お酒は人を饒舌にさせる。ならば、酒の力を借りない手はない。
ということで、「飲んだくれ TED Talks(テッド・トークス)」。
「レクチャーとコメディを足して二で割った感じ」
ニューヨークで不定期に開催されている「Drunk TED Talks(ドランク・テッド・トークス)」という噂のイベント。本家「TED Talks」(テッド・トークス)とは「何の関係もない」。が、雰囲気は、本家らしい、価値あるアイデアを広めるための「レクチャー感とコメディを、足して二で割った感じ」。
そう話すのは、イベント主催者のEric Thurm(エリック・スルム)。テレビ評論を得意とする、MTVや、WIRED、Slateなどに寄稿しているフリーライターだ。
エリック、すでにビールを数本あけてるとのことで、ほろ酔い。
仕事以上の関係を築きたいから、飲んだくれ
エリックが、ニューヨークへ来たのは約3年前。大学を卒業してすぐのことだった。都会生活については、「NYには素晴らしいライターがたくさんいて、刺激をもらっている」とポジティブな語り出し。だが、イベントをはじめた理由について聞くと、「(ライターたちとの)仕事以上のつながりが欲しかったから」という。
「他のフリーライターたちと、もっと、いろんなトピックについて気軽に話し合えるような、仕事以上の関係を築くにはどうすれば良いかを模索していたんだ。それで、思い出したのが、学生時代にやっていた『飲んだくれ TED Talks』だった」
シカゴの大学では哲学を専攻していた。寮では友人たちを集めて、「当時、話題だったTEDの真似事を、よくやっていた」という。用意するのは、「プロジェクターとビールとピザ」。それだけで、初回は10人くらい。それが、回を重ねるごとに増え、多いときは100人近い寮生が集まる人気イベントだったそうだ。
スピーカーも観客も、皆、ほろ酔い
当時のイベントは「学生だったがゆえに、内容はどれもアカデミックより。あまり機知に富んだものではなかったかも」。楽しかった学生時代の思い出を、あえてそう振り返るのは、ニューヨークで主催したイベントが「比べ物にならないくらい、面白いものになったから」に他ならない。
ニューヨークで初めて開催したのは、2014年11月。以来、月に約1回ペースで開催し続けている。エリックにとっての最大の収穫は「イベントを通して、他のライターたちと知り合えること」。「いまの親友もイベントを通して知り合った」という。
4月初旬の土曜日にブルックリンのイベントスペースで行われた回にはざっと150人以上の人々が集まっていた。チケットは1枚5ドル(550円くらい)。エリック世代の20代後半から30代の若者が目立つ。
この日のメイントピックは「ギルティープレジャー(Guilty Pleasure)」。「いけないとわかっていながら好きなもの」について、4人のほろ酔いスピーカーが、ステージでプレゼンを行った。
アメリカすぎて、面白さが分からない件。
イベントの率直な感想から述べると、アメリカ在住歴5年の私には、“アメリカ”すぎた。最も会場を盛り上げたスピーカーが取り上げたトピックは「Guy Fier(ガイ・フィエリ)」という米国料理番組の人気パーソナリティーについてだったのだが、アメリカ人にとっては、ギルティープレジャーというお題に対して「ガイ・フィエリ」という選択が、すでに面白いらしい。もう、私はこの辺からついていけてない。
どうやら、ガイ・フィエリという、こんがり日焼けしたバブリーマッチョな男は、実業家/料理家で、レストラン経営が相当うまくいっているお金持ちらしい。ざっくり、日本でいうところの「辰ちゃん(梅宮辰夫)」ということでイイと思う。
スピーカーは、パワーポイントを駆使し、途中動画なども挟みながら、この男を面白おかしく考察していくのだが、会場に爆笑が起きるたびに、「わっかんねーなー」とビールがすすむ。目に見えぬ国境の壁の高さを感じるばかりであった。
酔った勢いで、人種問題を投入。で、人帰る。
何はともあれ、スピーカーも観客も飲んだくれているわけで、イベントの最大にして唯一の目的は「楽しむこと」で間違いない。面白ければ、Fワード(放送禁止用語)も使い放題。途中、隣の男に「今の超ウケるよな」と話しかけられ、どうしようかと思っている間に「Yeah it was! Crazy!」と楽しげに同調している自分を発見。ビバ、酒の力。あっぱれ。
彼女、登壇の時点で、結構ベロベロ、
座り込んじゃいました。
楽しそうですね〜。
さて、そんな楽しいほろ酔いムードを、一瞬にして覚ます事件が起きたのは、終盤のこと。司会のエリック、パネラーの4人が「ギルティープレジャー」についてパネルディスカッションを行っていた際だ。観客もステージ上での会話に自由に割り込めるように、と客席にもマイクを設置。それが、凶とでた。
皆、ほろ酔いモードで、自分のギルティープレジャーは「コービー・ブライアント!!(NBAプレイヤー)」、「R・ケリー!!(R&Bシンガー)」などと盛り上がっていたところ、とある観客が立ち上がり、マイクを握った。
「ちょっといいかしら?あなたたち白人は、いつもそうね。黒人文化を我が物顔で語っているけど、それってどうなの?」
うわっ。人種問題爆弾の投入だ。それまで饒舌だった4人の白人パネラーとエリックは、苦笑い。会場に気まずい空気が流れる。だが、マイクを握った褐色肌の彼女には、そんなことなどお構いなし。声を荒げて続ける。
この女性まではよかったんですが…
「コービー・ブライアント? マイピーポー」
「R・ケリー? マイピーポー」
昔から米国エンターテイメントの場では、「酒は持ち込んでも、(笑いや感動に変換できない)人種問題を持ち込むな」が暗黙のルールだと聞く。
今回、観客の90%が白人とアジア人という中で、マジョリティの白人をここまで気まずくさせる発言は、「やっちまったなー」である。いや、もちろん、人種問題持ち出すのは個人の自由だが、どう考えても「みんなで楽しもうよ」という場でこれをやってしまっては、確実に場の空気が悪くなるってもんで。
観客の中からはヤジも飛んだが、かぼそく消えた。ひとり、またひとりと退席し、あっという間に会場の客数が半分以下に。「そりゃ、そうだ、楽しくないなら帰るよな」と、終盤にきて初めて会場のアメリカ人たちに共感。
帰り際、ふと思い出したのが、スーパーボール(2016年)のビヨンセや、グラミー賞(2016年)でのケンドリック・ラマーの件。あれだけ大きな国民的エンターテイメントの場で、人種差別問題を匂わせるモチーフのパフォーマンスをし、物議を醸したことは記憶に新しい。10年、いや、5年前では考えられことだったとか。
ま、それらとこの地元の小さなイベントでは、規模も注目度も比較にならないのではあるが、「アメリカって国は、大変だなぁ、オイ」と、呂律の回らぬ独り言を飛ばしながら、自転車を走らせ会場を去ったのであった。
[nlink url=”https://heapsmag.com/?p=10308″ title=”何かオカシイ。3歳から88歳のみんなが描いた“私の頭の中の自転車”、再現したらこうなった。”]
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi