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イングランド南西部に位置するカウンティ、デヴォン。町中のコーヒーショップを駆け回っては、抽出済みのコーヒーグラウンドを集めどこかへ運んでいく男性…。移動手段である自転車に繋がれた荷台には、土…?
ではなく、大量のコーヒーグラウンド(コーヒーを淹れた後の、いわばカス)。
…これほど大量の抽出済みコーヒーグラウンド、一体どうするつもりなのだろうか?
コーヒーの裏側。実は「99%がゴミ箱行き」
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眠い目をこすりながら朝の一杯。仕事の合間に一杯でほっとひと息。世界中で愛されているコーヒー。中でも消費量ダントツ世界1位のアメリカではコーヒーカップにして一日約4億杯が消費されている。
ちなみにエスプレッソ一杯に必要なコーヒー豆は約50粒、レギュラーコーヒーなら100粒程度。それが毎日4億杯ともなると…とてつもない量だ。
しかし、飲料として抽出されるコーヒーのバイオマスはわずか1%以下。つまり資源になり得るほぼ全体の99%以上が残されているのが実情。
それを阻止しようと様々な再利用法が提案されてはいるものの、現時点ではほとんどがランドフィル(埋め立てゴミ場)行きである。
「コーヒーがコーヒーになるだけなんてもったいない!」抽出済みコーヒーのため立ち上がったのは、一人のコーヒーではなく、「きのこ愛好家」。
コーヒー味のきのこ?
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丁寧な栽培・選別ののち、海を渡り焙煎・挽き・パッケージング…。日頃何気なく飲んでいる時には忘れがちだが、コーヒーは世界中を飛び回ってようやく手元に届いている。
そんなコーヒー豆を「もっと有効に活用すべきだ!」と声を上げたのはなぜかきのこ農家。なんでもこの抽出済みコーヒーグラウンド、きのこ栽培に用いるコンポスト(堆肥)として最適らしい。
とはいえ、コーヒーからきのこ…?
きのこ栽培の知識がない人間からしたら、まったく想像がつかない。コーヒー風味のきのこになるのか?…それって美味しいの?
詳細を探るべく、早速メールしてみた。
組んだのは、生粋のきのこマニアとエリートビジネスマン
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コーヒーグラウンドからきのこを栽培するこのプロジェクト、イングランド・デヴォンに拠点を置く、Gro Cycle(グロ・サイクル)。
設立者はAdam Sayner(アダム・セイナー)とEric Jong(エリック・ジョン)。
アダムは生粋のきのこ愛好家で、趣味は天然きのこ探索。自部屋でのきのこ栽培にも情熱を注ぎ、クローゼットにもベッドの下にもきのこをぶら下げる毎日。
大学卒業後もきのこを栽培し業者・レストランを専門に販売していた。抽出済みコーヒーグラウンドからきのこを育てる、というアイディアも彼がキャリアを積んでいる間に思いついたもの。
一方のエリックは、故郷オランダにて大学院卒業後、大手エネルギー会社で7年間勤務。エリートビジネスマンとして順風満帆な日々を送っていた矢先に一念発起。家も仕事も全て手放し、妻とともに旅に出たという変わり者。
そんなふたりは巡り巡ってデヴォンのとある大学院で知り合い、意外にも意気投合。
お互いの知識を生かしGro Cycleをスタートさせた。
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左からエリック、アダム
昨年はデヴォンの中心街・エクスターにあるコーヒーショップ7軒から約17トン(200万杯分!) のコーヒーグラウンドを集めたという彼ら。
プロジェクト開始当初は驚かれることの多かったものの、浸透させるのにそう時間はかからなかったという。
「コーヒーショップの人たちも今では共に楽しんで協力してくれているよ」と語るエリック。
そのコーヒーグラウンドを使い収穫したきのこは必要に応じてコーヒーショップに提供・販売している。
無駄を減らすだけでなく、地域のつながりを深める一助としての役割も果たしているようだ。
「何よりも嬉しいのはみんなにインスピレーションを与えられること」
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このコーヒーきのこプロジェクト、特長は環境保護だけではない。
昨年開始したオンラインきのこ栽培クラスには、現時点で世界40カ国から300人以上の受講者がいる。
遠く離れたオーストラリアではGroCycleにインスパイアされた新しいプロジェクトも発足されており、国境や距離を超えてこのムーヴメントを広げられることがいちばんモチベーションにつながっているのだという。
庭も知識も必要ない。自宅でひっそり「アーバンアグリカルチャー」
近年注目が高まっている、アーバンアグリカルチャー。
アーバンアグリカルチャーといえば、都会の空地やビルの屋上等屋外に畑を作り、よく晴れた休日の昼下がりにお手入れ…なんていうイメージだろう。
しかし実際のところ、時間も手間もかかる上にそれなりの知識やコツ、費用だって必要。
興味と憧れはあるものの、普段の生活だけで精一杯な自分には無縁だなあ、なんて思っている人も少なくないだろう。
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あっという間ににょきにょき。コーヒーでできたマッシュルームを料理
きのこを栽培する楽しみを広めようと、彼らは抽出済みコーヒーグラウンドを使ったきのこキットも展開している。水やりは2日に一度、たった8〜14日で収穫可能な大きさまで成長する。毎日を忙しく過ごしている人にはありがたい。
キットを使い出来上がるのはオイスターマッシュルーム(日本でいうヒラタケ)という種類のきのこ。味や香りにクセがなく、どんな料理にも合う万能きのこだ。もちろんコーヒーの風味は全くなくカフェインフリー。その上疲労回復やストレス軽減効果もあり、まさに都会で生活する人にぴったり。
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もったいない!からはじまったきのこ愛好家とビジネスマンの挑戦が生んだ、意外な“抜群”の組み合わせ。コーヒーを効率よく利用して美味しいきのこ料理を楽しむだけでなく、アーバンアグリカルチャーをいままでよりもずっと身近にしてくれそうだ。
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Photos Via Gro Cycle
Text by Yumi Ueda