死んだ動物の皮を剥ぎ、内臓を取り除き、防腐処理をして、生きていたときの外形を再現する。
漠然とした先入観からすると、その響きは気味の良いものではない。
伝統的で希少な職業、剥製師。
それを生涯の仕事に選んだ若い女性がいるのだが、彼女いわく「いまは、一般人からのオーダーが殺到中」だという。
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一般女性に人気。◯◯風のネズミの剥製
「制作中は楽しいとか、申し訳ないとか、何も思わないわ。もう5年もやってるからね。仕事として作業をこなすだけ。肉屋に聞くのと同じよ。『ハンバーグ用の肉をさばいててどう思う?』ってね」
剥製師Amber Maykut(アンバー・メイカット)。訪ねた取材陣を笑顔で出迎えてくれ、壁に掛けられた無数の蝶の標本と剥製を背に淡々と話す彼女の隣には、尻尾を振る子犬と、妙に人懐っこい猫がいた。「ペット飼ってるんだ…」
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剥製といえばリッチなお宅の応接間に飾られた鹿だったり、はたまた田舎の旅館で出迎えてくれる熊のイメージで、普段の生活には馴染みがない。が、驚くことに近年、一般人からのオーダーが殺到しているという。
「人気のオーダーは擬人化したネズミの剥製。忍者風にしてとか、デビッド・ボウイ風にして!とか、たまにあるのが彼氏っぽくしてとか」。珍しいものではウェデングケーキの天辺に飾る、新郎新婦に見立てたものの注文もあったわよ、なんてニコリと笑う。
えええ…、一生に一度(多分)のウェデングケーキに、ネズミの剥製…?
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これがその剥製。これを、ケーキに乗せるらしい。
講師を務める月2回のワークショップは毎回満員御礼。参加者の99%がミレニアル世代の女性だ。男性参加者も稀にいるが、彼女の付き添いでしょうがなく、といった感じらしい。
何でも、「可愛いから」と、クラフト制作感覚で参加する女性が多いんだという。
SNSへの誹謗中傷も、やっぱりある
「ウサギは苦手。脂肪が多く、表皮がテッシュのように柔らかいし、長い耳の再現には高い技術力が必要。あとスカンクは絶対やらない。臭いもの(笑)」。アンバーが剥製に興味を持ちはじめたのは高校時代。庭で見つけた蝶の死骸をベッドの下に隠し、本を読み自己流で標本を作ったことがきっかけだそうだ。
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プロの剥製師に1年間師事して独り立ち。アメリカ自然史博物館でのジオラマ制作や、解剖学博物館での講師、カルト映画用の剥製制作などを経て、現在、自宅兼スタジオでフルタイムを制作に費やしている。
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明記しておきたいのは、アンバーは決して剥製目的で動物を殺したりはしないということ。廃棄処分された家畜・自然死が原因のペット・寄付されたものなどだ。
それでもやはり、「FBやインスタに、嫌みや批判のコメントを書かれることも多いの」。
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現代、ペットも保存したくなる?
(諸説あるが)16世紀のイングランドまでその起こりを遡る剥製。近年になって人気は急激に再熱。事実、昨年はEtsy(ハンドメイド雑貨などを扱うイーマーケットプレイスのサービス)にて月に100件以上の受注があり、その需要は供給を上回る。特に死んだペットを剥製に、というオーダーが多いそうだ。
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音楽に写真に動画に、いまや何でもバックアップが取れ、複製できて、半永久的に保存できる。失くしていく、思い出として心の中に終う、という行為が少なくなったように思う。ただ、データを引っ張り出せばいいだけのことなのだ。
だから、とは言えないが「愛したペットだからこそ、この姿をずっと保存しておきたい」と考える人がいてもおかしくはないのかもしれない。現代的な考えの、延長線上ではある。
ある日のこと。長年の闘病の末、痩せ細って死んでしまった猫の飼い主が「元気で若かったあの頃のように作って」とアンバーを訪ねてきた。愛していたがゆえの、こういった無茶ぶりも少なくないそうだ。
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若い世代から新たな種の仕事が剥製師に舞い込んでいるようだが、当の本人はどう思っているのか。
「生きてる動物を可愛がるのも、動けなくなった動物を剥製として蘇らせるのも、両方好き。動物たちが命を失っても、剥製すればアートとしてこの世にあり続けられるのは魅力だと思う」
アンバーが動物を愛していることには変わりないと再確認したと同時に、それはいびつな愛だとも思えた。もちろん、彼女に剥製をオーダーする現代的な愛と執着も、だ。
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Photos by Saori Ichikawa
Text by HEAPS,
editorial assistant : Yu Takamichi