれる。
「お前、自転車持ってるよな?俺のルームメイトが、かなり割のいいデリバリーやってるけど、紹介しようか?」。クモの糸が垂れてきた。もちろん割のいいデリバリーこそが、「ウィードデリバリー」だ(ウィードという言葉を頻出させるのもアレなので、以下、記事内では「ザ・デリバリー」と書くことにする)。

 知人の一人、マーク(仮名/24歳)は、こうして「ザ・デリバリー」に足を踏み入れた。割のよさに味を占め、一ヶ月後には、それまで働いていたカフェをあっさりと辞めた。そして、マークの代わりに新しく入ったバリスタが、サム(仮名/24歳)。最初は「いろんな人に会えるから、カフェの仕事楽しいよ!」なんて目を輝かせていた彼も、10ヶ月後にはマークと同じく「バリスタからザ・デリバリー」という道をたどった。

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Photo by Shawn Hoke

「メッセージすれば、数十分でヒップスターが自宅まで届けてくれる」文化

 念のためだが、ニューヨーク州でマリファナは違法である。一方で、そのわりに街のあちこちで、プワ〜ンと匂い、「簡単に手に入る」というのも事実。ニューヨークを舞台にしたテレビドラマでも、仮にフィクションだとはいえ、驚くほどカジュアルにマリファナ喫煙シーンがでてくる。もはや、タバコよりマリファナのシーンの方が頻出といっても過言ではない。

 だが、そのマリファナの入手方法として「“ヒップスター”が自転車で届けてくれる」というカルチャーがいまほど浸透したのは、ここ数年ではないか。思うに、カルト的人気を誇るウェブドラマシリーズ『High Maintenance(ハイ・メンテナンス)』の影響が大きいのではないかと。Vimeoで配信中の同ドラマは、「ザ・デリバリー」で生計をたてる髭面の主人公が毎回ユニークな顧客に出くわすという、ニューヨークを舞台にしたコメディータッチのストーリー。このドラマのお陰で私は、髭面のヒップな若者が、やたらスピーディーに自転車で駆け抜ける姿を見る度に「きっとあの子もそうだろう」と、つい色眼鏡で見てしまうようになった。

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Photo by David Tan

一日100ドルは手堅い。ご褒美の“支給”も嬉しい?

「ザ・デリバリー」のシステムは簡単。“本部”から電話を受けて、指定の場所に届けに行く。それだけだ。アパートについたらインターフォンを鳴らして「テックサービスだ(これがクルーの合い言葉らしい)」と一言。ドアマンがいる場合はサインを要求されるので、もちろん偽名を使って中へ入る。玄関でお金と引き換えに“ブツ”を渡して終わる場合もあれば、部屋の中でしばし談笑することもあるという。

 シフトは一日7〜10時間。たとえば、午後2時に電話を受信し家を出る。その日一回目の仕事から1時間後に二回目の依頼、さらに2時間後に三回目…と、シフト中にランダムに依頼の電話が入る。多い日は10回、少ない日はたったの一回とムラがありながらも「平均すると一日に約5回はこなす」という。

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Photo by Tracy Collins

「一回のデリバリーを遂行すると20ドルもらえる」そうで、一日のシフトでに五度配達をすれば7回目以上から、一回の配達につきプラス10ドル。つまり、7本こなせば、一日150ドル(約1万8,000円)が稼げるわけだ。さらに、一週間に1回、50ドル分の“褒美”が支給される。スモーカーには非常にありがたいご褒美らしく、良質のウィードを吸うために、この仕事を続けている人もいるという。

オーナーとメンバー、その全貌

「本部」にいるオーナーは誰なのか。「彼らはブルックリンのブッシュウィック地区に住んでいて30代前半」。ミュージシャン/グラフィックデザイナーという肩書きで、サムいわく「フレンドリーなナイスガイ」なのだとか。彼らから小袋を受け取って、指定の場所へとデリバリー要員になるのに重視されるのは「トモダチのトモダチであること」、つまり「繋がり」だけで国籍、性別は問われない。

 というもの、このマーケット自体が違法なので、身分を証明する必要もなく、むしろ「コイツは信用できるかどうか」がすべて。確かに、通報されたら職を失うだけでなく、御縄にかかるか、場合によっては、監獄行きもありうるのだから、当然といえば当然。よって、どんなに「イイ人」でも、「バッグどっかに置いてきたーヤバい!」などと、やらかしそうなうっかり天然系はアウト。少なくとも、仕事のリスクが理解できて「責任感のある人」という線引きはあるだろう。

 ちなみに、私の知人たちはみんな、この仕事を通して毎月の家賃に追われ枯渇していた生活に潤いを取り戻した、という。カフェで週4シフトをこなしていたときに比べて収入は、1.5〜2倍に増えたようだ。それだけでなく、自転車が良い運動になっているようで、表情も清々しい。根拠のない自信も倍増。だが、良いことづくしかといったら、世の中そんなに甘くはない。

“イリーガルマーケット”の世界へようこそ。背後からナイフを突きつけられバッグ盗まれる

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Photo by Jim Thomson

 先日、サムからこんな連絡が入った。「配達中にバックを盗まれた…」。サムはいつも通り、配達先のアパートに到着し、ビルの中に入っていくと突然、何者かに背後からナイフを突きつけられた。

「バッグをよこせ」

 恐怖におののき「何の抵抗もできなかった」というサム。直ちに、オーナーたちへ連絡するも、彼らの反応はトモダチと呼ぶには冷た過ぎた。「俺の安否よりも、明らかに損失やリスクを気にしていた」とやや傷心の様子。以後、サムはシフトの数を減らされるうえ、盗まれたバッグ(オーナーの私物だった)の弁償を要求されるなど、小さな嫌がらせを受けるはめに。サムの傷心っぷりに、なぐさめの一言でもかけそうだったが、次の彼の言葉に目が冷めた。

「今年に入って他のメンバー3人程も、同じ手口の窃盗にあった。いま、僕らは狙われている」。それは、どうなのだろう。「いま」にはじまったことではないと思うが。

 ここはニューヨークだ。昔からフードでも薬物でも「デリバリー」という仕事は、身の危険といつも隣り合わせ。交通事故というリスクだけではない。特に、“警察への通報ができない”イリーガルマーケットには「『運ぶ人の数だけ、盗みを企んでいる人がいる』と思った方がよい」と、“その筋の人”から聞いたことがある。

 素朴で純粋、つまりはまだ世間知らずなサムよ。どうか、「その背中に背負ってるのは、ウィードだけでなく、多大なリスクもである」ということを忘れないで欲しい。そのうえで「割りが良い」仕事かどうかを判断して欲しいと、切に願う。


Writer: Chiyo Yamauchi

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